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横断歩道(サメ映画)

 ここは帝都の下町を通る何の変哲もない道。トキとリリカは道の向こう側へ渡るべく、これまた何の変哲もない横断歩道を渡っていた。そして渡り切ったのち、リリカはトキに聞こえるか聞こえないかギリギリの声量でポツリ呟いた。


「リリカ見ちゃいました! トキ様が横断歩道の白い線だけを踏んで渡ってた所……ふふふ、なんか可愛いですね」


 そのことに気付いたのは、横断歩道の丁度中間地点あたりだった。「もしかして」という疑問は最後まで渡り切ったのちに確信へと変わる。間違いない。まるで通学中の退屈な時間を解消しようとする小学生の如く、横断歩道の白線を飛び石に見立てて渡っていた。

 わざわざ口にすることでもないし、口に出したら確実に面倒なことになるとは思うが、気付いてしまった以上は喉の奥にしまっておくことは出来なかった。


「そっかぁ。リリカちゃんもとうとう気づいちゃったかぁ」


 予想とは裏腹に、トキの反応は淡白と言うしかないほどささやかなものだった。それもそのはずで、小学生のような行為を指摘されたところでトキが動じるはずがない。むしろ意図的に白線部分だけを踏んでいたとしたらどうだろうか。真実を知ったリリカは忽ち思考が停止し、道路のど真ん中という危険地帯だろうと田んぼの中の案山子のごとく立ち尽くしてしまうだろう。幸いだったのは、リリカがそこまで物事を考えるタイプではなかったことだ。


「リリカも子供の頃よくやってましたね! 白線は陸地で、それ以外は海みたいな感じで」

「子供の頃も何も、リリカちゃんだってさっき同じことしてたよ」

「えー。トキ様じゃあるまいし、やりませんよー」

「無意識だったんだね。じゃあ気付けなくても仕方ないか」


 リリカはトキの言葉を信じている様子はなかった。当然だろう。意識すらしていなかったので証明こそ出来ないが、だからと言って偶然白線部分だけを踏んで渡っていたとも考えにくい。しばらく歩いているうち二人は、次の交差点まで差し掛かっていた。


「ほら横断歩道だよ。ちゃんと白い所だけ踏んで渡ろうね」

「もー、馬鹿にしないでくださいよー」


 とは言うものの、リリカは前の横断歩道でトキに言われたことは心の引っかかっていた。だから今回の横断歩道では、意識的に白線を踏まずに渡ることを心がけようとした。

 あからさまに意識するのも癪なので、あくまで自然体を装い、トキには悟られないよう何食わぬ顔で白線ではない場所に足を移動させる。

 


 異変が起きたのは、まさにその一歩目だった。


「えっ?!」

 

 ざぶりっ、という唐突な落下感。水の中に足が沈んでいくかのような感覚に、リリカは人目を気にすることなく飛びのいた。


「急にどうしたんだい?」トキが不思議そうに尋ねてきた。

「今、急に道路が水みたいになって……!」

「そんなことないよ、ちゃんとコンクリートだ」


 トキはつま先で道路を突いて見せた。白線の部分はもちろん、白線ではない部分もコンコンと音が鳴る程度には硬い。当たり前だが道路はみなコンクリートに覆われている。トキとしてはこのまま渡り切ってもよかったが、様子のおかしい後輩のため一旦元の場所へ引き返すことにした。


「も、申し訳ありません。せっかく青になったのに引き留めてしまいました」

「リリカちゃんに何があったか分からないけど、ここは一つ人生の先輩からのアドバイスを送ってあげよう。目に見える物がすべてじゃないってこと、そして横断歩道は気を付けて渡りましょう……ってこと」

「は、はぁ」


 青だった信号が赤に変わり、しばしの沈黙の後また青に。先ほどまで至る所を駆け巡っていた駆動音もいったん鳴り止み、二人は再び横断歩道を渡っていく。双方の歩き方はきれいなほど対照的であり、一方はごくごく自然に。もう一方は初めて横断歩道を渡るのかと思うほどに慎重な歩き方をしていた。ただ一つ共通していたのは、二人とも白線部分だけを踏んで歩いていたこと。

 そして半分ほどの距離を渡り切ったタイミングで、さらなる異変が発生する。


「この音、何でしょうか」


 リリカの耳に入り込んできたのは、鋭利な何かが水面を切り裂いて進んでいるような音。ふと周りを見回してみると、いや、見回すまでもなく、黒い三角の形状をした何かが道路を縫って動いていた。

 言い得るならば魚の背びれ。

 言い得るまでもなく、サメの背びれだった。


「えっ、あれってサメですよね。なんで道路をサメが泳いでるんですか!?」

「サメは温泉にもいるくらいだし、道路にいたって不思議じゃないよ」

「充分不思議です!」


 今のリリカには、トキの冗談に付き合っていられるだけの余裕は残っていなかった。道路の向こう岸までの距離はそう遠くはない。なので一気に駆け抜けようとしたが、異常な状況への焦りからか足がもつれ、渡り切る直前でリリカは転んでしまった。


 ザバァァァーーーンッ!!!

 

 凄まじい水飛沫、いや地飛沫か。謎の背びれは大跳躍を果たし、地中にひそめていた全身を露わにさせる。流線形ながらも重厚感甚だしい巨体。大きく開いた口の中に並ぶ無数の歯が、目の前にいる獲物、つまりリリカを捉えて歌。


「ほらやっぱりサメですよ! これでリリカが嘘つきじゃないってこと……じゃなくて、助けてくださいトキ様ぁぁぁ!」


 リリカは無心で叫ぶ。もう駄目だと思い、閉じかけた視界に映り込んだのは、目の前に立ちふさがる聖女の姿だった。


「追加でもう一つアドバイスだ。ルールに囚われすぎるのは良くないってこと……そして、時には道を踏み外してみるのもまた一興ということ」


 トキは手のひらを前に突き出し、「破ぁーっ」と気だるく叫ぶ。するとたちまち、宙を舞っていたサメは空気中に霧散していくではないか。次の瞬間には何事もなかったように、横断歩道の残りを渡り切っていた。リリカも呆気に取られながらもそれに続き、めでたく二人は道路の横断を果たすのであった。


「トキ様、先ほどは本当にありがとうございました!」

「なぁに、後輩を守るのは先輩の務めさ」


(みち)」は「(みち)」とも書き、「三途の川」にもこの字が使われる。「みち」はありとあらゆる者の通りみちとなるということだ。人や車はもちろんのこと、この世ならざる怪異が通ったとて不思議なことではない。

 そして横断歩道の模様、これは一見すると何の変哲もない縞模様にしか見えないが、その実「邪なる怪異」を遠ざけるための簡易的魔法陣であることはあまり知られていない。

 横断歩道の線が薄くなればすぐさま塗り直されるのは、安全上の名目に加え、魔法陣の機能が無くならないようにしているのだと、トキは静かに語るのであった。

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