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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第8章 外れの森で

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第68話 本気で来い

 ヴァルトが下がったあと、森の空気は静かになり、雨の匂いがした気がした。


 互いに剣を構えたまま、どちらもすぐには動かない。

 風は弱い。

 湿った土の匂いだけが、じわりと濃くなっていく。


 アシュは息を整えた。


 押されている。

 はっきり分かる。


 速さだけじゃない。

 剣の組み立て方が厄介だ。

 ヴァルトは勝ちに急いでいない。

 アシュが一番嫌がる形を、順番に選んで重ねている。


 ヴァルトが口元だけで笑った。


「どうした」


 軽い声だった。


「もう終わりか?」


「黙れ」


 そこでようやく、ヴァルトがまた前へ出た。


 今度は速くない。


 ゆっくりだ。

 だが、踏み込みの浅さが逆に嫌だった。

 いつでも変えられる余地を残している歩き方だ。


 アシュは先に動いた。


 正面からではなく、木を半歩挟む形で角度を作る。

 今のヴァルトは、真正面で打ち合う方がやりやすい。

 なら少しでも嫌な形へ持っていくしかない。


 剣を低く入れる。

 狙いは足元。

 止めるための一撃。


 だが、ヴァルトはそこで剣を合わせなかった。


 代わりに踏み込みの軸をずらし、アシュの剣先をわずかに外へ流す。

 そのまま半身だけで入ってくる。


「っ」


 近い。


 アシュが肘を返す。

 ヴァルトはそれを読んでいたみたいに、肩を引いてかわす。

 そして、空いた脇腹へ膝が入った。


 鈍い衝撃。


 息が詰まる。


「そういうとこだよ」


 ヴァルトが低く言う。


「近くなると、すぐ反射で返してくる」


 アシュは無理やり息を吐き、半歩下がった。

 そこへすぐ追撃は来ない。


 ヴァルトはまた笑っている。


 遊んでいるように見えるのが、一番腹立たしかった。


「殺しに来たんじゃなかったのか」


 アシュが吐く。


「来てるよ」


 ヴァルトは首を傾げる。


「でも、せっかくなら本気のお前と殺り合いたいんだ」


「趣味悪いな」


「そうかな」


 その返しと同時に、今度は真正面から来た。


 速い。


 アシュも受ける。

 ぶつかる。

 返す。

 だが、三合目で流れが変わる。


 ヴァルトが剣の角度をほんの少しだけ変えた。

 アシュの受けが上へ流れる。

 そこへ下から斬り上げ。


 避けきれない。


 肩を引いて逸らす。

 布が裂ける。

 皮膚の表面が浅く焼けるように痛んだ。


「くっ……」


「まだ浅いな」


 ヴァルトの声は軽いままだ。


「もっと来いよ」


 アシュは返事の代わりに踏み込む。

 今度は細かく刻まない。

 大きく一気に押す。


 力任せに見える踏み込み。

 だが、狙いは剣ではなく体勢だ。

 ヴァルトの肩口を崩せれば、それだけで次に繋がる。


 ヴァルトは笑みを消さずに受けた。


 受けて、流す。

 それで終わらない。

 押し込まれた勢いを、自分の回転へ変えてくる。


 剣の腹がアシュの剣を滑り、柄元に食い込む。

 そこで、ヴァルトの足が地面を払った。


「っ!」


 アシュの足元が崩れる。

 転ぶほどじゃない。

 だが、その一瞬の浮きで十分だった。


 ヴァルトの剣が喉元へ伸びる。


 アシュは柄で受けた。

 硬い音が鳴る。

 首筋に冷たい感触が走る。

 少しでも遅ければ入っていた。


 ヴァルトの目が細くなる。


「今のは惜しかったな」


「……黙れ」


「黙らないって」


 森の空気が張る。


 アシュは剣を握り直した。

 手の内が少しずつ硬くなっている。

 押されるたびに、無駄な力が入る。

 その無駄を、ヴァルトは全部見ていた。


「焦ってる」


 ヴァルトが言う。


「そんな顔もするんだな」


「てめえが黙らねえからだ」


「違うだろ」


 ヴァルトの声が、少しだけ冷える。


「フィアナを置いてきたのに、ここで手こずってるからだろ」


 アシュの目が細くなった。


 そこを言うか。

 分かっていて、そこを選ぶ。


「関係ねえ」


「あるよ」


 即答だった。


「お前みたいなやつは、守るもんがあると弱くなる」


 次の一撃は速かった。


 重い。

 だが、それ以上に厄介なのは、受けたあとだった。


 ヴァルトは押し切らず、わざと中途半端に力を残す。

 アシュが押し返そうとした瞬間に、その力が消える。


 体が前へ流れる。


 そこへ、また別の角度から刃。


 深くはない。

 でも確実に、少しずつ削られていく。


「……ちっ」


 アシュが距離を切る。


 ヴァルトは追わない。

 むしろ余裕のある顔で剣先を下げた。


「なあ」


 軽く言う。


「本気で来いよ」


 アシュは何も返さない。


 ヴァルトは続けた。


「昔からそうだった」


 その一言で、空気がまた変わる。


「お前はいつも、余裕ぶる」


 アシュの眉が寄る。


「余裕なんかねえよ」


「あるように見えるんだよ」


 ヴァルトの声が、ここで初めて少し荒くなった。


「何でもない顔で席についた」


 一歩。


「何でもない顔で名を上げた」


 二歩。


「何でもない顔で、全部捨てて逃げた」


 三歩目で、また一気に間合いが詰まる。


 アシュも前へ出た。

 ここで下がれば、完全に押し込まれる。


 剣がぶつかる。

 火花が散る。

 湿った土が削れる。


 ヴァルトの剣は重い。

 さっきよりも、はっきり感情が乗っていた。


「なんでお前なんだよ」


 低い声だった。


「なんでお前ばっかり先に行く」


 押し込まれる。


 アシュは歯を食いしばった。

 腕が軋む。

 肩の傷が熱を持つ。

 足元の土がじりじりと沈む。


 それでもまだ押し返しきれない。


「お前は」


 ヴァルトの目が、とうとう笑っていなかった。


「俺がどれだけ手を伸ばしてたか、何も知らない」


「知るかよ……!」


 アシュが低く吐く。

 その声に合わせて、無理やり剣を返した。


 押し返す。

 少しだけ。

 それでも返した。


 ヴァルトが笑う。


 今度の笑いは、軽くなかった。


「そう、それだ」


「何がだ」


「やっと本気を出す気になったか」


 ヴァルトが剣を引く。

 引きながら、今度は蹴りが飛ぶ。


 太腿。

 まともに入る。


 アシュの足が大きくぶれる。


「っ……!」


 そこへ追撃。

 喉ではない。

 右腕を狙う。


 受ける。

 だが遅い。

 肘のすぐ上が浅く裂ける。


 血が落ちる。


 アシュはそこで、ようやくはっきり分かった。


 このままでは押し切られる。


 ヴァルトがそれを見て、口元を歪めた。


「どうした」


 軽い声だ。

 でも、その奥は冷えきっている。


「まだ出さないのか」


 アシュは剣を握る手に力を込めた。

 呼吸が少し荒い。

 肩も脚も、もう痛みをごまかしきれない。


 ヴァルトは一歩だけ前へ出る。


「本気で来いよ、アシュ」


 その声が、妙に近く聞こえた。


「お前の本気は、こんなもんじゃないだろ」


 森の匂いが変わる。


 湿った土の上に、もっと濃い水の気配が重なる。

 雨が近い。


 アシュは低く息を吐いた。


 やるしかない。

第68話でした。


とうとう追いつめられたアシュ。本気で戦わなければ勝てない相手にどう戦うのか。


少しでも続きが気になったら、


ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。


次話もよろしくお願いします。

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