ドラゴンの裁縫セット
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。聖女のトキがガチャガチャで安定の爆死を遂げていると、知り合いの少年が何かを抱えながら店の中に入ってきた。とはいえ何を持っているかは、少年が腕の中に隠しているせいで見ることができない。
「やあキッズぅ、何持ってるの? いいだろー、見せてよー、減るもんじゃないんだしさー」
トキは無理やり覗こうとするが、意外にも少年のガードは堅い。それでも何度かフェイントをかまし、少年の腕の中からブツを拝借。見てみると、それは勇ましいドラゴンの姿がプリントされた、何かしらのケースのような物だった。もちろんトキは、このケースの正体を一秒で見破った。
「《ドラゴンの裁縫セット》だ! やっぱりそれ《ドラゴンの裁縫セット》だよねぇ! うわーすごい、実物は初めて見たよ!」
実に良い物が見れた。トキはホクホク顔で返却するも、少年の顔には陰りが見える。どうやらドラゴンの裁縫セットを見られたことが相当恥ずかしいらしい。
「どうして恥ずかしがってるの? 自分で選んでそれにしたんじゃないの? ……え、お兄さんのお下がりで強制ドラゴン? ふぅん、いいお兄さんを持ったじゃん」
実を言うとトキはドラゴンの裁縫セットとは縁のない人生を送ってきた。ドラゴンの裁縫セットを選ぶチャンスこそあったが、当時のトキはあろうことかそれをスルーしてしまった。
理由は周りのみんながドラゴンの裁縫セットを選んでいたから。
こういうお年頃のお子様にはありがちな、マイノリティでありたい精神が発動してしまったのだ。
もちろんこの選択は、のちのトキの人生に大きな後悔を残すこととなる。
ドラゴンの裁縫セットを選ばなかったせいで、格好いい裁縫セットで盛り上がっている輪の中に入ることが出来なかった。
ドラゴンの裁縫セットを選ばなかったせいで、数年後に訪れる強烈な羞恥心で盛り上がる輪の中に入ることが出来なかった。
あの時ちゃんと自分の心に従っていれば――。
自分の中に軸を持つ、というトキの人生における教訓は、この苦い経験があったからこそのものである。
「選ぶ余地がなかったのは同情するよ。けど選ぶ余地があったところでキミならドラゴンの奴を選んでた気がする……え、そんなことはない? そうかなぁ。でもね、その恥ずかしいという感情は大切にしておくべきだよ。人生の先輩からの貴重なアドバイスさ」
やはり少年は納得がいっていない様子。だがそれは仕方のないことだ。少年のような歳では、とても理解できる概念ではない。後悔というものは、深い年月の果てに刻まれる不治のキズのような物なのだから。
「あそっか、キッズには難しかったかー。ごめんごめん」
馬鹿にされたようで少年は機嫌を損ねてしまい、、プイっとそっぽを向いてしまう。だがそっぽを向いた次の瞬間、トキの目にはあられのない少年の姿……ズボンの尻部分にポッカリ空いた穴を発見してしまうのだった。
もちろん穴の先にあるパンツもがっつり見えてしまう。
思わずトキは手のひらで目を覆ったが、指の間隔はしっかりと等間隔をキープ。
網膜にはその縞模様が、くっきりと焼き付いていた。
「……ごほん。あーあーいや、なんでもないよ。なんでもないってば」
などとわざとらしい咳ばらいを一つ。
するとその時だった。
店主のおばちゃんが、少年のズボンに空いた穴に気付いてしまったではないか。
「ちょいとあんた、ズボンに穴が空いてるよ! そのお裁縫箱寄こし!」
そしてドラゴンの裁縫セットをひょいと取り上げ、中から取り出した針と糸でズボンの穴をふさぐ。あっという間の早業に、ギャラリーは茫然とするしかない。
「す、すごい……」
ドラゴンの裁縫セットはもちろん格好いいが、店主のおばちゃんはそれ以上に格好いい。トキと少年は、改めて尊敬のまなざしを向けるのだった。




