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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第7章 旧祈祷院地下

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第62話 逃がさない手

 白い裾が礼拝堂跡へ入ってきた。


 足音は小さい。

 それなのに、近づいてくる感じだけが妙にはっきりしている。


 次に見えたのは、細く長い影だった。

 その手に、鈍く光る鎖が揺れている。

 鎖の先には短い刃。斬るためというより、引っかけて止めるための形だ。


 男は礼拝堂跡の中央まで来て止まった。


 痩せている。

 手足が長い。

 白衣の裾も相まって、地下の冷えた空気そのものが立ち上がったように見えた。


 後ろには実働役が二人。

 だが前へ出る気配はない。

 前にいる一人が、この場を全部握っているのが分かる。


「侵入者か」


 男が言った。


 声は低い。

 感情がないわけじゃない。

 ただ、必要な分しか出していない。


 右奥の管理役が答える。


「え」


 フィアナの息が小さく止まる。


 アシュは寝台の前に半歩立ったまま、その男を見た。


 第六席。

 ディルク・ヴェスター。


 式典で一度だけ見たことがある。

 無口で、不愛想な嫌な奴、という印象しかないが。


 ディルクは礼拝堂跡から小部屋の中まで視線を流す。

 寝台。

 フィアナ。

 アシュ。

 その奥のノア。

 柱陰のガルド。

 最後に床を低く這うルゥ。


 全部見た。

 なのに驚いた顔ひとつしない。


「下がる気は」


 ディルクが言う。


「当然ない」


 アシュが返した。


 ディルクはほんのわずかに首を傾げた。


「そうか」


 それだけだった。


 交渉する気はない。

 最初から。


 ガルドが柱陰から低く吐く。


「話が早くて助かるな」


 ディルクの視線がそちらへ動く。

 次の瞬間、鎖が鳴った。


 風を裂く音。

 速い。


 ガルドがとっさに身を引く。

 さっきまでいた柱へ鎖の先端が巻きつき、重りが石を砕いた。


「っ……!」


 柱に細い刻印が走る。

 次の瞬間、そこを中心に薄い光が広がった。


「散れ!」


 アシュが叫ぶ。


 ディルクの鎖は一本で終わらなかった。

 引いたと同時に床を滑り、今度は礼拝堂跡の中央を横切る。

 ただの軌道じゃない。

 逃げ道を切る攻撃だ。


 ノアがとっさに術を返す。

 細い光が床を走り、鎖の動きを一瞬だけずらす。


 その隙にフィアナが寝台から離れる。

 抱えかけていた身体は、もう置くしかなかった。


「……ごめんなさい」


 小さく洩れた声は、寝台の子へ向けたものだった。


 アシュは小部屋の入口へ出る。

 ディルクの視線がまっすぐこちらに向いた。


「ただの賊にしてはいい動きをするな」


 ぼそりと言う。


「うるせえよ」


 アシュが返す。


 ディルクの目が初めて少しだけ細くなった。


 鎖がまた走る。


 今度はアシュへまっすぐ来た。


 剣で払う。

 だが鎖は重くて硬い。

 しかも刃に当たった瞬間、絡みつくように巻こうとしてくる。


「……厄介だな」


 アシュが低く吐く。


 ディルクは何も言わない。

 ただ、もう一度鎖を引いた。


 今度は床。

 石へ打ち込まれた重りが固定され、細い封印線が広がる。


 礼拝堂跡の半分が、瞬く間に通れない場所に変わる。


 ノアが舌打ちする。


「こいつ退路を切ってくるな」


「ああ、いけ好かないやつだ」


 アシュが返す。


 ガルドが柱陰から矢を放つ。

 だがディルクは避けない。

 鎖を一振りしただけで矢の向きを逸らした。


「弓手」


 短く言う。


「邪魔だ」


「そいつは光栄だな」


 ガルドがもう一本つがえる。


 ルゥがその足元を抜け、低くディルクの横へ回った。

 ディルクはそれを見ても慌てない。


「……こいつは、例の失敗作?」


 その一言に、フィアナの顔が変わる。


「そういう言い方、やめてください」


 フィアナが言う。


 ディルクは視線だけを向けた。


「そうか、お前が……」


「だったら何ですか」


 フィアナはまっすぐ目を見ていた。


 ディルクは何も言わない。

 ただ次の鎖を放つ。


 今度はフィアナだ。


 アシュが一歩前へ出る。

 剣で受ける。

 火花が散る。

 鎖が刃に絡み、腕ごと持っていかれそうになる。


「アシュさん!」


「下がれ!」


 押し返す。

 だが、ただ押すだけじゃ切れない。


 この男は斬り合うような奴じゃない。

 絡めとる。陰湿な戦い方だ。


 ノアが低く言う。


「おい!床を見ろ!」


 アシュの視線が一瞬だけ落ちる。

 封印線は鎖の打ち込み先から伸びている。

 全部が繋がっているわけじゃない。

 節がある。


「右三歩!」


 ノアが叫ぶ。


 アシュが半歩引く。

 その瞬間、ガルドの矢が飛ぶ。


 床に刺さった重りのすぐ脇。

 石が割れる。

 封印線が一瞬だけ鈍る。


「……そこか」


 アシュが呟く。


 ディルクの目が細くなる。


「やるな」


 鎖が低く走った。

 今度は足を取る軌道だ。


 アシュが跳ぶ。

 その下をルゥが抜ける。

 フィアナは壁際まで下がり、小部屋と礼拝堂跡のあいだを死守する位置へ移った。


「ノア!」


「右側の線を崩せば、礼拝堂の封じは薄くなる!」


「分かった!」


 ガルドが動く。

 柱から柱へ移りながら矢を連続で放つ。

 狙うのはディルク本人じゃない。

 鎖の重り。

 床。

 壁。


 ディルクはその意図をすぐ読んだ。


「遅い」


 短く言って鎖を返す。

 重りが柱へ巻きつき、今度はガルドの退路を塞ぐ。


「うわっ、くそ!」


 ガルドが身を翻す。


 その隙に実働役の二人が前へ出た。

 剣を抜く。

 礼拝堂跡の両脇から挟むつもりだ。


「ルゥ!」


 フィアナが呼ぶ。


 白い影が床を蹴る。

 一人の足元へ飛び込み、膝裏に噛みつく。

 男が体勢を崩したところへ、フィアナが短い祈りを滑らせる。


 眩いほどではない。

 だが目を逸らすには十分な光だった。


「っ」


 実働役が顔をしかめる。


 その隙にアシュが一人目を蹴り飛ばす。


 壁へ叩きつけられ、男は息を詰まらせた。


 アシュは振り返り、ディルクの目を見る。


 目の前の相手の間合いと、剣の癖と、踏み込みの速さを測る、部下の事なんか眼中にない。

 そんな冷たい目だ。


 鎖を引く手が、ほんのわずかに沈む。


「お前は邪魔だ」


 短く言った。


 次の瞬間、鎖が床を這った。


 低い。

 足首を刈る軌道だった。


 アシュが跳ぶ。

 着地するより先に、今度は上から重りが落ちる。

 剣で受ける。

 鈍い衝撃が腕へ走る。


「っ……!」


 押し切れない。

 ただ重いだけじゃない。

 鎖そのものに、引きずり込む力がある。


 ガルドの矢が飛ぶ。

 ディルクは半身ずらしただけで避ける。


「ちっ、面倒くせえな!」


 ガルドが吐く。


 ノアが床へ術を流す。

 封印線の節をずらそうとするが、ディルクはそれを見た瞬間に次の重りを打ち込んだ。


 石床に刻印が走る。

 礼拝堂跡の右側が、さらに狭くなる。


「封じが増える!」


 ノアが言う。


「見りゃ分かる!」


 アシュが返し、踏み込む。


 今度は正面から斬る。

 速い。

 深く。

 だがディルクは受けない。

 鎖を短く持ち替え、刃に絡めるように流した。


 剣筋がずれる。


 その隙に、実働役の一人が横から入る。


 アシュが蹴りで距離を切る。

 ルゥが飛び込み、その男の膝を崩す。

 フィアナが短い祈りで目を焼く。

 連携は悪くない。


 それでも、前へ進めない。


 ディルクが一歩も下がらないからだ。


「……悪くない、が」


 低い声が落ちる。


 次の鎖はアシュではなく、フィアナへ向かった。


 アシュが割って入る。

 剣で受ける。

 火花が散る。

 だが、その一撃は陽動だった。


 床を走ったもう一本の鎖が、フィアナの足元へ回る。


「フィアナ!」


 ノアが叫ぶ。


 フィアナが退こうとした時には、もう遅かった。

 重りが石へ食い込み、封印線が輪になる。


 足首が止まる。

 次いで腰。

 肩。


「……っ」


 フィアナの身体が強張る。


 完全には倒れていない。

 だが、動きが奪われた。


 ディルクの視線が、初めてはっきりとフィアナへ定まる。


「対象を確保」


 それだけだった。


 感情も熱もない。

 ただ、回収物を確認するみたいな声だった。


「ふざけんな!」


 ガルドの矢が飛ぶ。

 ディルクは避けない。

 鎖を返し、矢を弾き、そのままもう一段フィアナの周囲を締める。


 フィアナが膝をつく。


 ルゥが唸り、鎖へ飛びつく。

 だが節に刻まれた封印が光り、弾かれた。


 ノアが術を重ねる。

 薄い光が封印線へ食い込む。

 それでも、切れない。


「駄目だ、この術式、強い!」


 ノアが低く言う。


 アシュは一歩踏み出した。


 剣を握る手に、汗ではない熱が集まっていく。


 ディルクはそちらを見た。

 まだ何も知らない顔で。

 ただ、最後の抵抗を止めるためだけに鎖を構える。


 フィアナが苦しそうに顔を上げる。


「アシュさん……!」


 その声で十分だった。


 ここでやらなければ、取られる。


 アシュは息を深く吸った。

第62話でした。


第6席ディルク・ヴェスターが初登場しました。

元第7席と現第6席との戦闘が始まります。



少しでも続きが気になったら、

ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。


次話もよろしくお願いします。

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