ババ抜き
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。欲望のままに駄菓子を買いあさり、奥の座席に着いたところで、トキはテーブルの上にあるトランプに気が付いた。学年誌の付録に付いてきそうな、可愛らしいキャラもののトランプだ。
「誰かが忘れてったのだろう。ちょうどいい、リリカちゃん何かやろうじゃないか」
「勝手に借りていいんですか?」
「ふっ、忘れていった奴が悪いのさ」
そう言うとトキは、何も悪びれることなくトランプの束を手に取り、ひらひらと束を揺らしてリリカを対面の席へと誘う。「何やりますか?」リリカも思ったより乗り気で着席する。
「ババ抜きで勝負だ」
「いいですね、さっそく始めましょう!」
互いの手札を整え、勝負開始。序盤、中盤は両者ともに淡々と進行する。1vs1のババ抜きならば当然ではある。勝負というにはあまりにも静寂が目立つが、両者の間には地底火山の溶岩にも等しい熱量のぶつかり合いが展開されていた。勝負の行く末を見届ける観客はおらず、ただただひたすらに静寂が――。
シャカシャカシャカシャカ、パチン
シャカシャカシャカシャカ、パチン
周りが静かなせいか、謎の異音は徐々に自己主張を強めていく。音の出処はトキの手元だった。
「あのー、トキ様」
「なんだい」
「シャカパチするのやめてもらっていいですか? すごく気になっちゃいます」
「シャカパチなんて私はしてないが……」
シャカシャカシャカシャカ、パチン
「おっとすまない。気付かなかったよ」
「無意識のうちにやってたってことですか? そんなことってあり得るのでしょうか」
「カードゲーマーというのは手持無沙汰を嫌うからねぇ。みんなついついやっちゃうものさ」
「は、はぁ。それやって何か意味あるんですかね」
「手札をシャッフルするのと、思考の整理……あとは手持無沙汰の解消かな」
「結局それですか」
「カードゲーマーというのは皆孤独なのさ」
トキは手札を差し出し、リリカにカードを引かせる。長らく付きまとっていたジョーカーが、やっと向こうに渡ってくれた。「シャカパチで集中力が乱れたせいです」リリカからは苦情が来たが、この程度で集中力が乱れるのは未熟な証と言うほかない。一流のカードゲーマーの耳には、重厚なフィルターが設置されているので無問題なのだ。
「それ、自分がやってるから気にならないだけですよね」
「確かに一理ある。リリカちゃんが気になると言うなら、出来るだけやらないよう努めるよ」
「はぁ、お願いします」
やがて勝負は最終盤へと差し掛かる。
リリカの手札は1枚、トキの手札は2枚(片方はジョーカー)。
同じカードをそろえれば、否応なしに勝負は決するという場面でリリカのターン。
「さぁ、引きなよ」シャカシャカシャカシャカ、パチン
「あのー、手札二枚しかないのにやる意味あるんですか?」
「え?」シャカシャカシャカシャカ、パチン「ああすまない、また無意識のうちにやっていたようだ」
頼みますよー、とリリカからは当然のクレーム。このシャカパチが効いたか否か、リリカが引いたカードはジョーカーだった。二分の一を外してしまい、リリカは顔をしかめる。
そんなこんなで手札が一枚となったトキのターン。
「さてさて、どちらにしようかな」シャカシャカシャカシャカ、パチン
「あのー……」
「おや、またやっていたのか。本当に申し訳ない」
「シャカパチって手札一枚でもやれるものなんですか? 物理的に無理だと思うんですけど」
「カードゲーマーに不可能はないのさ」
「は、はぁ」
そしてトキはカードを引く。結果はスペードのAだった。はらりと二枚の手札を表にし、高らかに宣言。
「私のアガリだ」
と。
観客のいない試合ゆえに喝采は湧かないが、勝負の内容はぎりぎりの紙一重。
勝敗を分けた原因を求めるのであれば、おそらく――
「トキ様のシャカパチのせいですよ」
「それに関しては本当に申し訳ないと思ってる。だから許しておくれよ」シャカシャカシャカシャカ、パチン
「……え? どうして何も持ってないのにシャカパチの音がするんですか?」
「いくらなんでもそんな……っと、また私はやっていたようだ」シャカシャカシャカシャカ、パチン
「えっ、えっ、えっ。なんで虚無からシャカパチ生んでるんですか? 虚無と虚無を擦り合わせてるんですか?」
「いやぁ~、癖っていうのは中々治らないものだね」シャカシャカシャカシャカ、パチン
シャカシャカシャカシャカ、パチン




