そんざいしないいきものずかん
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。おもな客層が小さな子供なだけあって、ほんの数冊ではあるが学習用の図鑑も商品として置かれていたりする。今日も来ていたトキは、その図鑑たちを興味深そうに眺めていた。
動物図鑑、昆虫図鑑、恐竜図鑑、そんざいしないいきものずかん……そんざいしないいきものずかん??
思わず二度見してしまった。
明らかに異様な文字列を携えた「ソレ」は、普通の図鑑に擬態して平然と鎮座していた。おそらく、意識していなければ普通に見逃していたであろう。そしてトキは、意識するまでもなく自然にその図鑑へ手を伸ばしていた。
●ネムラスオオトカゲ
●特徴:熱帯雨林に生息。体長30cmほどの大型のトカゲ。体内には麻酔と同じ成分の体液が流れており、噛まれると インドぞうも 2びょうで たおれる。
適当に開いたページには、見たことも聞いたこともないトカゲが写真付きで載っていた。確かに“そんざいしないいきもの”というタイトルに嘘偽りは一切ない。他のページも同様だ。純度100%のデタラメなのに、どういうわけかトキは食い入るように読み込んでいた。この感覚は、やったことのないゲームの攻略本にハマった時の感覚に似ている。
「何を読んでるんですか、トキ様」
夢中で読んでいたらそれなりに時間が経っていたらしい。リリカに背後から話しかけられ、トキはハッとした。
「そんざいしないいきものずかん、だよ」
「そんざいしないいきものずかんって何ですか?」
「そんざいしないいきものずかんはそんざいしないいきものずかんさ。今読み始めたばかりだから、それ以上のことは私も知らない」
「それ面白いんですか?」
「それなりには」
リリカは依然として微妙そうな眼差しを向けてくる。そこでトキは適当なページを開き、“ずかん”の具体的な内容を見せてみることにした。
●オカネギタイムシ
●特徴:幅広い地域の都市部に生息。直径26.5mmの円形の昆虫。体表の模様は地域によって異なり、大抵はその国の硬貨に酷似。擬態している硬貨の金額が高い物ほど希少とされており、中でも“エラー硬貨”とされるものは インドぞうと こうかんできるほど たかいかちを もつ。
●デンキウサギ
●特徴:乾燥地帯の砂漠に生息。体長25~50cmの哺乳類。額から延びる一本ヅノは電気を発する発電器官。最高電圧 10まんボルトの でんりゅうは ヘタにさわると インドぞうでも きぜつする。
●スベスベマンジュウガニ
●特徴:温暖な気候の海に生息。体長5cm前後の甲殻類。スベスベした表面と饅頭のような丸い形、まだら模様の甲羅が特徴。可愛らし名前に反して体内には強い毒があり、あやまって たべてしまうと インドぞうでも しにいたる。
「……あれ? スベスベマンジュウガニって実在しませんっけ」
変なことを言うね、とトキはリリカを一蹴。現実的に考えてこんなネタみたいな名前のカニが実在するはずがない。指摘されたリリカはしばらく腑に落ちない様子だったが、そのうち「何か勘違いしていたみたいです」と自分の非を認めた。
「色々言いたいのは分かるよ。でも私が一番言いたいのは……“インドぞう”とかいう謎の生き物についてだ」
「それ、リリカも気になってました。こんな生き物、存在しませんよね」
「まったくだ。この“インドぞう”こそ“そんざいしないいきものずかん”に載せるべきだと思うんだよ」
リリカも迷いなく頷く。
説明欄にだけ出現する謎の生物“インドぞう”に関する考察と議論はしばらく続くも、結論が出るには至らなかった。




