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第四話 夏の図書館で家族を考える

夏の光は、図書館の大きな窓を通して室内に降り注いでいた。

外の街路樹は青々と茂り、蝉の声が途切れることなく響く。私は昼休みを利用して、図書館の書架の前に立った。


春に、『社会分業論』を読み、社会は自由と安定のせめぎ合いの中で成り立つことを知った。

だが、社会の仕組みを理解するには、もっと身近な例も見ておく必要がある——そう考えた私は、家族に関する本を手に取った。


ページをめくると、家族という単位が、社会の最も小さな単位であることが書かれていた。

親が働き、子どもが育つ。

誰かが食事を作り、誰かがそれを食べる。

掃除をする人がいて、生活の場が整えられる。普段は意識しないけれど、この小さな仕組みの積み重ねが、社会全体を支えている——そのことが少しずつ頭に入ってくる。


さらに読み進めると、日本の政治思想史を研究した丸山真男の名前が目に入った。

彼は、社会の成り立ちを考えるとき、人々がそれぞれの「役割」を果たすことに注目していた。


会社で働く人も、学校で学ぶ子どもも、すべては社会の中で役割を持つ存在である——その考え方に、私は納得した。


ページを閉じて窓の外を眺めた。


蝉の声、照りつける日差し、樹々の陰。

日常の中に潜む、見えない仕組みが、まるで目に見えるかのように感じられる。


私の家にも家族がいる。

父は毎朝仕事に出かけ、母は料理や掃除に追われ、私は学びの時間を持つ。


誰かが欠けても、生活は少しずつ歪む。


ノートを取り出し、思考を文字に落とした。


社会は大きな制度や国家だけで成り立つわけではない。

最も基本的な形は、家族という小さな社会にある。役割を持つ人々のつながりが、社会の土台を築いている。


ふと、先日目にした調査を思い出した。

中高生の女子が将来「専業主婦」を希望するという話である。

今の社会では、専業主婦になることは簡単なことではない。

共働きが当たり前になった今、生活を支えるには二人が働く必要がある。

それなのに、心の中では家族や家庭という安定を求めている——人は小さな社会の形に、安心を重ねているのかもしれない。


ページをめくりながら思考を整理した。


自由が増えるほど迷いも増えるが、小さな社会の中には明確な役割がある。

その中で人は互いに支え合い、生活を営む。

家族という単位は、まさに社会を構成する最も基本的な仕組みなのだ。


私はノートに向かい、文字を書き始めた。

「書いてみよう。そして私はぺんをとった。」



【エッセイ】

未完成の社会に生きる

      ― 自由と秩序のあいだで ―


第三回  家族という小さな社会


家族という言葉は、あまりにも身近であるために、私たちはその意味を深く考えることが少ない。

しかし、よく考えてみると家族とは、社会の中で最も小さく、そして最も基本的な社会でもある。

親が働き、子どもが育つ。

誰かが食事を作り、誰かがそれを食べる。

掃除をする人がいて、生活の場が整えられる。

このような役割の分担によって、家族の生活は成り立っている。

私達は普段、この様なことをあまり意識しないで生活している。

しかし、少し立ち止まって考えてみると、家族の中にも小さな社会の仕組みが存在していることに気づく。

社会というものは、突然大きな形で現れるものではない。

このような小さな役割の積み重ねから、少しずつ形づくられていくものなのである。

ここで、日本の政治思想を研究した学者

丸山真男の言葉を思い出す。

丸山は、日本社会を考えるとき、人々がそれぞれの「役割」を持って社会の中に存在していることに注目した。

社会とは、ただ人が集まっている状態ではない。

人がそれぞれの役割を持ち、その役割を果たすことによって社会は形を持つ。

会社で働く人も、店を営む人も、学校で学ぶ子どもも、すべて社会の中の役割の一つである。

そして、その最も小さな形が家族なのである。

家族の中でも、人はそれぞれの役割を持っている。

親としての役割、子どもとしての役割、支える役割、助け合う役割。

その小さな役割のつながりが、家族という社会を形づくっている。

ここで、少し興味深い話を紹介したい。

先日、ある調査結果を目にした。

中学生や高校生の女子が将来なりたい職業として、「専業主婦」という答えが上位に現れた年があったというのである。

その結果はメディアでも話題になり、

「今の若い世代は安定を求めているのではないか」

といった議論も起こったらしい。

私はその結果を見て、少し不思議な気持ちになった。

というのも、今の社会において専業主婦という生き方は、むしろ簡単なものではないからである。

共働きが当たり前になり、生活を支えるためには二人が働くことが普通になっている。

そう考えると、少し考え込んでしまう。

夢とは、本来なかなか手の届かないもののはずである。

もしそうだとすれば、今の時代において専業主婦という生き方は、ある意味で「最も手の届きにくい夢」になっているのかもしれない。

もちろん、専業主婦という生き方が良いとか悪いとか、そういう話をしたいわけではない。

ただ、この話から一つだけ分かることがある。

それは、家族というものが、今でも人の心の中でとても大切なものとして存在しているということである。

どんな社会であっても、人は一人では生きていくことができない。

そして、その最も身近な形が家族なのである。

社会の仕組みを考えるとき、私たちはつい国家や制度のような大きなものに目を向けがちである。

しかし、その土台にあるのは、こうした小さな生活の積み重ねなのかもしれない。

家族という小さな社会。

そこから、人間の社会は始まっているのである。



注釈

丸山真男

1914年生まれ、1996年没。

日本の政治思想史研究者。東京大学教授。

日本社会の政治文化や思想を研究し、社会の中で人が担う「役割」という視点から日本社会の特徴を分析した。

主な著作

・日本政治思想史研究(1952年)

・現代政治の思想と行動(1956-57年)



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