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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第6章 王都の影へ

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第55話 古い記録庫

 倉庫の奥で責任者がまた怒鳴り始めたのを合図に、アシュとノアは自然な顔でその場を離れた。


 荷の確認に回るふりをして倉庫の裏へ抜け、そのまま南門から西へ伸びる細い路地へ入る。


 表通りの灯りはもう背中側だった。

 西へ行くほど道は狭くなり、石畳も欠けが増える。

 王都の中なのに、人の気配が急に薄くなるのが気味悪い。


「本当にこんな場所に記録庫があるのか」


 アシュが低く言う。


「古い建物ならあり得る」


 ノアは前を見たまま答えた。


「今の王都で人目を避けたいなら、使われなくなった場所を生かす方が早い」


「嫌な話だな」


「そんな話ばっかりだ」


 短いやり取りのまま、二人はさらに西へ折れる。


 やがて、路地の奥に低い石壁が見えた。

 壁そのものは高くない。

 だが手入れがされていないせいで、逆に近づきにくい。蔦が絡み、木の影が落ち、夜の中に溶けている。


 その向こうに、古い建物の輪郭があった。


 大きくはない。

 けれど横に長い。

 窓は細く、全部に格子が入っている。

 昔はもっと表に開いていた建物が、今は人目を避けるように閉じてしまった顔だった。


「古い記録庫か」


「ああ」


 ノアが小さく頷く。


「表の入口はたぶんもう使ってない」


「じゃあ裏口だな」


 アシュが言うと、ノアは懐からさっき受け取った木片を出した。


 裏の刻みを、月明かりにかざす。


「数字が多い時は右から見ろ、か」


 二人は建物の裏へ回った。


 裏手には細い通路があり、樽や古い木箱が積まれている。

 倉庫として使われているわけではない。ただ、誰も整理しないまま放置されたものが寄せられているだけだ。


 その一角、壁際に小さな木の戸があった。


 人ひとりが屈めば通れる程度の低い戸だ。

 表から入るためのものではない。

 下働きや掃除役が出入りするための裏口だとすぐ分かる。


 戸は閉まっていた。

 だが錠はかかっていない。


「……なんだか露骨だな」


 アシュが言う。


「気づく奴だけ気づけってことだろ」


 ノアが答えた。


 戸を押す。

 軋みは小さい。

 手入れされている音だった。


 中は暗い。

 灯りは一つもついていない。

 だが埃の匂いは薄い。完全に死んだ建物ではなく、今でも人が使っている場所の空気だ。


 細い通路を抜けると、左右に棚が並んだ部屋へ出た。


 棚は高い。

 天井近くまである。

 板束と筒、それに薄板を重ねた包みがきっちり収められている。


 表向きの資料を置く場所ではない。

 古い控え。

 移し替え前の束。

 捨てきれないものを一度寄せるための場所。


 そういう匂いがした。


「下から三段目だったな」


 アシュが言う。


「裏口の保管棚」


 ノアはすぐ右手の棚へ寄る。


 棚には番号が振ってあった。

 だが左からでは意味が通らない。木片の刻みを思い出し、右から読む。


「……これか」


 下から三段目。

 板束が三つ並んでいる。


 一つ目には、南門外控

 二つ目には、受け渡し仮

 三つ目だけ、表に何も書かれていない


「露骨すぎるな」


 アシュが言う。


「何も書いてないやつが怪しいな」


 ノアは手を伸ばし、その束を引いた。


 重い。

 紙ではない。

 薄い木板を何枚もまとめ、上から布で締めてある。


 床へ下ろし、その場で紐を解く。


 中にあったのは、受け渡しの控えだった。


 日付。

 箱の数。

 移した場所。

 受け取った側の印。

 記録の写しというより、運んだ証拠に近い。


「第三……南第三倉庫……」


 ノアが低く追う。


「白封四。写し二。補助一」


 アシュの目が細くなる。


「今夜の分か」


「いや、これは前の便だ」


 ノアは次の板へ移る。


「その前……さらに前……」


 何枚か捲ったところで、手が止まる。


「どうした」


 アシュが問う。


 ノアは板を少しだけ持ち上げ、月明かりの差す角度へ傾けた。


「……ここだ」


 アシュも身を寄せる。


 薄板の中央に、細い文字が並んでいた。


 灰祈地方白施設/選定外候補/保管移送


 喉の奥が少し冷えた。


 灰祈地方。

 白い施設。

 選定外候補。


 先ほど倉庫で見た白い箱の中身が、ここで初めて記録の言葉になる。


「選定外……」


 アシュが低く呟く。


「候補のまま外されたやつらか」


「たぶんな」


 ノアが答える。


「でも、捨ててない。保管移送だ」


 続きの行を見る。


 南保管層 第三/仮収容/再仕分前


 アシュは無意識に薄板の端を強く押さえた。


 捨てていない。

 終わりにしていない。

 保管して、もう一度仕分ける前提で下へ落としている。


 白い施設で終わらなかったものが、王都の地下へ来ている。


「まだある」


 ノアが別の板を引いた。


 そちらはもっと新しい。

 刻みも浅い。


 比較補助添付/別保管扱い/西側閲覧制限


 アシュの目が細くなる。


「西側」


「たぶん、この建物のもっと奥だ」


 ノアが言う。


「南保管層に落としたあと、記録だけはここか別室へ残してる」


「じゃあ、欲しいのはまだ先だな」


「そういうことだ」


 その時、廊下の奥で小さく木が鳴った。


 二人の身体が同時に止まる。


 足音ではない。

 扉が半分だけ開く音だ。


 ノアがすぐに束をまとめる。

 全部は持てない。

 だが今の板だけなら抜ける。


「どれを取る」


 アシュが小さく言う。


「全部は無理だ」


「今夜の便と、灰祈地方の移送控え。それから比較補助の一枚」


 ノアは迷わなかった。


 必要な三枚だけ抜く。

 残りを元の順に戻し、布を締める。


 足音が近づく。


 軽くはない。

 でも兵の足音でもない。


「奥だ」


 アシュが言う。


 棚の並びの向こう、細い影へ二人は身を滑らせた。


 姿を見せたのは、白衣の老人だった。


 白衣といっても、礼拝堂にいる聖職者の白ではない。

 もっと実務に寄った、乾いた白だ。


 老人は灯りも持たずに歩き、まっすぐさっきの棚の前で止まる。


 そして、何も書かれていない板束へ手を伸ばした。


 沈黙。


 老人の手が布を撫でる。

 紐の結びを確かめる。

 そこでわずかに首を傾げた。


 アシュの手が剣へ触れる。

 気づかれたか――そう思った瞬間、老人はただ小さく鼻を鳴らした。


「……まったく、雑な仕事をする」


 それだけ言って、別の束を引き出した。


 どうやら完全には気づいていない。

 ただ、結び方の違いくらいは感じたらしい。


 老人が手にした束の表には、薄く文字があった。


 南保管層 第三/閲覧制限付


 それを見た瞬間、アシュとノアは同時に視線を交わした。


 当たりだ。


 老人はその束を抱え、奥の廊下へ消えていく。


 西側閲覧制限。

 別保管扱い。

 その先へ、今まさに資料が運ばれようとしている。


「追うか」


 アシュが低く言う。


 ノアは一拍だけ考えた。


「今はやめろ」


 即答だった。


「こっちはもう三枚抜いてる。これ以上は欲張るな」


 正しい。


 追えば奥は見えるかもしれない。

 でも、見つかれば全部終わる。


 アシュはそれを飲み込んだ。


 老人の足音が完全に消えるまで待ち、二人は裏口へ戻る。


 外の空気は、建物の中より少しだけ生きていた。


 細い路地。

 湿った石。

 遠くの王都の灯り。


 それだけで、さっきまで息を詰めていた肺が少し開く。


「十分だな」


 アシュが言う。


「ああ」


 ノアも頷く。


「箱の中身は選定外候補。南保管層の第三で仮収容。比較補助は西側閲覧制限」


「レオフの言う通りだったな。箱を追うより、控えを追った方が早い」


「しかも、次に狙う場所まで出た」


 ノアが三枚の板を布で包み直す。


「西側の閲覧制限。そこに、もっと中身がある」


 アシュは小さく息を吐いた。


 ようやく見えてきた。

 白い箱を動かしているのは、ただの倉庫や運搬じゃない。

 その後ろで仕分け、残し、また別に保管する手がある。


 見えない手だ。


「戻るぞ」


 短く言う。


 まだ終わっていない。

 フィアナも、ガルドも、ルゥも、あの倉庫で待っている。

 今はまずそこへ戻らなければならない。


 だが、次に狙うべき扉はもう決まった。


 西側閲覧制限。

 古い記録庫の奥。

 箱の流れの先にある、本当に隠したい記録の場所だ。

第55話でした。


ついに、

白い箱の中身と、その先の記録の流れがかなり具体的に見えてきました。


少しでも続きが気になったら、

ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。

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