理不尽なクレーム4
「……ありがとうございます。妻に殺されずにすみます」
もはや感動すら覚えてドシボルは目をうるうるとさせている。
「二、三日くだされば調整してお渡しします」
「もちろんそれぐらい待たせていただきます」
ドシボルも殊勝な態度になったし、ひとまず問題は解決した。
「あと、一ついいですか?」
「なんでしょうか? なんでもお聞きください」
ドシボルの問題は解決した。
ただ一個とんでもなく大きな問題がある。
「うちの商会を騙ってあなたに馬車を売りつけたのはどんな人ですか?」
フィオス商会の偽物がいる。
ただ馬車を売りつけられたのではなく、フィオス商会の名前を使って馬車を売っている。
これは立派な犯罪行為であり、フィオス商会の名前に傷をつける許せない行いだった。
どうするのかはまだ考えていないが、そうした相手がいることはしっかり知っておかねばならない。
「……突然訪ねてきたんです。何かと思ったらフィオス商会で、馬車を買わないかと」
「それで飛びついたんですか?」
ニノサンは呆れたような顔をしている。
知らない連中が押し売りに来て、買ってしまうなんて馬鹿のやることだ。
「もちろん怪しんだ。たまたま寄っただけで、買わないならすぐに出発するというから……」
ドシボルは渋い顔をする。
フィオス商会の揺れない馬車の話は、今や国外でも広まっている。
ドシボルも詳細までは知らないが、フィオス商会の馬車の話を聞いたことがあった。
他国の商会まで行かねば買えないような品である。
だからこれまではあまり興味を持ってこなかったのだが、目の前まで売りに来たとなると話は違う。
「商品を売りに来たということではなく、急遽お金が必要になったから馬車を売るのだと言っていた」
ほとんど判断する時間もなく買うか買わないかを詰められた結果、ドシボルは馬車を買ってしまったのだ。
「結局間抜けなことに変わりはないようですね」
「……否定はできません」
金に困って途中で馬車を売る、なんてことはジケならしないだろう。
ただそれを知らない人にとっては、お金が必要だから馬車を売るというのも一応理解はできる話でもあった。
それでも急かされたからと馬車を買ってしまうのは、ちょっとフォローできない。
「どんな人たちでした?」
「……子供が一人いた。スライムを抱えていると聞いていたが…………あれはスライムじゃなかったな」
ドシボルはジケのことを見る。
スライムを抱えた少年が興した商会なこともうっすら聞いていた。
スライムは名前としては有名だ。
なんとなく聞いたことがあるという人がほとんどである。
しかしながら実際に生でスライムを見たことがあるという人は意外と少ない。
ドシボルは青い何かを抱えた子供がいたことを覚えていた。
それがスライムのフィオスを抱えたジケだったのだとその時は思ったのだけど、本物を見ると全然違った。
「青くなった何か……を抱えた少年……若く見せようとした低身長の男?」
記憶を探るが、一度少し会っただけの相手であり細かいことまで覚えていない。
「長身の女と茶色い髪の男。身なりはそれなりに綺麗だった」
「リアーネとユディットだったりして」
フィオス商会っぽく見せるのにジケっぽい感じを演出していたような感じがある。
ならば長身の女はリアーネで、茶色い髪の男はユディットなのかもしれない。
「あっさい変装だな……」
知らない人なら騙されるかもしれないが、どこかでふわっと聞いただけの話で真似ているような印象を受ける。
「これはフェッツさん相談案件かな」
こうした事態も商人ギルドが動いてくれたりする。
他の国の商人ギルド同士でも横の繋がりがあるので、警告を出してくれたりする。
そうした詐欺があることを伝えておけばフィオス商会の責任だと追及されるのも避けられる。
「いつかこんなことがあるかもしれないとは思ってたけどな……」
偽物はいつか出るかもしれないとは考えていた。
馬車の偽物が出回って問題なることは可能性があった。
クモノイタがなんなのか分からない以上完璧に真似することは不可能だろうが、それっぽく見せて売るやつは出てくることもあるだろう。
だがまさかフィオス商会の偽物まで現れるのは予想外だった。
「ちょっとだけ期待したんだけどな」
スライムを抱えた少年がもう一人現れたならそれはそれで面白い。
フィオスにスライム友達ができるかも、と期待したのだけど、どうやらスライムっぽく見せた何か別のものらしい。
「…………それだけ大きくなっちゃった、ということだな」
ジケは軽くため息をつく。
真似されるほどに名声が高まり、そして真似したくなるような商品を抱えているということだ。
でもせっかく築いてきたフィオス商会の名前に泥を塗るのは許せない。
偽物がこのまま引っ込んでくれたらいいのに、とジケは思ったのだった。




