まんじゅう怖い
ここは帝都の下町にある老舗駄菓子屋。リリカはふと前々から気になっていたことをトキに尋ねてみた。
「え? 私に怖いものがあるのかって? うーん、特にないかな。まあ強いて言うなら……お饅頭とか?」
リリカは聞いたことを早々に後悔した。饅頭怖いの話なんて、今時子供でも知っているのに。
「あれぇ? もしかしてリリカちゃん、饅頭の本当の怖さを知らないのかな?」
「そうやって買ってもらおうったって無駄ですよ。リリカだってお給料日前でピンチなんですから」
「後輩にタカろうだなんてみっともない真似はしないよ。けどね……私、本当に饅頭だけは苦手なんだ。あー怖い怖い、饅頭怖いよー」
トキの視線の先には、売り物の饅頭があった。駄菓子屋に饅頭とはこれ如何にとリリカは思ったが、この店の品ぞろえはかなり雑多である。だから特に不思議でもないだろう。
ここであの饅頭を見に行くのは安い挑発に乗るようで嫌だったが、そうでもしないとトキがいつまで経っても煩いので行くしかなかった。
手に取ってみると、何の変哲もない茶色い皮の饅頭だ。
当然、恐ろしいと思うこともない。
買うつもりはないので、すぐに戻そうとした。
その時だった。
ギシギシギシギシ…。
饅頭の底面から突然、ムカデのような脚が生えてきた。
「えっ?!」
思わず投げ捨ててしまう。着地するや否や、脚の生えた饅頭はその脚をバタバタ動かし、店の外へ消えていった。その一部始終を、リリカは茫然と見ているしかなかった。
「あーあ行っちゃったね。リリカちゃん、弁償しとかなきゃダメだよー?」
一方トキは至って冷静だった。まるで何度も繰り返して見てきたかのように、何も動じることなくリリカに責任を擦り付けてきた。
「ね? 饅頭怖いでしょ?」
「ソ、ソウデスネ…」
確かに饅頭怖い。けど、そっち方面で恐怖を与えてくるとは思わなかった。まったくもって意味不明だし、気味も悪い。脳が理解を拒むタイプの恐怖だ。
「リリカちゃん、元気出して。そうだ、特別にアイス奢ってあげる。好きなの選んでいいよ。ただし60円までね」
好きなの選んでと言う割に60円までだし、よりによって冷たいアイスだったが、リリカにはもう何かを考える余裕は残っていなかった。適当なアイスキャンディーを手に取り、無我夢中で舐め進める。味どころか冷たささえ感じない。
そして食べ終わった後の棒を見ると、何か文字が書かれていた。
まさか当たりが出たのかな。
上
ヲ
ミ
ろ
見たくないはずなのに、反射的に見上げてしまった。けどそこにあったのは、何もないただの天井。タチの悪いイタズラだ。こんなことをするのはトキしか考えられない。
だが、気づくと傍にいたはずのトキの姿がなくなっていた。
リリカは訳が分からなくなり、店の外へ逃げるように飛び出した。
「あ、リリカちゃん来てたんだ。どうしたのそんなに慌てて……えっ、今までどこに行ってたのかって? どこも何も、さっき来たばかりだけど?」
リリカは今までのことを問い詰めた。饅頭の話、アイスを奢ってくれた話、トキが突然姿を消した話。でも、何を話してもトキはまるでピンと来ていなかった。
「いやいやおかしいよ、だって私がアイス奢るわけないじゃん。お金は自分のために使ってナンボだからねー」
目の前にいるトキは何者?
さっきまで話していたトキは何者?
アイスの棒の文字も見せようと思ったが、それもなぜか「当たり」に変わっていた。




