文豪のカスエピソード集
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。リリカが店の中に入ると、トキが奥の座席で本を読んでいる姿が目に入った。トキに読書家のイメージはあまりないので、とても新鮮な姿だった。
「どうしたんだい、リリカちゃん」
本を読んでいたトキは顔を上げ、近づいてきたリリカに問う。
「申し訳ありません、読書の邪魔だったでしょうか」
「そんなことはないよ。周りの音が入らないくらい、この本が面白かったからねぇ」
「へぇ~。何を読んでいたのですか?」
「文豪のカスエピソード集」
「へ、へぇ~……」
リリカは聞いたことを早々に後悔した。表紙には誰もが知っているような文豪の名前がチラッと見えたので、真面目な本を読んでいるのかと思いきや、やはりトキはトキだった。
「いやぁ~これが本当に面白いんだよ。例えばある文豪は、働いても働いても生活はちっとも楽にならない、酷使している自分の手はあかぎれだらけ……そんな庶民のやりどころのない苦しみを描いた歌を詠んだ」
「どこかで聞いたことがありますね。確か、教科書に載ってた気がします」
「だけどその文豪自身は夜遊びしまくり借金しまくりの……言うなれば人間の絞りカスだったんだ。稼いだ金をすべてギャンブルと遊女につぎ込んでいたって噂もあるし、そりゃ生活は楽にならないだろうねって」
「……。リリカはほら、作者と作品は切り離して評価しますから……」
「さすがリリカちゃん、人間が出来てるね」
「えへへ、トキ様には負けますよ」
こんなにも楽しそうなトキを見るのは久しぶりだった。世の中にこんなカスがいるのかと、それはもうウキウキで語る。やはりこの世に全知全能の人間はいない。特に文豪と呼ばれる人間は、人間性を引き換えに類まれなる作劇能力を得たのだと、トキは一人納得していた。
「他にも面白いのがあってね。妻に不倫がバレないよう、ローマ字で日記を書いてたり」
「妻にはバレませんでしたけど、後世の人にはバレましたね」
「祠を壊したのは自分なのに、他人に責任を擦り付けたり」
「ん?」
「ババ抜きでシャカパチして思考をかき乱そうとしたり」
「んんん~~?」
「ボンドロシールを独り占めしようとしたり」
「もしかしてトキ様のこと言ってます?」
そんなわけないだろう、とリリカを一蹴。なにせトキは誰もが認める正真正銘の聖女なのであって、さすがに文豪を騙るようなおこがましい真似はしない。さすがのトキと言えど、出版はまだ未知の領域だ。
「だって、文豪のいた時代にボンドロシールなんてあるわけないじゃないですか」
「なぜそうだと言い切れる? 証明する手立てはあるのかい? ないものを“ない”と証明するのは悪魔的に難しいよ」
「祠とか、ババ抜きだってリリカには覚えがありますし……」
「誤って祠を壊すことは誰にでもあり得る。ババ抜きに至っては説明不要だ」
「うぅぅ~~!」
リリカは懸命に反論するも、かすかに真相までは辿り着かない。例に挙げたエピソードはどれもこれも覚えがドンピシャリであったが、屁理屈をこねくり回しされて最後の1ピースが埋まらない。
ちなみに最後の1ピースというのは“トキが折れる”というもの。
絶対に埋まらないことを、リリカは身をもって理解している。
「ふふふ、それにしても文豪か……目指してみるのもいいかもね」
「いきなり文豪を目指すのもおこがましいと思いますが」
「夢はでっかく、だよリリカちゃん。書き出しはそうだなぁ……“ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋”みたいな」
「もしかしてトキ様の自伝ですか?」
「自伝。それもアリだね」
明後日の方角を何の曇りのない目で見つめるトキを、リリカは少しだけ羨ましく思うのだった。




