表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第10章 王都の混乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/103

第82話 深夜のざわめき

 第三区画に到着した頃には、外はもうかなり暗くなっていた。


 ルークは足を速めながら、無意識に肩へ力が入っているのを感じていた。


 第六席が死んだ。


 しかも旧祈祷院。


 嫌な場所ばかりが、一本の線みたいに繋がっていく。


 第三区画の詰所は、普段よりさらに静かだった。

 兵たちは声を潜めて動いている。

 誰も騒いではいないのに、空気だけが慌ただしい。


 通された部屋には、すでにクレイグがいた。


 第三席。

 相変わらず無駄のない立ち姿で、机の上に広げられた板束を見下ろしている。

 部屋の中にはそのほかに、部下が三人。

 どの顔も硬かった。


 ルークが一礼する。


「参りました」


「来たか」


 クレイグは顔を上げた。


「状況は聞いたな」


「第六席死亡の噂は」


「噂ではない。事実だ」


 短く切るように言う。


 その一言で、ルークの中の曖昧な部分まで固まってしまった。


 やはり死んだのだ。

 嘘でも行き違いでもなく。


 クレイグが机上の板を一枚引いた。


「旧祈祷院地下に関する初動は、すでに王国側でも回している。だが、教会側の動きが早い」


「教会側、ですか」


「そうだ」


 クレイグの声は低い。

 怒っているようにも聞こえる。

 だが正確には、苛立ちをかなり奥へ押し込めている声音だった。


 王国の席持ちが死んでいる。

 なのに、教会側が先に線を引こうとしている。


 気持ちのいい話ではない。


「行くんですか」


「ああ、今から向かう」


 クレイグはすでに歩き始めていた。


「お前も来い」


 説明はそこで終わりだった。


 


 旧祈祷院へ向かう道は暗かった。


 王都の中心から少し外れるだけで、灯りは急に頼りなくなる。

 道の石畳は夜気を吸って冷え、足音だけが妙にはっきり響いた。


 ルークはクレイグの半歩後ろを歩いていた。

 後ろには部下が三人。

 全員、言葉は少ない。


 途中、白衣の人間と二度すれ違った。

 どちらもこちらを見た。

 見たうえで何も言わなかった。

 それが逆に不気味だった。


「見られてますね」


 ルークが小さく言うと、クレイグは前を見たまま返した。


「関係ない。こちらにも正当性がある」


「ひと悶着ありそうですね」


「向こう次第だな」


 短い返しだったが、その温度だけで十分だった。

 クレイグも、この状況を面白いとは思っていない。


 旧祈祷院の入口が見えてきた頃には、もう空気そのものが変わっていた。


 静かすぎる。


 夜だからではない。

 人が気配を殺している静けさだ。


 崩れた外壁の影。

 古い石段。

 その奥に続く祈祷院の入口。


 そして、その前にはすでに人がいた。


 白衣が三人。

 兵が二人。

 灯りを持った下働きらしき者が一人。


 ルークの喉の奥が少しだけ硬くなる。


 やはり早い。

 しかも“来ている”ではなく、もう“押さえている”立ち方だった。


 先頭の白衣の男が、クレイグたちへ気づいて一歩出る。


「ここから先は教会が預かります」


 挨拶もなく、最初の言葉がそれだった。


 ルークはその言い方に思わず眉をひそめた。

 だがクレイグの表情は変わらない。


「王国の席持ちが死んだ」


 低い声で言う。


「我々も調べる必要がある」


「このあたり一帯は教会管理区域です」


 白衣の男は一歩も引かない。


「内部の保全を優先します。これ以上の立ち入りは許可できません」


 部下の一人がわずかに動いた。

 反発しかけたのだろう。

 クレイグが手で制する。


「許可できない、か」


 クレイグはその言葉を繰り返した。


 怒鳴りはしない。

 それでも、その場の空気が一段だけ冷えた。


「王国の席持ちが死んでいる以上、無関係では済まない」


「無関係だとは申しません」


 白衣の男も声色を変えない。


「ですが、内部には候補や記録の管理に関わるものが含まれます。王国側へ無制限に開示するわけにはいきません」


 その一言で、ルークの腹の底が冷えた。


 候補や管理。

 その単語をこんな場で、こんなふうに出すのか。


 クレイグの目が細くなる。


「何を隠している」


「隠してはいません」


「なら見せろ」


「できません」


 押し問答だった。

 だが、表面上は整っている。

 声も荒れない。

 剣も抜かない。


 だからこそ、余計に気味が悪い。


 ルークはそのやり取りを見ながら、ディルクの言葉を思い出していた。


 ――教会には近づくな。


 あれは、このことだったのか。

 それとも、もっと別の何かか。


 クレイグが一歩前へ出る。


「もう一度言う。ディルクは王国の席持ちだ」


「承知しています」


「なら、その死についてこちらにも知る権利がある」


「知る権利は否定しません」


 白衣の男は、そこでほんの少しだけ目を伏せた。


「ですが、扱う順序はこちらで決めます」


 その返しは、丁寧な顔をした拒絶だった。


 部下の一人が低く舌打ちする。

 ルークも奥歯へ少し力が入った。


 ここまで来て、目の前に入口がある。

 それでも入れない。


 相手は教会。

 しかも建物そのものが教会管理。

 王国側が今ここで強引に踏み込めば、別の面倒が立ち上がる。


 クレイグもそれを分かっているのだろう。

 表情は変えないまま、ゆっくり息を吐いた。


「……保全を理由に押すか」


「そうする必要があります」


「ディルクの死体は」


 クレイグが訊く。


「すでに内部へ移送しました」


 即答だった。


 ルークの眉が寄る。

 早すぎる。


 クレイグの顔にも、ごくわずかに硬いものが走る。


「早いな」


「現場に長く置く意味がありません」


「こちらが到着する前に、か」


「必要な処置でした」


 必要な処置。

 それは要するに、先に押さえたということだ。


 クレイグはしばらく黙っていた。

 夜の空気が冷える。

 誰も声を出さない。


 やがてクレイグは、入口の奥を一度だけ見てから、低く言った。


「今日はここで引く」


 ルークは思わずそちらを見た。


 部下も一瞬だけ空気を揺らしたが、誰も逆らわない。


「だが報告は受ける。処理も経緯も、全部だ」


「必要な範囲で」


 白衣の男が答える。


 その必要な範囲がどこまで狭いか、考えるまでもなかった。


 クレイグはそれ以上言わなかった。

 言っても今は押し返せない。

 そう判断したのだろう。


 踵を返す。


「戻るぞ」


 短い命令だった。




 旧祈祷院を離れてからもしばらく、誰も喋らなかった。


 王都へ戻る道は来た時より暗く感じる。

 灯りは同じだけあるはずなのに、気分のせいか全部が遠い。


 やがて部下の一人が小さく言った。


「……あれで終わるんですか」


 クレイグは歩みを緩めない。


「終わらん」


 それだけだった。


「ただ、やつらに先を越された。これ以上は上が黙っていないだろう」


 ルークが横目で見る。


 クレイグの横顔はいつも通り硬い。

 だが、何も感じていない顔ではなかった。


「教会側は、最初からこちらを入れる気がなかった」


 クレイグが低く言う。


「死体の移送も早すぎる。報の上がり方も整いすぎている」


「最初から準備してたみたいでした」


 ルークが言う。


「ああ」


 クレイグは頷いた。


「少なくとも、こちらが来る前提で並べていた」


 その一言が重かった。


 ルークは唇を結ぶ。


 第六席が死んだ。

 それだけでも十分異常だ。

 なのに、その死の周辺まで教会側の手が早すぎる。


「ヴェスター卿は」


 ルークが言いかけて、少しだけ言葉を切る。


「何か知っていたんでしょうか」


 クレイグはすぐには答えなかった。


 しばらく歩いてから、ようやく低く返す。


「知っていたかもしれん」


「かもしれない、ですか」


「死んだ人間は答えない」


 その返しは冷たかった。

 だが、突き放しているわけではない。

 感情を混ぜずに事実だけを置いた声音だった。


 ルークはそれ以上は追わなかった。


 追っても、今夜は何も出ない。

 それは分かる。


 王都の門が近づいてくる。

 夜の兵が立ち、灯りが揺れている。


 街の中へ戻れば、また何事もないような顔をした建物と通りが並んでいる。

 だが、もう前と同じには見えない。


 クレイグがそこでようやくルークを見た。


「今日はもう戻れ」


「はい」


「ディルクを殺した奴が何者にせよ、これから忙しくなるぞ」


「……分かっています」


「ならいい」


 それだけ言って、第三席は自分の区画へ向かった。


 部下たちも散る。

 ルークだけが、ほんの少しその場に立ち尽くした。


 旧祈祷院の入口に立っていた白衣。

 死体をすでに運び込んだという言葉。


 どれも丁寧な顔をしたまま、何かを隠していた。


 ルークは小さく息を吐く。


 今夜の調査は出来なかった。

 だが、それで諦めたわけではない。

 むしろ、ああいう止め方をされたことで、余計に確信に近い違和感だけが残った。


 王都の夜は静かだった。


 だがその静けさの下で、もう何かが大きく動いている。


 ルークは上着の裾を整え、重い足で詰所の方へ戻った。

第82話でした。


今回は第六席の死を受けて旧祈祷院へ向かうものの、教会側に押し切られて十分な調査ができない回になりました。


少しでも続きが気になったら、

ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ