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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第11章 王都脱出

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第88話 閉じていく道

 市場裏へ続く細い通りは、思った以上に息苦しかった。


 人ひとりが走るだけでも音が響く。

 しかも今は、王都そのものがこちらを探し始めている。


 ノアが先頭を走る。

 足を止める気配はない。

 だが、ただ無闇に急いでいるわけでもなかった。

 角ごとに一度視線を切り、気配を拾い、進めると判断してから次へ踏み込んでいる。


 ガルドがその少し後ろで低く言った。


「このまま南へ抜けるのか」


「ああ」


 ノアは振り返らずに答える。


「市場裏を越えた先に、使われなくなった搬出路がある」


「まだ使えんのかよ」


「人なら通れるはずだ」


 アシュは最後尾に近い位置でそれを聞いていた。


 呼吸が浅い。

 脇腹の痛みは走るたびに芯を引っ掻く。

 だが、止まれない。


 フィアナが少しだけ速度を緩め、横へ寄ってくる。


「本当に大丈夫ですか」


「しつこいぞ」


「何回でも聞きます」


「大丈夫だ。まだ走れる」


 その言葉を聞いて、フィアナはそれ以上は言わなかった。


 市場裏へ出る直前、ノアがまた手を上げる。


 全員が止まる。


 石壁の切れ目から通りの様子を覗くと、向こうではすでに人の流れが変わっていた。

 荷を運んでいた下働きは消え、代わりに兵が増えている。

 白衣もいる。

 立ち話をしているふりをしながら、目だけは通り全体を見ていた。


「もうここまで来てやがる」


 ガルドが小さく吐く。


「さっき鐘が鳴ったばかりだぞ」


「教会本部が壊れたんだ。やつらも必死だろう」


 アシュが言う。


 ノアは少しだけ考える間を置いた。


「正面の通りはもう駄目だ」


「じゃあどうする」


「屋根沿いに抜けるしかない」


 ガルドが顔をしかめる。


「は?」


 ノアはようやく振り返った。


「市場裏の倉庫群は建物同士が近い。二、三か所飛べば、裏の搬出路へ降りられる」


「随分簡単に言うじゃねえか」


「簡単じゃない。それ以外に道がないって話しだ」


 淡々とした返しだった。


 アシュは壁へ肩を預けたまま短く息を吐く。


 屋根伝い。

 体力が残っている時ならどうとでもなる。

 今はあまりやりたくない。

 だが、通りへ出るよりはましだった。


「いけるか」


 ノアの問いはアシュへ向いていた。


「いくしかねえだろ」


 通りの向こうでは、兵が一隊増えた。

 時間がない。


 ガルドが小さく舌打ちする。


「もうやるしかねえな」


「ルゥ」


 フィアナが呼ぶと、ルゥはすぐに耳を立てた。


「先に上がれますか」


 ルゥは一度だけ喉を鳴らし、崩れた木箱の上へ飛び乗った。

 そのまま倉庫脇の棚板を蹴り、低い屋根へ軽々と上がる。


「おいおい、身軽でいいな」


 ガルドが言う。


「文句言ってる暇があるなら行け」


 アシュが吐く。


 まずノアが壁際の樽へ足をかけ、屋根の端へ手をかけた。

 身体を持ち上げ、そのまま上へ消える。

 次にガルド。

 弓が邪魔になりそうだったが、慣れた動きでどうにか乗り越えた。


 フィアナが上を見上げる。


 アシュは先に彼女の背を押した。


「行け」


「アシュさんが先です」


「お前が落ちた方が面倒だ」


 フィアナが少しだけ唇を結ぶ。

 それでも反論はせず、樽へ足をかけた。


 だが、腕力だけでは足りない。

 途中で滑る。


「っ」


 アシュはすぐに腰へ手を回し、そのまま押し上げた。

 フィアナの身体が屋根の端へ届く。

 上からガルドが腕を掴み、引き上げる。


 最後にアシュ自身が手をかける。


 脇腹が痛む。

 腕に力を込めると、肩の奥まで軋む。

 だが今は、落ちるわけにいかない。


 どうにか体を持ち上げ、屋根へ転がり込んだ瞬間、下から兵の声が響いた。


「いたぞ!」


 見つかった。


 ガルドが低く吐き捨てる。


「もう見つかんのかよクソ」


「走るぞ」


 ノアがすでに次の屋根へ向かっている。


 倉庫群の屋根は古い。

 板の軋む音が足元から伝わる。

 飛び移れる距離ではあるが、安心できる幅ではない。


 先頭のルゥがひとつ飛ぶ。

 ノアが続く。

 フィアナは一瞬だけ足を止めたが、下から槍が屋根端へ突き刺さる音がして、すぐに決意したように飛んだ。


 ガルドも続く。


 アシュは最後に屋根の端へ立つ。


 距離はある。

 普段なら何でもない。

 今は少しだけ遠い。


 下を見れば、兵が二人、すでにこちらへ回り込もうとしていた。


「……くそ」


 低く吐き、踏み切る。


 着地は乱れた。

 足が滑り、片膝をつく。

 だが倒れはしない。


「アシュさん!」


「いいから走れ!」


 屋根の上をさらに進む。

 二つ目の飛び移りを越えたところで、遠くから弓弦の音がした。


 矢が飛ぶ。


 ノアが即座に伏せ、フィアナの腕を引く。

 矢は屋根板へ突き刺さり、乾いた音を立てた。


「弓兵まで出してきたか」


 ガルドが吐く。


「そりゃ出すだろうよ」


 アシュは息を荒げながら返す。


「教会本部壊して逃げてる奴らだぞ」


「自分で言うな」


 そのやり取りの最中にも、矢がもう一本飛んでくる。

 今度はルゥが飛び退いて避けた。


 ノアが屋根の先を指す。


「次で降りるぞ!」


 その先には、倉庫裏へ降りるための低い屋根があった。

 地面まではそこまで高くない。


 ノアが先に降りる。

 ガルドが続く。

 フィアナはルゥとほぼ同時に地へ降りた。


 アシュも飛び降りる。


 着地の瞬間、脇腹の奥に鋭い痛みが走った。

 思わず視界が揺れる。


「アシュさん!」


「止まるな!」


 叫ぶように言って、自分でも驚く。

 それでも、その一声で全員の足は止まらなかった。


 倉庫裏の狭い路地を抜ける。

 そこは半ば使われなくなった搬出路だった。

 木箱は積まれたまま、縄も朽ちかけ、壁際には雑草まで伸びている。


 だが、人が抜けるには十分だった。


「このあとは?」


 ガルドが訊く。


 ノアが答える。


「このまま抜ければ、水路沿いへ出る。そこまで行ければ撒けるかもしれない」


 アシュは走りながら考える。


 水路沿い。

 そこから南の外れへ回る。

 たぶん一度では抜けられない。

 どこかでまた身を隠す必要がある。


 だが、今はその前に王都中央から距離を取る方が先だ。


 背後から声が重なる。

 まだ追ってきている。

 だが、さっきよりは距離がある。


 路地の先で、水の匂いが強くなった。

 開けた場所が見える。


 その時、ノアが急に足を止めた。


 全員がつられて止まる。


「どうした」


 アシュが低く言う。


 ノアは前方を見たまま、短く答えた。


「先にもいる」


 水路沿いの開けた道。

 そこにはすでに別の兵の一隊が回ってきていた。

 まだこちらには気づいていない。

 だが、あと数歩も出れば見つかる。


 ガルドが舌打ちする。


「挟まれたな」


 フィアナが息を呑む。


 アシュは壁へ背を預け、荒い息を整えた。


 王都を抜けるだけでも、そう簡単にはいかないらしい。

第88話でした。


今回は王都脱出をしたい一行でしたが、前と後ろからの挟撃される形になってしましました。


少しでも続きが気になったら、

ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。

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