理不尽なクレーム2
「お客様、まずはお名前をお伺いしてもよろしいですか? それに一体何があったのか教えてくださいませんか?」
これでもちゃんとした商人のイスコは、内心苛立ちを抱えながらも柔らかな笑顔で対応する。
「俺はドシボルだ! お前んとこ馬車、全然揺れるじゃねえか!」
「おおっと……?」
フィオス商会の馬車のセールスポイントを根底から覆すようなことを言う。
名前を聞いてメリッサの方はサッと下がっていく。
「失礼ですが、お客様。当商会の馬車は通常の馬車と比べまして揺れない……どのような道であっても全く揺れないと保証するものではございません」
ただ残念ながら全く揺れないというわけではない。
言うなれば揺れにくい馬車であり、悪路を走ればある程度は揺れてしまう。
それでも普通の人はそんなに悪路を走らない。
速度も抑えめなら悪路でも普通の馬車より遥かに快適なはずだ。
「揺れるんだよ! それどころかガタガタして普通の馬車より酷いじゃないか!」
「んー?」
どうやら普通に走っていても揺れる、という話のようだ。
なんでそんなことになっているのか分からず首を傾げる。
「お客様……一つお伺いしてもよろしいですか?」
「あっ?」
戻ってきたメリッサが少し困った顔をして会話に割り込む。
「馬車をご購入なされたとのことですが、いつ買われたものですか?」
「少し前だよ!」
「……その時もドシボル様のお名前でご購入なさいましたか?」
「ああ? それがどうしたって言うんだ!」
因縁でもつけるつもりか。
ドシボルはメリッサに詰め寄らんばかりの勢いで怒鳴り散らす。
あんまり怒るといつニノサンが動くか分からなくてジケは少しドキドキしていた。
暴れてしまうと、痛い目に遭うのはドシボルの方だから落ち着いてほしい。
「お客様が馬車をご購入なされた記録がないのです。本当にこちらで馬車をご購入なさいましたか?」
ドシボルの剣幕はすごいが、メリッサも怯むことなく対応する。
ちょっと会話の雲行きが怪しくなってきたなとジケは思った。
生産が間に合わなくて予約制になっているというところもあるが、馬車の購入に関してはここまで全ての顧客の名前を記録している。
顔まで覚えていなくとも、買ったというのなら記録には残っているはずなのだ。
「別にここで買ってないからな」
「……ではどちらで?」
「俺の国でだよ! フィオス商会! お前らから買ったんだ!」
メリッサとイスコは顔を見合わせる。
「失礼ですが、当商会は他の国で馬車を販売しておりません」
「……はぁ?」
フィオス商会の馬車はフィオス商会に来なきゃ買えない。
時々手紙を送りつけて買おうとする人もいるが、商会まで来て直接顔を合わせなきゃ応じていない。
最低でも使用人とか人を送る必要がある。
俺の国というのがどこかは知らないが、少なくとも今いるここではないだろう。
「馬車を見せてもらってもいいですか?」
「ああ? なんだこのガキ……うっ!?」
「ニノサン、大丈夫だよ」
どうしても気になってジケも入っていく。
急に会話に入ってきたジケに対して、ドシボルは不快感をあらわにした。
態度の悪いドシボルにニノサンが殺気を出して睨みつける。
ドシボルも、流石にニノサンの殺気には気圧されている。
「俺はフィオス商会の会長、ジケです」
「……こんなガキが? そういえばそんな話も……」
ニノサンが後ろで睨みつけるものだからドシボルの勢いはだいぶしぼんだ。
「馬車を調べさせてください。そうすれば全部分かるはずです。もしうちの責任ならしっかり新しいものご用意しますよ」
「……好きに調べろ」
散々怒鳴ったせいかドシボルも少し冷静になっている。
「それじゃあうちの工房行きましょうか」
ーーーーー
「ノーヴィスさん、どうも」
「ああ、会長、どうも」
ジケはドシボルの馬車を工房まで運んできた。
フィオス商会の馬車を作ってくれているノーヴィスも、今や後進育成に力を注いでいる。
「この馬車を見てほしいんです」
「馬車を?」
「うちで買ったものらしいんですけど……どうにもちゃんとしていないようなんです」
「なんだと?」
ノーヴィスは険しい顔をする。
「少し怪しくて。うちで作ったものか見てくれませんか?」
ジケは声を抑えて、ドシボルに聞こえないようにノーヴィスに近づいてヒソヒソと話をする。
工房まで来る途中も馬車の様子を見ていたが、確かにガタガタと揺れている。
それどころか建て付けすら悪そう。
購入した記録もないし、馬車もなんだか怪しい。
これはちゃんと確かめねばならない。
「分かった。わざわざ分解するまでもない」
ノーヴィスは馬車の下に潜り込む。
「チッ!」
ドシボルは腕を組んで、苛立ったように貧乏ゆすりをしている。
多少の緊張を持ってジケもノーヴィスを待つ。
「よいしょ……」
そんなに時間もかからずノーヴィスが馬車の下から出てくる。
その手には何か布の塊のようなものが握られている。
「この馬車が揺れるらしいな」
「ああ、あんたたちが適当な……」
「それも当然だ。俺たちが作った馬車じゃないからな」
ノーヴィスは手に持っていた布の塊をドシボルに放り投げた。




