緊張逃避行6
「ユディット、何があった!」
今までしていた会話の内容がちょっと良くなかった。
ジケは一瞬で真剣な顔になって、御者台にいるユディットに声をかけた。
「道の先から誰かが走ってきます! ……兵士のようです!」
「ドカナイなのか?」
ジケは馬車から降りる。
「……いえ、走ってくるのは一人です」
ちょうど今から行こうとしている道の向こうから一人の兵士っぽい人が走ってきている。
「ノルシュタ!」
ジケたちは止まったまま、走ってくる相手のことを警戒する。
ある程度近づいてきて顔がはっきり見えるようになったところで、兵士の一人が走ってくる兵士の名を呼んだ。
「シュトレイブルの人? ……ボロボロに見えるの気のせいかな?」
「多分……気のせいじゃないと思うよ……」
ノルシュタと呼ばれた兵士は頭から血を流している。
元気にランニング中という感じではない。
「……ドカナイが攻めてきた!」
向こうもジケたちを守る兵士に気づいたようで、険しい顔をして叫ぶ。
「…………ねえ、あの人の後ろ、なんかいない?」
「…………なんかいるな」
「……ほら、やっぱり」
ノルシュタのはるか後方に、シュトレイブルの兵士とは別の武装をした男たちが追いかけてきているのが見えた。
「全員戦いの準備だ!」
何があったのか聞くのは後だ。
ジケの声にリアーネたち護衛は素早く動く。
ゲルシトンたち兵士もハッとしたように剣を抜いた。
「逃げられるように馬車を逆に向けておくんだ!」
「ぼ、僕たちは……」
「馬車のそばにいて、離れないように」
馬車をもと来た道の方へ向ける。
戦えないミュコやピコは馬車にこもって窓から覗く。
アマーチとメソラも戦えないので、何かあったら馬車と一緒に逃げてもらうしかない。
「多いな……」
メクシトロがつけてくれた兵士は十人ほど。
しかし今迫ってきている連中はその倍はいそうだ。
「奴らはドカナイだ!」
ノルシュタは必死の表情でそのまま駆け抜けてくる。
「ノルシュタ!」
「エニ、治療を!」
「わかってる!」
最後の力を振り絞って走ったノルシュタは、ジケたちの近くまで来たところで倒れ込んでしまった。
ゲルシトンと兵士が駆け寄り、ノルシュタを抱えて馬車の近くまで運んでくる。
「どうだ?」
「命に別状はなさそうね」
ノルシュタは気を失ってしまっている。
しかしどうやら死ぬような怪我をしているわけではなさそう。
こうしている間にもドカナイは迫ってくる。
ゲルシトンたちは馬車を守るように前に出て剣を構えて敵を待ち受ける。
「あいつは……」
ある程度の距離まで来たところでドカナイの兵士たちが止まった。
そして、一人のイカつい男が前に出てる。
「お前、ゲルシトンだな? シュトレイブルの小倅……お前の爺さんは元気か?」
左目のあたりに広く刺青を入れた男は、ゲルシトンのことを知っているようだった。
ゲルシトンも男の顔には見覚えがあるようで、険しい顔をしている。
「ベッヒオロス! 貴様、自分が何をしているのか分かっているのか!」
「この期に及んでそんな戯言、口にするとはな。お前こそ状況が分かっていないのではないか」
ゲルシトンはベッヒオロスのことを睨みつけているが、ベッヒオロスは余裕そうな表情をしている。
メクシトロにも年が近そうなベッヒオロスの方がかなり上手な気配を感じさせていた。
ドカナイの兵士が、シュトレイブル領地でシュトレイブルの兵士を追いかけている。
こんなものどの国であろうと大問題な行為である。
「なんでもいい。もはや問題でもなんでもないのだからな!」
他国に兵力を率いて侵入することが問題ではない。
そのことの意味を理解してジケは眉をひそめる。
「ふむ…………」
突然黙ったベッヒオロスは何かを考えるようにゲルシトンを見つめる。
少しまずいかもしれないとジケは思った。
シュトレイブルが偉い奴の息子を捕虜にしたように、シュトレイブルであるゲルシトンはドカナイにとっていい標的になる。
このまま戦いが始まるかもしれない、と剣を持つ手に汗をかく。
「ふっ、小倅相手につまらん。メクシトロに伝えろ。長年の因縁を終わらせる時が来たとな」
一触即発の空気だったが、ベッヒオロスはクルリと背を向けた。
逃げるのか。
そんな言葉がゲルシトンの口から出かかったが、状況的に見逃してもらうのは自分たちの方であると理解をしている。
「だから言ったでしょ? ジケといると簡単にいかないって」
「俺のせいか?」
ベッヒオロスたちが遠ざかり、治療を終えたエニは深いため息をつく。
イルヒッコク脱出失敗。
言った通りになってしまった。




