女児カースト
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。現在、帝都の小学生の間では“ボンドロシール”なる物が大流行しており、駄菓子屋に来る子供たちも、そのシールの話題で持ちきりだった。
「ボンドロシール、本当に流行ってますよね。リリカも集めようと思ったんですけど、どこもかしこも売り切れで……でもこないだやっと手に入れたんです!」
ほう、とトキは興味深そうに頷いた。世間の小学生の間で流行っているボンドロシールなるものを、この成人女性も陰ながら集めたりしていたのだ。ぷっくり膨らんだ可愛らしい形状、触った時の独特な気持ちよさ。何も言わずとも魅力に気付いた後輩には、少なからぬ誇らしさを覚えていた。
これも教育の賜物か。実物を丁度持って来ていると言うので、見せてもらうことにした。
「……ああ、これねぇ。これねぇ…………」
しかし、トキの反応は芳しいものではなかった。明らかに見る前と見た後で、北極圏のクレバスが如きテンションの高低差が生まれている。理由は明白で、リリカに見せてもらったのはボンドロシールではなかったからだ。
「え、違うんですか?」
予想外の反応に、リリカは豆鉄砲を食らったかのように硬直。その様は孫のために買ったプラモデルが「コレジャナイ」と突き返されるおばあちゃんのようであった。
「これ、いわゆる類似品ってやつだよ。見ただけですぐ分かる」
トキが言うには、ボンドロシールと認めていいメーカーは三ッ星文具の物だけ。それ以外は流行に後乗りして、あわよくば金儲けがしたいだけの偽物と、割と強い口調で言い切った。
素人目線で聞けば泡を吹いて倒れそうなくらい苛烈な言い方だが、世の中は広い。中には手作りのボンドロシールですら偽物と言い切る過激な思想を持っているタイプもいる。そういう連中と比べれば、トキはまだ優しい方の部類に入るだろう。
「そ、そんなに違います? これはこれで可愛らしいと思うんですけど……」
「全身を偽ブランドで固めてランウェイを練り歩く度胸があるならそれでいいさ。けどね、女児の世界は甘くないんだよ。偽物を有難がってるなんてバレたら、すぐさま女児カーストの底の底へ叩き落とされるだろうね」
「女児カースト……今の子供たちって過酷な世界に生きてるんですね」
「他人事だと思っちゃいけないよ。老若男女問わず、人は皆心の中に女児を飼っているんだからねぇ」
「この前はおじさんを飼ってると言ってませんでしたっけ」
「女児とおじさんは同居している」
「どうかしてますね」
はぁ、とリリカはため息を一つ。トキが妙ちくりんな理論を展開するのはいつものことである。
「皆の衆~。ボンドロシールが入荷したよ~」
するとその時だった。駄菓子屋のおばちゃんが、新品のボンドロシールを棚に並べ始めたではないか!
まさに鶴の一声。各々で散らばっていた子供たちの目線は一点に集中し、間を置かずして一斉にエルドラドへの進行が開始される。
もちろんリリカも、あの熱狂に混じろうとした。
混じろうとはしたが、一歩二歩踏み出しただけで動きは止まった。
「どうしたのリリカちゃん。買いに行かなくていいのかな」
「ボンドロシールってどこもかしこも品薄なんですよね。だからリリカが苦労したのと同じくらい……いえ、きっとそれ以上にあの子たちも苦労しているはずなんですよ」
「ふぅん。キッズを優先して自分は一歩引こうと言うのかい」
「はい。子供の笑顔が最優先って、トキ様もよく仰ってましたし」
「言うようになったねぇ。優秀な部下を持って私も誇らしいよ」
「ありがとうございます!」
トキに褒められ、リリカも上機嫌。ボンドロシールは手に入らなかったのに、いや手に入れなかったからこそ、心は清々しく晴れ渡っていた。手を伸ばさないことで手に入る物もある。また一つ、新たな成長を“得られた”リリカであった。
「そっかぁ。リリカちゃんはいらないんだ……じゃあ私がぜーんぶ買っちゃうからね」
「えっ!?」
不意を突かれ、リリカは呆然。珍しく良い感じになりかけていた雰囲気は、唐突なトキのダッシュによって破壊された。
「トキ様のひとでなしー! 私の分も残しといてくださーい」
子供たちに混じり、ボンドロシールの物色を開始するトキとリリカ。そんなこんなで今日も駄菓子屋は平和だったとさ。




