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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第10章 王都の混乱

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83/103

第83話 静かな一日

 翌日の王都は、いつも通りにぎやかだった。


 空は薄く晴れ、通りには朝から荷車が出ている。

 店も開いている。

 人も歩いている。


 昨日の夜、旧祈祷院の前であれだけ嫌な空気を見せられたあとだというのに、街の表面だけ見れば拍子抜けするほどいつも通りだった。


 だからこそ、ルークは落ち着かなかった。


 何も変わっていないのではない。

 変わったものを、皆が表に出していないだけだ。


 詰所へ向かう途中でも、白衣の数は昨日より増えていた。

 ただし露骨ではない。

 通りを埋めるほどではない。

 気づく人間だけが気づく程度に、じわじわと増えている。


 兵の動きも同じだった。

 慌ててはいない。

 だが、誰もが少しだけ急いでいる。


 ルークは歩きながら、上着の留め具を直した。


 第六席ディルク・ヴェスター死亡。

 昨夜の件はまだ上で処理されている途中で、細かい話までは下りてきていない。

 それでも、詰所の空気の変わり方だけで十分だった。


 誰も大きな声では言わない。

 だが、皆知っている。


 王国の席持ちが死んだ。

 しかも教会の管理区域に近い場所で。

 そして教会側は、最初から待っていたように押さえにきていた。


 ただの偶然だと思えるほど、ルークは楽観的ではなかった。


 詰所へ入る。


 室内はいつも通りに見える。


 それでも、どこか薄い膜が張ったみたいに、空気だけがよそよそしい。


 ルークは朝の割り振りを受け、その日は西寄りの巡回へ回された。


 特別な任務ではない。

 むしろ、普段通りすぎるくらい普段通りの仕事だった。


 詰所を出て、決められた通りを歩く。

 店先を流し見る。

 兵の配置を確認する。

 不審なものがないか目を配る。


 王都は普通に回っている。


 鍛冶屋が槌を振るい、子供が走り、パン屋の前には人が並ぶ。

 そんな景色がまだ残っている。


 だが、その端々に違和感が混じる。


 教会側の使いが多い。

 普段なら王国兵だけで済む仕事に、白衣が顔を出している。

 

「やけに増えたな」


 隣を歩いていた兵がぼそりと言う。


 顔見知りだった。

 年齢は少し上だが、階級はそう変わらない。


 ルークは目だけをそちらへ向ける。


「白衣か」


「ああ」


 兵は声を低くした。


「上の連中、昨日から教会に出入りしてるだろう」


「見てたのか」


「ちょっと気になったんでな」


 それだけ言って、相手はすぐ口を閉じた。


 これ以上はただの噂話になる。

 今の王都でそれを軽々しく続ける気は、互いになかった。


 昼前、巡回の途中で小さな荷運びの列とすれ違った。


 先頭にいるのは下働き。

 だが、その後ろに白衣が二人ついている。


 箱は白布で覆われていて、中身は見えない。

 大きさは人ひとり分より少し小さいくらい。


 ルークの足が、一瞬だけ止まりかけた。


 白い箱。


 頭の中でその言葉が浮かぶ。

 旧祈祷院の入口で、教会側が平然と口にした候補や管理の話と一緒に、生々しく繋がる。


 白衣の一人が、ルークの視線に気づいてこちらを見た。


 見てもいいが、お前には分からないだろう、とでも言いたげな目だった。


 ルークは目を逸らさなかった。

 だが、止めもしなかった。


 今止めても、何も掴めない。

 それくらいは分かる。


 昼を過ぎても、王都は普段と変わらない。


 何事もなかったように時が進む。


 それなのに、胸の奥のざらつきだけがずっと残る。


 ディルクの言葉が、何度も頭をよぎった。


 ――教会には近づくな。

 ――追う相手を間違えるな。


「間違えるな、か……」


 小さく呟く。


 その日、決定的な報せは結局下りてこなかった。


 だが、何も起きていないわけでもなかった。


 白衣の数は増え、兵の足は少しずつ早くなり、上から降りてくる命令だけが曖昧なまま差し替えられていく。


 王都はまだ、平然とした顔をしていた。

 けれどその内側では、何かが静かに軋み始めている。


 ルークは詰所を出て、一度だけ西の空を見た。


 明日には、もう少しはっきり形になる。

 そんな嫌な予感だけが、ずっと胸の奥に残っていた。

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