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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第6章 王都の影へ

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第52話 夜中の鐘

 夜中の鐘が鳴る少し前、南の第三倉庫は昼とは別の場所みたいに静かになっていた。


 荷はまだある。

 人もいる。

 けれど、昼みたいな雑な音が減っている。


 残っているのは、白い箱と、それを扱う人間だけだった。


 ガルドは修理を終えた荷車のそばで、わざとらしく肩を回した。


「ほんとに今からかよ」


「文句があるなら置いていくぞ」


 責任者の男が吐き捨てる。


「文句はあるが、置いて行かれるのはごめんだ」


 ガルドが返すと、男はそれ以上は何も言わなかった。


 ノアは確認机の端で、今夜動く荷札をもう一度だけ見ていた。

 

 フィアナは写し板を束ね終え、若い女の横で最後の控えを結んでいる。

 手は少しだけ遅い。

 でも震えてはいない。


 アシュはその様子を見てから、白い箱へ手をかけた。


 やはり冷たい。


 ただの箱の冷たさじゃない。

 触れた木の向こうに、温度の違う空気が閉じ込められている感じがする。


「……重さも変だな」


 ぼそりと言うと、近くにいた年配の男が目だけを向けた。


「余計なことは考えるな」


「考えてねえよ」


 アシュが返す。


「持ちにくい箱は嫌いなだけだ」


 鐘が鳴る。


 重く、低い音だった。


 その音を合図に、倉庫の空気がさらに締まった。


「よし行くぞ」


 責任者が言う。


 荷車へ白い箱が四つ積まれる。

 別の荷車には、写し板と補助の束。

 ノアは荷札を持ち、フィアナは写し役としてその後ろについた。

 アシュとガルドが荷車を押す。

 ルゥは最初はついてこようとしたが、若い女に目をつけられかけて、フィアナが小さく首を振ると、しぶしぶ柱の陰へ残った。


「待っててください」


 フィアナが小さく言うと、ルゥは不満そうに喉を鳴らした。


 それでも動かないあたり、ちゃんと分かっているのだろう。


 倉庫の奥の扉が開く。


 その先は、昼に見た時より暗かった。


 長い坂道。

 石で固められているが、壁も床も少し湿っている。

 人のための道じゃない。

 荷を下へ送るための道だと、入った瞬間に分かる。


 先頭を行くのは年配の男。

 手には灯り。

 その後ろに責任者。

 続いてノアとフィアナ。

 荷車を押すアシュとガルド。

 最後尾に黒い上着の細身の男がつく。


 逃がさないための並びだ。


 坂道は思ったより長かった。

 足元は滑らないように削られているが、その分だけ歩幅が取りにくい。


「荷車、右寄せろ」


 責任者が低く言う。


「左は戻りが通る」


 その一言に、アシュの目が少し細くなる。


 戻りがある。

 つまり、ここは一方通行じゃない。


 白い箱が下へ降りるだけじゃなく、何かが上へ戻ってくる。


「聞いたか」


 アシュが小さく言う。


「ああ」


 ガルドも低く返す。


「嫌な道だな、ほんとに」


 坂道の途中、壁に刻まれた印があった。


 普通の人間なら見落とす程度の、浅い数字。

 だが、ノアはそれを横目で拾っている。


「一区、二区……」


 小さく呟いた。


 フィアナが振り返りかける。

 だが、すぐ前の年配の男が言った。


「前を見ろ」


「……はい」


 その返事は自然だった。

 もう、変に固くならない。


 坂道を下りきると、広い部屋に出た。


 昼に見た仮置きよりも、さらに下。

 空気が冷たい。

 乾いているのに、どこか息苦しい。


 壁際には白い箱が並び、中央には低い台が二つ。

 その奥、鉄格子の向こうにさらに暗い通路が見える。


 そこが南保管層そのものではない。

 だが、手前の受け渡し場所なのは間違いなかった。


「止めろ」


 年配の男が言う。


 荷車を止める。


 格子の向こうから、別の足音が近づいてきた。

 ゆっくりだが、無駄がない。


 出てきたのは、痩せた中年の男だった。

 

 飾り気のない灰色の上着に、指先だけやけに綺麗な手袋をしている。


 帳面役でも、荷役でも、兵でもない。

 もっと“中”の人間だ。


「第三の分か」


 男が言う。


 年配の男が荷札を渡す。


「白封四、写し二、補助一」


「遅い」


「人手が足りないんだ」


「言い訳はいい」


 灰色の男は荷札を見て、それから荷車を見る。

 箱そのものより、札の印と束の数を見ている目だった。


 ノアがさりげなくその横顔を見た。

 アシュも、荷車の陰から手の動きを追う。


 灰色の男は札を一枚ずつ確認し、最後に写し板の束へ手を伸ばした。


「補助はどれだ」


 フィアナの手が少しだけ止まる。


 若い女に言われた通り、補助の束は左から二番目。

 それを前へ出す。


「これです」


 灰色の男の目が、初めてはっきりフィアナへ向いた。


 数拍。


 アシュの手が、無意識に荷車の縁を強く掴む。

 だが男はそれ以上は何も言わず、束だけを受け取った。


「字は汚いが、読めるな」


「急ぎだったので」


 フィアナが言う。


 灰色の男は薄く息を吐いた。


「急ぎじゃない時などない」


 その返しに、フィアナは黙った。


 男は束を台へ置き、次に白い箱へ近づく。


 その時だった。


 一番手前の箱の封が、ほんの少しだけ浮いていた。

 昼に積み直した時の歪みだろう。

 灰色の男が眉をひそめる。


「誰がこんな雑な留め方をした」


 責任者が舌打ちする。


「上で締め直した。運ぶだけなら問題ない」


「問題があるから言ってるんだ」


 男は手袋越しに封へ触れた。


 その瞬間、フィアナの息が止まるような音がした。


 アシュは即座にその横顔を見る。


 白環は見えない。

 だが、何かを拾っている。


 箱の奥にあるものに、反応している。


「どうした」


 ガルドがごく小さく言う。


「……中にいます」


 フィアナの声は、ほとんど息だった。


 アシュの喉の奥が冷える。


「何が」


「人、です」


 その一言だけで、足元が少し崩れた気がした。


 紙でも器具でもない。

 箱の中に、人がいる。


 候補か。

 器か。

 少なくとも、白い施設の延長線にある何かだ。


 灰色の男は、こちらの気配には気づいていない。

 封を押さえ直し、短く言う。


「次から上でやり直せ。南保管層で開いたら、面倒が増える」


 南保管層。


 初めて、はっきりその名が口に出た。


 ノアの目が僅かに動く。

 アシュも、それを聞き逃さない。


 灰色の男は続けた。


「この四つは第三へ落とす。写しは第二控えへ。補助は私が持つ」


 責任者が顔をしかめる。


「補助までか」


 男は素っ気なく言う。


「上で止めるなと言われている」


 ノアが荷札を持つ指に、ほんの少しだけ力を入れるのをアシュは見た。


 欲しいものの一つが、今まさに目の前で別に分けられようとしている。


 だがここで動けば終わる。


 アシュはそれを飲み込んだ。


 白い箱は一つずつ台から奥の昇降台へ乗せられていく。

 重い音。

 鈍い揺れ。

 下へ落とすというより、静かに沈める作りだった。


 フィアナはもう、箱を見ていなかった。

 見ていられなかったのだろう。

 その代わり、唇をきつく結んで、灰色の男が持った補助の束だけを見ていた。


 やがて昇降台が下りる。


 白い箱四つが、目の前からゆっくり消えていく。


 その音が止んだあと、灰色の男が言った。


「写しの娘」


 フィアナの肩が僅かに揺れる。


「はい」


「次からは補助の束だけ先に分けろ。今夜のやり方では遅い」


「……分かった」


「次があれば、だがな」


 男はそれだけ言って、補助の束を持ったまま格子の向こうへ消えていく。


 アシュはその背中を見送った。


 年配の男が荷車を顎でしゃくる。


「上へ戻せ。次は二刻後だ」


 責任者が悪態をつきながら動き出す。


 アシュたちもそれに従う。


 だが、全員の頭の中はもう同じものを見ていた。


 白い箱の中身。

 灰色の男が持っていった補助の束。

 南保管層の第三。


 次は、ただ運ぶだけじゃ済まない。

第52話でした。


ついに、

地下の入口のさらに先で、白い箱の中身と南保管層の名前がはっきり見えてきました。


少しでも続きが気になったら、

ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。


次話もよろしくお願いします。

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