肝試し
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。多くの子供達で賑わっている中、今日も今日とて聖女のトキはこれ見よがしに駄菓子を大量に買いこんでいた。後輩に分けるためではないし、ましてや子供達に振舞うわけでもない。当然のごとくすべて自分用に買った物である。
戦利品を抱え、奥の座席に腰を下ろした瞬間。トキの耳に届いたのは、隅の方でヒソヒソ話を繰り広げる四人組の子供達の声だった。小声なので詳細には聞き取れないが、それでも「肝試し」「廃トンネル」「今日の夜」といった断片な情報は聞こえてきた。ろくでもない企みをしているのは確定的に明らかだった。
「あの子達、廃トンネルで肝試しをする予定なんでしょうね」
そう言って若干呆れ気味に近づいてくるのは、トキの後輩のリリカ。
「どうします? リリカが注意してきましょうか」
「無駄だよ。注意したところで止めるようなタマじゃないさ」
「何かあってからじゃ遅いですよ」
「ああいう手合いはね、少し痛い目見るくらいが丁度いいんだよ」
程なくしてトキはおもむろに立ち上がり、駄菓子屋を後にする。先ほどの無責任発言にリリカは呆れ果てていたが、そんなリリカでさえトキがいつもの帰り道とは逆方向に向かっていることには気付いていなかった。トキが歩いている先には、例の廃トンネルがあった。
◇
帝都の東にある廃トンネルには、怪異が棲みついている。この噂話が語られ始めた時期は不明だが、帝都の小学生ならば世代を問わず誰でも知っているくらいには広く普及している噂話である。ゆえに肝試しやら度胸試しやらと称して夜中に訪れる子供達が後を絶たず、ちょうど今も、四人組の子供達が良からぬ企みと共に廃トンネルへ足を踏み入れていた。
四人組はさっそく、トンネルの中を懐中電灯一本だけで歩き始める。真っ暗な周囲、じっとりとした空気、時折耳に届く物音に怖がりつつも、特に何も起こることなく半分の距離を歩き終える。このまま何事も起こらず、しょっぱい結果に終わるかと思った矢先。
ドドドドドドドドド……。
今までのしょうもない物音とは明らかに異様な、何かが物凄い速度で走っているような轟音。四人組は会話をピタリと止め、聞き耳を立てることに集中する。
ドドドドドドドドド…………!!
轟音は段々こちらへ近づいてきていた。いや、そのことに気付いたときには既に手遅れだったのかもしれない。視界の隅にチラリと入ったソレは、明らかに異様な姿をしていた。
言い得るならば“老婆”だろうか。
老婆がどうして高速で、しかも夜中の廃トンネルを走っているのか。
四人組の脳裏には“ターボババア”という存在が思い浮かんだが、呆気に取られている間に高速で走る老婆はすでに近くまで来ていた。
異様な事態にようやく気付いた一人が逃げ出し、残りの三人もそれに続くが、スピードの差は比べ物にならないほど歴然だった。
四人の脳裏に浮かぶ後悔の念、そして諦めという二文字。
息も絶え絶え、このまま走り続けたとて捕まるのは時間の問題。
こんなに頑張って苦しむくらいなら、今すぐ楽になどという考えが一瞬頭によぎってしまう。
「ほぅら、頑張れ頑張れ。とりあえずここまで走っておいでー」
もう駄目だと悟り、諦めようとした次の瞬間。すぐ近くの前方に見えたのは、一筋の光……いや、駄菓子屋にいつもいて気だそうにしている聖女の姿だった。知っている人の声に安心したか知らずか、その声が最後の一押しとなってトキがいる所まで何とか四人そろって駆け抜ける。
「私の管轄内で、怪異事件は起こさせないよ」
そう言うとトキは手のひらを前に突き出し、「破ぁーっ」と気だるそうに叫んだ。すると忽ち眼前まで迫っていたターボババアは霧のように粉々になって霧散し、周囲を覆っていた重苦しい空気もスーッと軽くなっていった。一連の光景を目の当たりにした子供達は泣き叫ぶように喜び、トキへひたすら感謝の言葉を延べ続ける。こんな自分達を助けてくれてありがとう、と何度も何度も叫び続けていた。
「おっと勘違いするなよキッズ達。別に私は君達を助けるつもりなんて微塵もなかった。けど管轄内で事件を起こされたら、君達の夏休みの宿題なんて鼻で笑えるレベルの調書を書かされるんだ。要するに面倒なんだよ。分かったら散りな」
それを聞いた子供達は少し微妙な表情を浮かべるが、それでも命が助かったことに感謝し、急いで各々の帰路へと着くのであった。
「あの五人組……後でこっぴどく叱られるだろうね」




