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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第9章 白の奥

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第76話 教会本部

 翌日の昼過ぎ、空はまだ白く曇っていた。


 教会本部の正面は、遠目にも慌ただしかった。


 白衣が行き交う。

 兵が動く。

 荷も人も、普段より多い。

 式の準備だか何だか知らないが、少なくとも正面に意識が集まっているのは確かだった。


 その喧騒から半歩外れた西側の古い区画は、逆に静かだった。


 使われなくなった倉庫。

 崩れかけた石壁。

 水を吸って黒ずんだ扉。

 王都の中なのに、そこだけ時間が止まっているみたいに見える。


 アシュたちは、その石壁の陰に身を寄せていた。


 ノアが先頭。

 その少し後ろにアシュ。

 さらにフィアナとルゥ。

 最後尾にガルド。


「情報通り、正面は忙しそうだな」


 ガルドが小さく言う。


 ノアが石壁の隙間から様子を見たまま答える。


「ああ。こっちは昨日より手薄だ」


 古い搬入口のそばには、白衣が一人。

 その少し奥に、帳面を抱えた下働きが二人。

 完全に空ではない。

 だが、正面に比べればずっとましだった。


 アシュは呼吸を浅く整えた。


 体はもう万全だ。

 だけど、ひさびさに動かすから重く感じる。

 無理が利く状態ではない。


 それでも今は、行くしかなかった。


 ルゥが低く喉を鳴らす。


 耳は立っている。

 まだ強い反応ではない。

 だが、嫌な場所だとは分かっている顔だった。


「行くぞ」


 ノアが言った。


 短い合図だった。


 まずノアが出る。

 石壁の陰から自然に抜け、古い井戸の脇を通る。

 歩幅は一定。

 急がない。

 立ち止まらない。


 アシュも続く。


 入口の脇にいた白衣が、帳面をめくりながら顔を上げる。


「帳面庫の補充か」


 その問いに、ノアは歩みを緩めないまま頷いた。


「ああ。遅れると面倒だと言われた」


「どこからだ」


「西の保管倉から」


 白衣はノアの顔をじろりと見た。

 だが正面の方が騒がしいせいか、注意は長く続かなかった。


 苛立ったように顎をしゃくる。


「早く入れ。中では騒ぐなよ」


 その一言で十分だった。


 ノアが先に中へ入る。

 アシュも続き、すれ違う時に白衣の顔を見ないよう少しだけ顎を引いた。

 フィアナは俯きがちに通り、ルゥはその足元を音もなく抜ける。

 最後にガルドが荷を持つ下働きの顔で通る。


 誰にも止められなかった。


 扉の内側へ入った瞬間、空気が変わる。


 外より冷たい。

 乾いているのに、どこか淀んでいる。

 古い紙と木と、薬品みたいな匂いが混ざっていた。


 狭い通路だった。


 左右は石壁。

 天井は低い。

 灯りは等間隔にあるが弱く、奥へ行くほど色が死んで見える。

 人のための表の道じゃない。

 物と記録を通す裏側の道だ。


 ノアがすぐに足を止め、後ろを見た。


「このまま進む」


 アシュが小さく頷く。


「ああ」


 通路の先には、帳面庫があった。


 部屋というより、大きめの保管所だ。

 背の高い棚が並び、紐で綴じられた帳面や木板の束が隙間なく押し込まれている。

 白く清潔に見せる表の教会とは違う。

 

 フィアナが辺りを見て、ほんの少しだけ顔を曇らせる。


「……息が詰まります」


「たしかにな」


 アシュが低く返した。


 信仰の場所というより、選別と管理の場所だ。

 祈りの匂いなんか、どこにもない。


 棚の向こう側で、二人の下働きが帳面の束を運んでいた。

 こちらをちらりと見る。

 だが、何も言わない。


 いるはずの人間に見えているうちは問題ない。


 ノアが棚の間を縫うように進む。


「こっちだ」


 帳面庫の奥に、半分だけ開いた木戸があった。

 そこからさらに細い裏通路が続いている。


 ガルドがぼそりと言う。


「よくこんなの見つけられるな」


 木戸を抜ける。


 今度の通路はさらに静かだった。


 片側は石壁。

 もう片側には、一定間隔で古い木の扉が並んでいる。

 使われていない部屋もある。

 だが、奥へ行くほど気配が増えた。


 人ではない。

 もっと曖昧で、嫌なものだ。


 ルゥが足を止める。


 耳が立つ。

 毛が少しだけ逆立つ。


「ルゥ?」


 フィアナが小さく呼ぶ。


 ルゥは答えない。

 ただ奥を見ている。


 アシュの背筋が少し冷える。


「……なにか、いるな」


「まだ遠い」


 ノアが言う。


「でも近づいてる」


 フィアナも頷いた。


「嫌な感じです。地下で感じたのと似てます」


 ガルドが弓の位置を軽く直す。


「最初の歓迎にしちゃ胸糞悪いな」


 そこへ、通路の奥から小さな音がした。


 何かが擦れるような音。

 爪でも、布でもない。

 もっと乾いた音だった。


 全員の動きが止まる。


 ノアが片手を上げる。

 その合図で、アシュたちは壁際へ寄った。


 音は、またする。


 今度は少し近い。


 木の扉のひとつ、その隙間の向こうからだった。


 アシュは剣の柄へ手をかける。

 まだ抜かない。

 だが、いつでも抜ける位置に。


 フィアナの指先にも力が入る。

 ルゥは低く唸った。


 ぎ、と。


 扉が、内側からわずかに押された。


 誰も息をしない。


 細い隙間から最初に見えたのは、白でも黒でもない、濁った灰色だった。

 次に、節の多い指のようなもの。

 人の形を真似ようとして、途中でやめたような手だ。


 ガルドが震えたように言う。


「……おい、あれって」


 扉がさらに開く。


 中から這い出してきたそれは、小柄だった。

 子供ほどの背丈。

 だが、子供ではない。


 痩せた腕。

 不自然に曲がる脚。

 口元は布で巻かれているのに、その下で何かがうごめいている。

 目だけがやけに白い。


 ルゥが毛を逆立てた。


 フィアナの顔色が変わる。


「これ……」


 言い切るより早く、その異形がこちらを見た。


 人の目とは思えない速さで首だけが動く。

 次の瞬間、喉の奥で潰れたような音を鳴らした。


「散れ」


 アシュが低く言う。


 同時に剣を抜く。


 異形が飛びかかってきた。

 速い。

 だが軽い。


 アシュは真正面から切り下ろさず、横へ流すように斬った。

 浅い。

 それでも十分だった。


 灰色の身体が壁へ叩きつけられる。

 骨の折れる音ではない。

 もっと湿った嫌な音がした。


 だが、それで終わらない。


 異形は床を引っかくように体勢を戻し、もう一度這い上がろうとする。


「……まだ動くのか」


 ガルドが吐き捨てる。


 次の矢が飛ぶ。


 短い距離。

 外さない。

 矢は異形の頭へ突き刺さり、そのまま壁に縫いつけた。


 ようやく動きが止まる。


 通路に静けさが戻る。

 だが、戻ったのは一瞬だけだった。


 その奥で、また同じような擦れる音が二つ、三つと重なる。


 ノアの目が細くなる。


「一体じゃないぞ」


 フィアナが息を呑む。


 ルゥはもう完全に低い姿勢になっていた。


 アシュは剣を握り直す。


 教会本部の奥は、もう人間だけの場所じゃない。


 その現実が、最初の一体だけで十分すぎるほど分かった。


「行くぞ」


 アシュが言う。


 四人と一匹は、死んだように動かなくなった灰色のそれを横目に、さらに奥へ足を向けた。


 白い壁の奥は、やはり白くなどなかった。

第76話でした。


いよいよ教会内部に潜入することが出来ました。

しかに中には、見たことのあるような奴らが。一体なぜ。


少しでも続きが気になったら、

ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。

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