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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第11章 王都脱出

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第91話 第三席

 クレイグが剣を抜いた瞬間、路地の空気が変わった。


 アシュは剣を握り直したまま、息を浅く整える。


「どうした、来ないのか」


 クレイグが言った。


 アシュは地を蹴る。


 最初の一歩から、クレイグは退かなかった。

 正面。

 同じように前へ出る。


 次の瞬間、金属音が細い路地へ響いた。


 重い。


 ヴァルトとも違う。

 ルークとも違う。

 押し潰すような重さじゃない。

 刃の芯がぶれないまま、必要なだけの力だけが乗ってくる。


 アシュは一度受けて、すぐ角度をずらす。

 そのまま横へ流して切り返すつもりだった。


 だが、その切り返しの軌道に入る前に、クレイグの剣がもうそこにあった。


「っ……!」


 剣が頬を掠めた。


 熱いものが一筋流れる。


 クレイグは追わない。

 半歩だけ位置を変え、また正面に立つ。


 待っているのではない。

 次の最短を選び直している。


「なるほど」


 クレイグが低く言う。


「かなり消耗しているみたいだな」


「うるせえよ」


 アシュが吐き捨て、今度は自分から踏み込む。


 今は読み合いを長くしたくない。

 長引けば不利なのはこっちだ。


 上から。

 次いで横。

 間を置かずに、もう一歩。


 クレイグは全部受けた。

 いや、正確には受け切ってはいない。

 必要なものだけ受け、いらないものは軌道の外へ逃がしている。


 そのせいで、アシュの方だけが余計に力を使わされる。


 嫌な相手だった。


「焦るな」


 クレイグが言う。


「勝ち急げば、それだけ隙が多くなる」


 その言い方に、アシュの目が細くなる。


「そりゃどうも」


 次にアシュは、低く沈むような踏み込みから剣を振り抜く。


 クレイグは今度も退かなかった。

 刃を斜めに合わせ、衝撃を殺す。

 そのまま近い距離へ滑り込む。


 まずい、とアシュが思った時には、クレイグの蹴りが脇腹へめり込んでいた。


「ぐっ……!」


 息が詰まる。


 痛みそのものより、そこで呼吸が切れたのがまずかった。


 クレイグはそこを逃さない。

 一歩だけ引いたと思った次の瞬間には、下から斬り上げる軌道が来る。


 アシュは無理やり剣で払った。

 火花が散る。

 だが受け切れず、腕の奥まで痺れが走った。


 ガルドが叫んだ。


「アシュ!」


 矢をつがえてクレイグに狙いを定めた瞬間、クレイグの目つきが変わる。


「邪魔をするな」


 その言葉を言った時にはすでに、ガルドとノアの間にクレイグがいた。


 ノアが咄嗟に、術式を発動しようとした時、クレイグの剣がノアに向かって走る。


 必死に身を捻り、回避しようとしたがわずかに遅かった。


 ノアの腕から血が噴き出す。


「ノア!」


 ガルドが至近距離から矢を放つが、紙一重でかわされる。


 返す刀でガルドに切りかかる。


 咄嗟に身を引いて避けたが、持っていた弓が真っ二つになった。


「クレイグ!」


 アシュがクレイグの後ろから切りかかる。


 剣が交わり、火花が飛び散る。


「手出すな!こいつは俺が止める」


 ガルドたちに指示を出す。


 クレイグは力で押し返してこない。

 受ける角度を変え、流し、そのまま半歩だけずれる。


 剣先が空を切る。


 そこへすぐ横から刃が走る。


「っ!」


 アシュは無理やり身を捻り、頬を浅く裂かせながらどうにか避けた。

 熱いものがまたひと筋流れる。


 クレイグは追い込む。

 間を置かない。

 こちらが呼吸を整える前に、次の最短をもう選んでいる。


 嫌な相手だった。


 強いだけじゃない。

 こいつは、戦いの中でだれを優先して攻撃するか常に見極めている。

 ガルドもノアも、一歩でも踏み込めば次は喉を裂かれていた。


 アシュは歯を食いしばる。


「ノア! 動けるか!」


 叫ぶように言うと、ノアは傷を押さえたまま短く答えた。


「大丈夫だ」


 血は出ている。

 だが致命ではない。

 それだけで十分だった。


 ガルドが舌打ちする。

 折れた弓を投げ捨て、腰の短剣へ手をかけかける。

 その動きに、クレイグの視線が一瞬だけ流れた。


 それだけで、アシュの背筋が冷える。


「やめろ!」


 低く叩きつける。


「手ぇ出したら次は首が飛ぶぞ!」


 ガルドの顔が歪む。

 分かっている。

 分かっているからこそ、なお腹が立つ顔だった。


「っ……クソが」


 フィアナはノアの腕へ布を巻いていた。

 手が少し震えている。

 それでも、止血の手は止まらない。


 ルゥが低く唸り、アシュとクレイグの間合いを睨み続けていた。

 飛び込みたいのだろう。


「史上最年少の席持ちも、随分と余裕がないな」


 クレイグが言う。


「昔話でもしに来たのか」


 アシュが返す。


「それも悪くはないが」


 クレイグは続けて言う。


「こっちの方が好みだ」


 踏み込みが深くなる。


 アシュも前へ出る。

 もう後ろへは下がれない。

 今の身体で守りに回れば、そのうち押し切られるだけだ。


 刃がぶつかる。


 クレイグの剣は、相変わらず無駄がなかった。

 振りが小さい。

 だが、その小ささの中に必要な殺意だけが詰まっている。


 アシュは二撃、三撃と続けざまに叩き込む。

 重さでは負けていない。

 だが、受け流されるたびにこちらだけが削られていく。


「ヴァルドを殺した剣にしては、鈍いな」


 クレイグが低く言う。


「うるせえ」


「万全ならもう少し楽しめたか」


 その言葉に、アシュの胸の奥がかすかに熱くなる。


 楽しむ、だと。


 今のこの状況で。

 仲間が傷ついて、逃げ道も狭まり、身体もまともじゃないのに。


 だが、同時に分かってしまう。

 この男は本気でそう言っている。

 ふざけているわけじゃない。

 純粋に、全力の剣を測ろうとしている。


「……綺麗事みてえに戦うなよ」


 吐き捨てるように言う。


 クレイグの目がわずかに細くなる。


「綺麗事で斬れるなら苦労はないだろう」


 直後、刃の角度が変わる。


 正面から押していたはずの剣が、いつの間にか下へ滑り、アシュの手元を抉るように跳ね上がった。


 危うく剣を弾かれかける。


「っ!」


 アシュは柄を握り直し、そのまま前へ体を押し出した。

 近い間合い。

 剣が窮屈になる距離。

 なら、まだ押せる。


 肩でぶつかる。

 クレイグの姿勢がほんのわずかに崩れる。


 その隙に、アシュの刃が横から走る。


 布が裂ける。

 浅い。

 それでも、今度はクレイグの左肩口に細い傷が入った。


 ガルドが息を呑む。


「入った……!」


 クレイグは傷に目もやらない。

 だが、今度は一歩だけ下がった。


「なるほど」


 低く言う。


「なかなかやるようになったな」


 アシュは答えない。

 答える余裕がない。


 だが、今ので分かった。


 届かない相手じゃない。

 だけど、このまま普通にやれば負ける。


 ただし、そのためには足りなかった。


 体力も。

 速さも。

 今の身体も。


 脇腹の奥で、鈍い熱がうごめく。

 灰刻を使ったあとの焼け残りみたいなものが、まだ完全には死んでいない。


 アシュは浅く息を吸った。


 クレイグがそれを見て、目を細める。


「本気で来ないのか」


「だったらどうする」


「ここでお前は終わるだけだ」


 クレイグがまた前へ出る。


 次は深い。

 今までで一番、仕留めに来ている踏み込みだった。


 アシュは受ける。

 さらにそこへ二撃、三撃と重なる。


 速くて、重い。

 そして止まらない。


 壁際まで押される。


 フィアナが小さく息を呑む。

 ルゥも前足を一歩出した。

 だが、まだ届かない。


 まずい。


 このままじゃやられる。


 アシュは歯を食いしばり、身体の奥へ意識を沈めた。


 痛みの下。

 焼けるような軋みのさらに奥。

 そこにまだ、黒い熱の残り火が沈んでいる。


 さっき使ったばかりだ。体が耐えられるか分からない。


 だが、ここを越えなければ終わる。


「アシュさん!」


 フィアナの声が飛ぶ。


 止める声だった。

 それでもアシュは視線を外さない。


「あんたの望み通り、本気でやってやる」


 低く言い捨てる。


 クレイグの目がわずかに細くなる。

 察した顔だった。

 それでも剣は止まらない。


 アシュは剣を握り直した。


 次の瞬間、脈が一つ深く打つ。


 黒い熱が、痛みごと無理やり身体の奥から這い上がってくる。

 筋肉が軋む。

 骨の内側を針でなぞられるような嫌な感覚が走る。

 視界の輪郭が鋭くなる。

 細い雨の筋さえ、さっきより遅く見えた。


 灰刻。


 もう後先を考えて使う段階ではなかった。

第91話でした。


今回は第3席クレイグとの戦いを本格的に始まりました。


少しでも続きが気になったら、

ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。

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