夏の残滓
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。主な客層は小学生くらいの子供が中心だが、店を訪れるのは何も子供たちだけではないのは知っての通りだろう。その代表であるトキとリリカが、奥の座席にて穏やかな昼下がりを送っていた。
「暇だねぇリリカちゃん。何か怖い怪談でも話してよ」
「“いいとも”が終わった年に生まれた赤ちゃん、今年小学校を卒業しましたよ」
「……嘘だ、世界が私を騙そうとしてる……」
勝手に無茶を振って勝手にダメージを食らうトキのことはさておき、リリカの視界には珍しい客の姿が目に入った。
「へぇー。ここって高校生の方も来るんですね」
近くの高校の制服を着た三人の女子生徒が、楽しそうに駄菓子を選んでいる。トキは「たまに見かけるよ」と言うが、リリカには新鮮な光景だった。
「リリカも話したんですし、トキ様からも何か怖いお話を聞かせてくださいよ」
とっておきのを話してあげよう。トキは頷き、物々しい口調で語り始める。
「雪の夜道を歩いていたAさんの背後で、ドサッという音がした。振り向いてみると、そこにいたのはトラックにぶつかって吹き飛んできた全裸中年男せ――」
「あの、もういいです」
「ここからが本番じゃないか」
「全裸中年男性がノイズすぎて怪談どころじゃないです」
「おっと途中で遮られたのにどうして全裸中年男性だと分かったんだい。そうかそうか、リリカちゃんは全裸中年男性の姿が鮮明に映ったんだね」
トキが怪談を披露する時はいつもこうだ。物語にスパイスをと言いつつ、その辺の道端から採取してきた泥を容赦なくぶちまけてくる。
「ところであのJKたちの格好、ちょっと変わってるよね。あんなダボダボの靴下で歩きにくくないのかな」
「JKって……あれはルーズソックスですよ」
「ああそうそう、それそれ。800年ぶりに聞いたよそのワード」
「確かに珍しいというか、今時の子でもあんなファッションするんですね」
「流行というのはループするのが付き物だからね。私達の知らない間に一周回ってきたんだよ、たぶん」
そうは言うものの、現代でルーズソックスをしている高校生なんて見たことがないし、聞いたこともない。それにあの三人組の女子高生は、妙に念入りに日焼けしている。よく言えば“ガングロ”、率直に言えば盛りに盛った髪型も相まって“山姥”にしか見えない。
これは自分たちの感性が最先端についていけてないだけなのか。
駄菓子屋の雰囲気も相まって、妙にレトロチックな匂いが漂い始めている。
《PIPIPI、PIPIPI……》
するとその時、軽快な電子音が駄菓子屋の中に響き渡る。音の出処は女子高生たちのスクールバッグの中だった。メールでも来たのだろうか。すぐさまバッグから取り出し、高速で返事を打ち始めている。
「トキ様、見てください。あれってガラケーという奴ですか?」
「いや、違う。あれは……“ポケベル”だ!」
「な、なんですかポケベルって! なんかリリカ怖くなってきました。もう怪談はやめてくださいって言ったじゃないですか~!」
世代という名の波に飲まれ、ついにリリカが脱落した。ここから先の領域は、さすがのトキでも未知数である。懐かしい匂いはより一層色濃くなっていく。
「この雰囲気、まさか怪異でしょうか」リリカは震えた声でトキを見つめる。
「かもしれない。リリカちゃん、気を引き締めて」
そう言った次の瞬間、トキの目には衝撃的な物が映った。梅ジャム、紐キュー、サイコロキャラメル……どれもこれも今は売られていない、生産終了してしまった駄菓子ばかり。それをどうしてあの女子高生たちが持っているのか。
トキは我を忘れ、懐かしい匂いのする三人組の女子高生に近づいていく。先ほど言った「気を引き締めて」という発言の記憶は、もはや忘却の彼方。
「なあ、君たち……その駄菓子はどこにあったんだい?! この店で売ってたのかい?!」
トキの声に気付いた瞬間、三人組の女子高生の姿は露と消えた。そう、それはまるで夢が夢と分かった瞬間に目が覚めるのと同じように。果たして彼女達の存在は夢だったのか。色濃く漂っていた懐かしい匂いも、いつの間にか感じなくなっていた。
「な、なんだったんでしょうか」心配そうにリリカが駆け寄る。
「幻影、残滓、あるいは……幽霊。けど彼女達は間違いなく実在した」
「ですよね。リリカ達、間違いなく見ましたもんね」
「それだけじゃない。すぅー、はぁー……ほら、JKの残り香がする」
「……トキ様、ものすごくおじさん臭いです」
歴史ある帝都には、様々な人の記憶も積み重なっている。だから偶に、零れ落ちた記憶の残滓が形となって現れる。
「――って感じだったら面白いよね、リリカちゃん」
リリカはただ黙って頷いた。今日のお菓子は“オレンジ味のシガレット”だった。




