目覚まし時計
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。奥の座席にいるトキは、いつにも増して真剣な表情で何かに勤しんでいた。気になったリリカがこっそり近づいて覗いてみると、トキがやっていたのは目覚まし時計の改造であることが分かった。
『ジリリリリリリ!!』
完成するのと同時、けたたましいアラーム音が駄菓子屋内に響き渡る。鼓膜を突き破らんほどの音量にトキは誇らしげだったが、直後、何事かと走ってきた店主のおばちゃんにそれ以上の声量で叱責されていた。ほとぼりが冷めるのを待ち、リリカは尋ねる。
「どうしたんですかトキ様、目覚まし時計なんかいじっちゃって」
「そりゃもちろん、明日早起きをするためさ」
「なるほど~。でも、音を大きくするだけで本当に充分なんですかね」
「と言うと?」
「確実に早起きするためには、もっとギミックを増やす必要があると思うんです。たとえば、クイズに正解しないとアラームを止められないようにしたり、とか」
「面白いアイディアだね。リリカちゃん、君の知恵も貸してほしい」
「任せてください!」
こうして二人は、ノリノリで目覚まし時計を改造し始めた。ルービックキューブを取り付けたり、クロスワードパズルを取り付けたり、あるいは謎の赤い線と青い線を繋げるなど。これらすべての謎を解き明かさなければ、アラームを止めることは出来ない。クイズやパズルは頭の体操にもなるので、アラームを止めた後に残る眠気は完全に消え去ること間違いなし。改造がこんなにも楽しいこととは思っていなかったので、二人の手は止まることを知らない。気づけば目覚まし時計は元のシルエットが分からなくなるほどに体積が増大しており、見た目のカオスさはさながら20年間掃除をしていないゴミ屋敷の如き変貌を遂げていた。何も知らない第三者に「これは何ですか」と問いかければ、間違いなく「夏休みの工作の失敗作」と返ってくるほかない。
「そうだ、制限時間も付けよう。タイマーがゼロになったら……ボカンさ」
「面白いですね! さっそく火薬を入れときます!」
もはや二人の作業は悪ノリすらも超越した危険領域に達していたが、当人たちは非常に満足していた。これなら明日の朝、確実に目を覚ますことが可能だろう。
「今さら聞くのもなんですけど、どうして目覚まし時計の改造を?」
「そりゃもちろん、早起きをするためさ。日が昇る前に本屋さんに行って、Vヤンプを購入する必要がある」
「Vヤンプって、確か月刊のホビー雑誌ですよね。なんでまたそのようなものを……」
「来月号のVヤンプには、付録のカードが付いてくる。それも飛び切り実用的な奴だから、最低でも三枚は回収しておく必要がある」
「三枚ってことは三冊買うってことですか……大変そうですね、カードゲーマーの方々って」
この後、トキは明日に備えて早々に帰宅。駄菓子屋にて改造した目覚まし時計を傍に置き、早めの床へと就くのだった。
『ジリリリリリリ!!』
まだ日も昇り切らない明け方、トキは過去に類を見ない最高の目覚めを果たした。後はこの天界から派遣された天使のラッパの如きアラーム音を止めるのみ。しかし何度叩いても騒音は止まらなかった。それから更に何度も叩いた所で、ようやく昨日改造したことを思い出すに至る。このガキ大将のリサイタルを止めるには、まずルービックキューブを止める必要があった。
「指が上手く動かない……それに、煩くて集中力が……」
なぜ自分は朝っぱらからこんなことをしているのか。そうだVヤンプを買いに行くためだった。なぜ自分は朝っぱらからこんなことをしているのか……。
自問自答のループに陥りつつもなんとかルービックキューブは完成した。
だが、文字通りこれは序の口にすぎない。アラームを止めるためには、まだクロスワードやら間違い探しやらを解かねばならなかった。
まだ早朝ゆえに視界は薄暗いが、聴覚の方は長いこと騒音に晒され続けたせいか耐性がついてきた。
「よし、これで終わりだ」
おかげで、けたたましいアラーム音は程なくして鳴りやんだ。
一仕事終えたトキは額の汗をぬぐい、朝日が燦然と差し込む窓の方へ目をやる。
こんなにも清々しい朝があっただろうか。
「はぁー疲れた疲れた。ひとまずおやすみ」
何はともあれ労働には疲労が伴う。幸いまだ早朝なので、トキはもうひと眠りすることにした。
(ん? 何か忘れてるような……ま、いっか)
至福の時間。それは朝の二度寝のことを言う。かくしてトキは定価690円のVヤンプを買いそびれ、数か月後に1280円にまで高騰した付録のカードを買いなおす羽目になるのだった。




