キノコタケノコ
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。いつもは和やかな雰囲気の店の中が、今日に限っては妙にピリピリしていた。原因はトキが無意識に放った一言。
「正直キノコ派って人生損してるよね」
それは、子供たちの神経を逆なでるには余りある一言だった。彼らは皆キノコ派である。だからと言ってタケノコ派は異端者などと宣う気はないが、トキの無神経すぎる暴論を前にして、静かに黙っていられるほどの寛容さまでは持ち合わせていなかった。
「どうしたのみんな、まさかキノコ派だったの? ……へぇー、そうなんだ……カワイソ」
哀れみの目を浮かべるトキ。しかし口元は嘲笑の悪意でひどく歪んでいる。当然、子供たちからは非難轟轟だった。
「冷静に考えてみ? チョコの割合はキノコよりタケノコの方が多いんだよ? 値段が同じならチョコが多い方選ぶのが合理的ってわけ。理解る?」
子供たちは鼻で嗤った。その程度の知識はもはや一般常識である。まさかトキともあろうお方が、こんな幼稚な理論を持ち出してくるとは。
確かにチョコの割合はキノコの方が少ないが、それは決してデメリットにはなり得ない。むしろクッキー生地が多いおかげで、摘まんで食べるのに非常に適した形となっている。クッキー部分を摘まめば、指も汚れずに済む。
とどのつまり、形状は圧倒的にキノコの方が優れている。
味が同じなら、より食べやすい方を選ぶのが合理的。
と、いうのが子供たちの主な反論だった。
「やれやれ、お母さんからお小遣いを貰ってるキミ達にコスパ論を説いても無駄だったね。にしてもキミ達は形状で攻めてきたか……おねえさんからしてみれば、それこそ噴飯ものなんだよね。底の方に沈んでる何個かは首がポッキリ折れてるのに、何が形状が優れてるだってェ~?」
一方でタケノコは、外側をチョコでコーティングしている。つまり、形が崩れる心配がない。チョコ面積が多いせいで指が汚れやすいという指摘も、下部分にちゃんと持ち手がある……というのがトキからの反論だった。
「そもそも摘まんで食べやすいってどういうこと? キミたちは漫画でも読みながら食べてるってこと? もしそうだったらおねえさん悲しいな、それってお菓子に真剣に向き合ってないってことだからさ」
さすがは大人なのにキノコかタケノコかで熱くなれるトキ、言葉の重みが違う。しかも大人なのに大人げない、という反論も「他に手がありませ~ん」と白状してしまうようなもの。「大人げない」という概念が存在しないトキには通じない。つまり、完全な理論武装を完成されてしまったのだ。強い、強すぎる。
「さらに残酷な事実を突きつけてあげる。実は売り上げもね、タケノコの方が圧倒的に上なんだ。何と比べて上かは言わなくても……え? たとえキノコ派が少数派だろうと、自分が好きならそれでいいんじゃないかって? むむむ……確かにそうだけど……」
突如として子供たちから突き付けられた正論。自分が好きだと思う物を好きだと思う気持ち、それ自体を否定する権利はトキにも、ましてや他の誰にだって存在しない。心の根底ではそれを分かっているからこそ、トキは何も反論しなかった。反論できなかった、とでも言うべきか。
各々が振り上げた拳を下ろし、久々の静寂が駄菓子屋に訪れた、まさにその時。
「そう。争いは何も生まないんですよ」
どこからともなくリリカが現れ、不毛な争いに終止符を打った。かくして駄菓子屋には、いつも通りの平穏が訪れるのだった。
「ところでリリカちゃんはどっち派?」
「リリカはスギノコ派です!」
「帰れ」




