第66話 西外れの森
ガルドとノアが戻ってきた時には、外のざわめきはさらに濃くなっていた。
扉を開けるなり、ガルドが持っていた包みを机へ放る。
「食いもんは確保したぞ」
言ってから、部屋の空気に気づいたのだろう。
アシュとフィアナの顔を見て、すぐ眉を寄せた。
「何だ。また嫌な話か」
アシュが紙切れを机の上へ置く。
ノアはそれを開き、ひと通り目を通してからガルドへ回した。
ガルドは露骨に嫌そうな顔をした。
「一人で来い、ってなに様だよ」
「知らねえよ」
アシュが返す。
「そこが怪しいって話だろ」
ノアが紙切れを机へ戻す。
フィアナは机の横に立ったまま言った。
「レオフさんの言葉に見えなくもないです」
アシュも頷く。
「灰刻のことかもしれねえ。王都の記録のことかもしれねえ。あいつが俺個人に話したいことがある可能性もある」
ガルドが腕を組む。
「でも運んできたのは別のガキなんだろ」
「そこが引っかかる」
ノアが短く言った。
「文そのものより、渡し方に違和感がある」
アシュは椅子へもたれたまま、低く息を吐いた。
レオフなら、もっと伝え方も整える気もする。
だが、今の王都でそこまで余裕があるとも限らない。
「で、どうすんだ」
ガルドが言う。
「行くのか、行かねえのか」
アシュは少しだけ黙ってから答えた。
「行く」
フィアナの指先がわずかに強ばる。
「でも今すぐじゃねえ。日が落ちる前だ」
ノアが頷く。
「その方がいい。今の王都で昼に出歩くのは目立つ」
「一人で?」
フィアナが訊く。
「そうする」
「危ないです」
「分かってる」
「分かってるなら」
「全員で行ったら目立つだろう」
フィアナは言葉を切った。
反論したいのに、理屈では押し切れない顔だった。
ルゥが床に伏せたまま、低く喉を鳴らす。
アシュがそちらを見る。
「なんだ。お前も文句あんのか」
ルゥは耳を伏せただけだった。
肯定に見えるのが腹立たしい。
ガルドが壁にもたれて言う。
「じゃあ俺たちはここで飯でも食いながら待ってるぞ」
「ああ」
「冷める前に戻って来いよ」
「それはレオフ次第だろ」
「違いねえ」
ガルドが鼻で笑う。
ノアは窓の外を見た。
「出るなら今から少し休め。そんなヘロヘロじゃ目立つ」
「うるせえ」
返した声に張りがない。
それを聞いて、フィアナが口を開いた。
「少しだけでも横になってください」
「お前まで言うのか」
「言います」
その返事がまっすぐで、アシュは小さく鼻を鳴らした。
結局、出るまでのあいだは目を閉じて過ごすことになった。
眠れたわけじゃない。
けれど、じっとしていれば痛みの波が少しだけ浅くなる瞬間はあった。
その間にも、外の王都は静かにざわつき続けていた。
席持ちが一人死んだ。
旧祈祷院地下が壊れた。
何事もないふりをするには、事が大きすぎる。
日が傾く頃、アシュはゆっくり立ち上がった。
肩は重い。
背中も痛む。
それでも、だいぶましになってきた。
上着を羽織る。
剣を確かめる。
それだけの動作にも、まだ少し鈍さが残る。
フィアナがすぐ近くへ来た。
「本当に、一人で行くんですね」
「ああ」
短く返す。
「絶対、無茶はしないでください」
「努力はする」
「それ、信用できません」
「知ってる」
フィアナは唇を結んだまま、しばらくアシュを見ていた。
止めたいのだろう。
でも、今はそれ以上言わなかった。
代わりに小さく言う。
「帰ってきてください」
アシュは少しだけ目を細めた。
「そのつもりだ」
ルゥはついてこようとしていたが、フィアナが呼ぶと止まった。
不満そうに低く鳴く。
「お前はそっちだ」
アシュが言う。
「フィアナを任せたぞ」
ルゥは耳を伏せ、それでも最後まで視線を外さなかった。
扉を開ける。
夕方の王都は、昼より静かで、緊張していた。
店じまいの早い通り。
角ごとに立つ兵。
歩く白衣。
人はいるのに、誰も長く立ち止まらない。
アシュは人の流れに混じって西へ向かう。
外れに行くほど建物は低くなる。
石畳は荒れる。
道も細くなる。
ざわめきは少しずつ遠ざかっていく。
けれど、消えはしない。
王都の中心で何かが動き始めている気配だけは、背中側にずっと残っていた。
紙切れに書かれていたのは、西外れの森。
王都の外へ半歩出たような場所だ。
レオフが人目を避けるなら、たしかに選びそうではある。
だが、そこがまた気に入らない。
「本当にお前なのか」
誰にともなく呟いた。
返事はない。
森の入口が見えてくる。
木々はまだ夕方の色を残しているが、その奥はもう薄暗い。
風は弱い。
湿った土の匂いがする。
アシュは足を止めず、そのまま中へ入った。
鳥の声は少ない。
静かすぎる。
こういう静けさは嫌いだった。
何もいない静けさじゃない。
何かが先に待っている時の静けさだ。
しばらく進むと、木々の密度が少し薄くなった。
アシュはそこで足を止める。
「このあたりだと思うが」
低く言う。
返事はない。
だが、気配はあった。
隠す気のない立ち方だった。
見つかることまで込みで、そこに立っている。
影が動く。
夕方の薄明かりの中から現れた男を見て、アシュの目が細くなる。
「よう。ひさしぶりだな」
アシュは短く息を止めた。
「……なんで、お前が」
第66話でした。
森の中を1人で進み、待ち合わせ場所に到着したアシュ。
影から現れたのは、一体誰なのか。
少しでも続きが気になったら、
ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。
次話もよろしくお願いします。




