第83話 静かな一日
翌日の王都は、いつも通りにぎやかだった。
空は薄く晴れ、通りには朝から荷車が出ている。
店も開いている。
人も歩いている。
昨日の夜、旧祈祷院の前であれだけ嫌な空気を見せられたあとだというのに、街の表面だけ見れば拍子抜けするほどいつも通りだった。
だからこそ、ルークは落ち着かなかった。
何も変わっていないのではない。
変わったものを、皆が表に出していないだけだ。
詰所へ向かう途中でも、白衣の数は昨日より増えていた。
ただし露骨ではない。
通りを埋めるほどではない。
気づく人間だけが気づく程度に、じわじわと増えている。
兵の動きも同じだった。
慌ててはいない。
だが、誰もが少しだけ急いでいる。
ルークは歩きながら、上着の留め具を直した。
第六席ディルク・ヴェスター死亡。
昨夜の件はまだ上で処理されている途中で、細かい話までは下りてきていない。
それでも、詰所の空気の変わり方だけで十分だった。
誰も大きな声では言わない。
だが、皆知っている。
王国の席持ちが死んだ。
しかも教会の管理区域に近い場所で。
そして教会側は、最初から待っていたように押さえにきていた。
ただの偶然だと思えるほど、ルークは楽観的ではなかった。
詰所へ入る。
室内はいつも通りに見える。
それでも、どこか薄い膜が張ったみたいに、空気だけがよそよそしい。
ルークは朝の割り振りを受け、その日は西寄りの巡回へ回された。
特別な任務ではない。
むしろ、普段通りすぎるくらい普段通りの仕事だった。
詰所を出て、決められた通りを歩く。
店先を流し見る。
兵の配置を確認する。
不審なものがないか目を配る。
王都は普通に回っている。
鍛冶屋が槌を振るい、子供が走り、パン屋の前には人が並ぶ。
そんな景色がまだ残っている。
だが、その端々に違和感が混じる。
教会側の使いが多い。
普段なら王国兵だけで済む仕事に、白衣が顔を出している。
「やけに増えたな」
隣を歩いていた兵がぼそりと言う。
顔見知りだった。
年齢は少し上だが、階級はそう変わらない。
ルークは目だけをそちらへ向ける。
「白衣か」
「ああ」
兵は声を低くした。
「上の連中、昨日から教会に出入りしてるだろう」
「見てたのか」
「ちょっと気になったんでな」
それだけ言って、相手はすぐ口を閉じた。
これ以上はただの噂話になる。
今の王都でそれを軽々しく続ける気は、互いになかった。
昼前、巡回の途中で小さな荷運びの列とすれ違った。
先頭にいるのは下働き。
だが、その後ろに白衣が二人ついている。
箱は白布で覆われていて、中身は見えない。
大きさは人ひとり分より少し小さいくらい。
ルークの足が、一瞬だけ止まりかけた。
白い箱。
頭の中でその言葉が浮かぶ。
旧祈祷院の入口で、教会側が平然と口にした候補や管理の話と一緒に、生々しく繋がる。
白衣の一人が、ルークの視線に気づいてこちらを見た。
見てもいいが、お前には分からないだろう、とでも言いたげな目だった。
ルークは目を逸らさなかった。
だが、止めもしなかった。
今止めても、何も掴めない。
それくらいは分かる。
昼を過ぎても、王都は普段と変わらない。
何事もなかったように時が進む。
それなのに、胸の奥のざらつきだけがずっと残る。
ディルクの言葉が、何度も頭をよぎった。
――教会には近づくな。
――追う相手を間違えるな。
「間違えるな、か……」
小さく呟く。
その日、決定的な報せは結局下りてこなかった。
だが、何も起きていないわけでもなかった。
白衣の数は増え、兵の足は少しずつ早くなり、上から降りてくる命令だけが曖昧なまま差し替えられていく。
王都はまだ、平然とした顔をしていた。
けれどその内側では、何かが静かに軋み始めている。
ルークは詰所を出て、一度だけ西の空を見た。
明日には、もう少しはっきり形になる。
そんな嫌な予感だけが、ずっと胸の奥に残っていた。




