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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第9章 白の奥

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第75話 薄い時間

 夕方が近づく頃には、雨はもう降り止んだ。


 しかし、空は薄く曇ったまま。

 晴れる気配はない。

 けれど、昼間よりは人の流れが戻ってきている。


 ノアは上着の襟を少しだけ上げ、王都の西寄りの通りをゆっくり歩いていた。


 急がない。

 立ち止まりもしない。

 何かを探している顔はしない。


 普通の町民を演じて歩いているだけで、神経が削れる。


 角を一つ曲がる。


 遠くに見えるのは教会本部の白い外壁だ。

 雨を吸って鈍く沈んだ色をしているのに、それでもまだ白い。


 正面は見ない。


 正面を見ている人間は、警備の目に留まりやすい。

 だから視線は店先や荷運びの方へ散らしながら、足だけを少しずつ教会側へ寄せる。


 王都の締め付けが強まっている。

 教会も本腰を入れ始めた。

 これ以上待てば、道が閉じる。


 荷車が二台、教会本部の裏手へ入っていくのが見えた。


 ノアは通りの反対側へ渡る。

 視線はやらない。

 ただ、足音と車輪の軋みだけを拾う。


 裏手へ回る荷だ。


 正面の大きな出入りとは違う。

 しかし隠しているわけでもない。


 そのまま少し歩くと、香草と乾物を扱う小さな店があった。

 軒先に吊るされた束をなんとなく眺めるふりをしながら、ノアは背後の気配を拾う。


 白衣が二人。

 兵が一人。

 そのまま通り過ぎる。


 昼間より表情が自然だ。

 皆が感じていた通り、慣れてきている。

 最初の混乱でうろついていた時期はもう終わりつつある。

 今は、締めるべき場所を選び始めている。


「……やっかいだな」


 誰にも聞こえない声で呟く。


 教会本部の西外れへ回る。


 ここまで来ると、店も減る。

 古い倉庫と、使われなくなった石壁が並ぶだけの暗い区画になる。

 人通りは少ない。

 だがゼロではない。


 そこに、例の古い搬入口があった。


 正面の白い門と比べれば、あまりにも地味だ。

 人ひとりが荷を抱えて通れる幅。

 木の扉は古く、鉄具には錆も浮いている。

 だが、下の石だけは擦れていた。


 使われている。


 ノアはそのまま通り過ぎる。

 見てないことを装う。


 通り過ぎた先で、古い井戸の縁に腰を下ろす老人がいた。

 下働きや荷運びが、時々その老人へ軽く会釈していく。


 番人というほど目立たない。

 だが、何も見ていないようで、たぶん全部見ている。


 ノアはそこまで確認して、いったん区画を離れた。




 日が落ちきる前、王都の空気はもう一段変わる。


 店じまいが早い。

 灯りの数も減る。

 その代わり、教会と王国の人間だけが、まだ普通に働いている。


 ノアは二度目の遠回りで、再び教会本部の裏手へ戻った。


 今度は人の流れが違う。


 昼間に裏手へ入った荷車が、今は外へ出てきている。

 代わりに、小さな木箱を抱えた下働きが三人、四人と細い搬入口を使っていた。


 見せる荷ではない。

 帳面、布、乾いた道具。

 そういう雑多なものを、まとめて運んでいる。


 その中に、見覚えのある顔がひとつあった。


 南の第三倉庫で見た、帳面運びの下働きだ。

 向こうはこちらに気づかない。


 ノアはそのまま建物の影に半歩寄った。


 そこで聞こえた。


「明日の昼、正面は閉じるぞ」


 低い声だった。

 白衣の男が、荷運びの一人へ言っている。


「式の準備で人を回す。裏は二刻ほど薄くなる。帳面と道具はその間に入れろ」


 荷運びの男が面倒そうに返す。


「また昼かよ」


「文句を言うな。今は手一杯だ」


「へいへい」


 そこで会話は終わった。


 短い。

 だが十分だった。


 明日の昼過ぎ。

 正面の警備を式で回す。

 裏の搬入口が薄くなる。


 欲しかった情報が、向こうから転がってきた。


 ノアは息を止めたまま、その場を離れる。

 

 角を曲がり、もう一つ曲がる。

 教会本部の白い外壁が視界から消えて、ようやく一度だけ深く息を吐いた。


「当たりだな」


 あとは、潜入するだけだ。


     


 空き家へ戻る頃には、空はほとんど夜だった。


 扉の外で短く合図を入れる。

 中の気配が少し動き、それからガルドが開けた。


「遅えな」


「当たりを引いてきたぞ」


 その一言で、ガルドの顔が少し変わる。


 部屋へ入ると、フィアナがすぐ立ち上がった。

 アシュも寝台の端から目を上げる。

 起きて待っていたらしい。


「何が分かった」


 アシュが言う。


 ノアは濡れた上着を脱ぎながら答えた。


「明日の昼過ぎ、裏の搬入口が薄くなる」


 部屋の空気が変わる。


 フィアナが息を呑む。


「本当に?」


「ああ。正面は式の準備で人を回すらしい。その間、帳面と道具の搬入を裏でまとめてやる」


 ガルドが口元を歪める。


「ようやく穴が見えたか」


「小さいがな」


 ノアは机の上へ見取りを書き足した。


「ここだ」


 古い石壁の脇。

 倉庫口の陰。

 そして細い裏搬入口。


「正面が騒がしいぶん、こっちは薄くなる。完全に無人じゃない。でも昨日までよりはずっといい」


 アシュは見取りを見つめたまま言う。


「潜れるか」


「たぶんな」


 ノアが言い直す。


「中に入ったあとは寄り道は無しだ。古い帳面庫から裏通路へ抜ける。そこから奥を探る」


 フィアナが小さく息を吸う。


「明日、ですね」


「ああ」


 ノアは頷いた。


 ガルドが壁にもたれたまま言う。


「じゃあ今日はもう決まりだな。食って休んで、寝るぞ」


 アシュは机から目を離さなかった。


「あいつら、候補とやらを使って何をしようとしてる」


 低く言う。


 ノアは短く返した。


「明日、自分で確認しろ」


 フィアナはそのやり取りを聞いて、静かにルゥの頭へ手を置いた。

 ルゥも耳を立てている。


 怖さは消えない。

 だが、足を止める理由ももう薄い。


 その入口が、ようやく目の前まで降りてきた。

第75話でした。


今回はノアが動いて、教会本部へ潜り込めそうな時間を掴んでくる回でした。


次はいよいよ、昼過ぎの裏搬入口から教会本部へ踏み込んでいきます。


少しでも続きが気になったら、

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