タマゴボーロ
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。店に入って早々、トキは店主のおばちゃんから助けを求められた。
「ああトキちゃん、ちょいと頼みを聞いてくれないかい?」
おばちゃんから頼みごとをしてくるとは珍しい。しかし何事か聞き返すまでもなく、天井近くまで積み上がったタマゴボーロの袋の山が目に入ってしまった。明らかに異様な光景だったので、目に入れるなと言う方が難しい。
「どうしたのおばちゃん。ここをタマゴボーロ専門店にするという相談なら前もって“NO”と答えておくよ。私はね、リニューアルだか美味しくなって新登場だか言えば全然別物にしていい風潮に辟易しているんだ」
「訳わからないこと言ってないで、少し手伝っておくれよ。このままじゃ廃棄になっちゃいそうでさ」
改めて耳を傾けると、電波塔のように積み上がったタマゴボーロは誤発注が原因のようだった。0を一つ多くしてしまったという、割とよくある奴だ。ほんの少しの手違いで、一つの山が生まれる。これはこれで感慨深いものがある。トキは他人事のようにしみじみ頷いた。
「おおそうかそうか、手伝ってくれるのかい。いくら買ってくれるのかい?」
「いや、今のは自分の世界に浸って……もういいや、やっぱりおばちゃんには敵わないね。けど今はそんなに持ち合わせは無いよ」
「買えるだけで十分だよ」
「買えるだけ、ね」
トキの心配は無用だった。天高く積まれたタマゴボーロの値段は、一袋一円の超絶大出血セールだったからだ。この値段設定では確実に赤字であろう。しかし、赤字を出してでも廃棄を防ぎたいと言うおばちゃんの願いを汲み取り、トキは高らかに宣言した。
「……とりあえず100袋いただこうか」
「はいよ、毎度あり~!」
100袋買っても100円。なんとお買い得なことか。しかも買った分だけ廃棄も防げた。一石二鳥とはまさにこのこと。したり顔のトキはさっそく奥の座席へ向かい、戦利品のタマゴボーロの一袋目を開封した。
「さてまずは一袋……この淡い香ばしさ、懐かしい記憶がよみがえるよ。いくらでも食べられちゃう」
なにせタマゴボーロは無限にある。袋を空にしては次の袋、そしてまた次の袋へとトキは調子よく食べ進める。この勢いならすべて消化するのも時間の問題だろう。そう思った矢先、トキの食べ進める手は急に失速した。
「うっ……」
淡白な味わいなので無限に食べ進められるかと思いきや、予想以上に口の中の水分を持っていかれるのが判明。すぐさまコップ一杯の水を飲み、潤いを取り戻したことでペースも元通り……にはならなかった。ボーロを口の中に持って行こうとしても、本能的な何かがそうさせるのを拒否してきたのだ。つまり、問題は口の中の渇きではなかった。認めたくないが、認めるしかない。タマゴボーロの味に飽きてしまったのだ、と。
「そ、そんなことはない、そんなことはないはずなんだ……」
二袋を食べ終え、三袋目に手を付け始めた直後という、あまりに早すぎる失速。10袋までなら軽くいけるだろうと甘い見通しを立てた矢先の出来事に、トキの動揺は止まらない。食べ進める手は止まっている。駄菓子屋の主を公言しているトキにとって、駄菓子の味に飽きてしまうというのは、ポリシー的に絶対にありえてはいけないことだった。
「仕方ない、続きは別の日にしよう。別に一日で食べきる必要なんてないわけだし……」
結局、食べきったのは三袋だけだった。残りの97袋は、自宅で消費することに。タマゴボーロの詰まった大袋を背負い、まるで季節外れのサンタクロースの如くトキは自宅まで引き上げていく。
――その後、彼女の姿を見た者はいなかった。
「というのは冗談なんだけど、私にもまあ色々あったわけだよ。いやぁ~本当に大変だったね」
数日ぶりに駄菓子屋に姿を現したトキ。こんなことは今まで一度もなかったので、リリカはものすごく真剣な目で語りを聞いていた。
「こっちだって本当に心配したんですからね。一言くらい連絡を入れてくださいよ」
「あれは私自身との戦いだった。だから他者を巻き込むわけにはいかなかったのさ」
「……本当に大変だったんですか?」
「大変に決まっているだろう。タマゴボーロのタマゴボーロかけをタマゴボーロで流し込んだ時はさすがにやばかったね」
「最初から最後まで全部やばいから大丈夫です」
その後、トキはタマゴボーロの後遺症なのか、何を食べても「タマゴボーロの味がする」と虚ろな目で言っていた。そこでリリカは試しに「これもタマゴボーロの味ですか?」とキノコのアレを食べさせてみると、タケノコ過激派のトキはまるで血反吐を吐くように咳込んで倒れた。どうやら味覚は無事に治ったらしい。




