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第五話 秋の図書館で国家を考える

秋風が街路樹を揺らす。黄色や赤に色づいた葉が、歩道に軽やかに落ちていく。

私は昼休み、いつもの図書館に足を運んだ。


夏の間、家族という小さな社会を考え、社会の最小単位の役割を理解した。

今日はその視線を広げ、より大きな社会の仕組みについて学ぼうと思う。


図書館の書架の前で立ち止まる。


政治思想の棚には、トマス・ホッブズやジャン=ジャック・ルソーの名が並んでいた。


私は手に取った『リヴァイアサン』のページを開く。


17世紀、イギリスの思想家は、国家とはどのようにして生まれたのかを考えていた。


ホッブズによれば、人はもし完全に自由な状態で生きれば、互いに争わざるをえない。


「万人の万人に対する闘争」——その言葉が、頭の中で低く重く反響する。


自由だけを追い求める社会では、人は安心して暮らせない。


命も財産も保証されないからだ。


ページをめくりながら思考を整理する。

家族では、役割を分担することで生活が成り立っていた。

では、村や町、都市に広がるとどうなるのか。


小さな社会が集まり、大きな社会の秩序を維持するためには、共通のルールと力が必要になる。


国家とは、自由の一部を差し出し、安定と秩序を得るために作られた仕組みなのだ。


窓の外を見ると、落ち葉を踏む人々が行き交う。

警察官の制服、学校の子どもたち、役所に向かう人々——日常の光景は、国家という大きな仕組みによって支えられていることを示している。


法律、道路、税金、教育——すべてが、私たちの生活を守るためのルールであり、秩序の表れである。


ノートを取り出し、文字を書き始める。


「人は一人では生きられない。家族という小さな社会の積み重ねが、やがて国家という大きな社会を形作った。自由を差し出す代わりに、安全と秩序を得る——それが社会契約の本質である。」


ページを閉じ、書架の間を歩きながら思った。国家は完璧ではない。戦争も争いも起こるし、法律が人を苦しめることもある。


それでも人々は国家の枠組みを手放さなかった。

それは、人間が社会の中でしか生きられない存在だからに違いない。


秋の日差しが図書館の床に斑を作る。


赤や黄色の光が揺れるたび、私は考える。


社会の秩序も、家族の役割も、国家の力も、すべては人が互いに関わり合うことで成り立っているのだ。


そして私は再び、ノートにぺんを走らせる。

「書いてみよう。そして私はぺんをとった。」




【エッセイ】

未完成の社会に生きる

      ― 自由と秩序のあいだで ―


第四回  国家という大きな社会


前回、私たちは家族という小さな社会について考えた。

家族の中では、誰かが働き、誰かが支え、互いに助け合いながら生活が成り立っている。

そのような役割の積み重ねが社会の始まりである、という話をした。

しかし、人間の社会は家族だけで成り立っているわけではない。

家族がいくつも集まると村ができる。

村が集まれば町になり、町が広がれば都市になる。

そして、そのような大きな社会をまとめる仕組みとして生まれたのが「国家」である。

私たちは普段、この国家というものをあまり意識しないで生活している。

けれども、少し考えてみると、国家という存在は私たちの生活のあらゆるところに関わっている。

道路が整備されていること。

警察が治安を守っていること。

学校があり、法律があり、税金が集められていること。

これらはすべて国家という仕組みによって支えられている。

では、ここで一つの疑問が生まれる。

人はなぜ国家に従うのだろうか。

税金を払い、法律を守り、ときには自由を制限されることもある。

それでも多くの人は国家という仕組みの中で生活している。

この問題を深く考えた思想家の一人が、17世紀のイギリスの哲学者

トマス・ホッブズである。

ホッブズは、人間がもし完全な自由の状態に置かれたらどうなるか、ということを考えた。

そこでは誰もが自由である。

誰の命令にも従う必要はない。

法律もなければ、国家も存在しない。

一見すると、それはとても自由な世界のように思える。

しかしホッブズは、そうはならないと考えた。

もし人が完全に自由であれば、人は自分の身を守るために常に警戒しなければならない。

財産も安全も保証されない。

その結果、人は互いに争うことになる。

ホッブズはその状態を

「万人の万人に対する闘争」

という言葉で表した。

つまり、完全な自由の世界では、逆に安心して生きることができないのである。

そこで人間は、自分たちの自由の一部を差し出し、代わりに秩序を手に入れる。

法律を作り、国家という仕組みを作り、その力によって社会の秩序を守ろうとする。

少し難しい言い方になるが、これは「社会契約」と呼ばれる考え方である。

人は完全な自由を持つ代わりに、

安全と秩序のある社会を選んだ。

こうして国家という大きな社会が生まれたのである。

もちろん、国家もまた完全な存在ではない。

歴史を見れば、国家同士が争い、戦争が起こることもある。

法律が人を苦しめることもある。

それでも人は国家という仕組みを手放さなかった。

それはおそらく、人間が社会の中でしか生きることができない存在だからだろう。

家族という小さな社会。

そして国家という大きな社会。

形は違っていても、そこには共通したものがある。

それは、人が互いに関わり合いながら生きているということである。

社会とは、人間が一人では生きていけないという事実から生まれた仕組みなのかもしれない。

そして、その仕組みは今もなお、少しずつ形を変えながら続いているのである。



注釈

トマス・ホッブズ

1588年生まれ、1679年没。

イギリスの哲学者・政治思想家。

人間社会の秩序がどのようにして成立するのかを考え、「社会契約」という思想を発展させた。

主な著作

・リヴァイアサン(1651年)

国家は人間の安全を守るために必要な存在であると論じた政治哲学の古典。




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