第51話 南の第三倉庫
南の第三倉庫は、南門から少し離れた裏通りにあった。
表の大通りに並ぶ店や宿とは空気が違う。
人はいる。荷も動いている。
けれど、ここには人が暮らす音ではなく、物を運ぶ音ばかりが積もっていた。
倉庫の前に立った瞬間、ガルドが小さく鼻を鳴らした。
「……なんか嫌な場所だな」
倉庫は石造りだった。
壁は高く、窓は細い。
中が見えにくい造りなのに、入口だけは大きく開いている。荷を出し入れするには必要なのだろう。
その前で、確認役らしい男が荷札を受け取った。
「南門の確認所から回された補修戻りだな」
ノアが頷く。
「こちらに来るように指示されました」
男は荷札を見て、アシュたちを順に見た。
フィアナのところでほんの少しだけ目が止まる。
だがそれ以上は何も言わない。
「人手が足りてねえ。余計なことは聞くな。余計なところへ入るな」
「分かっています」
アシュが短く返す。
男は鼻を鳴らした。
「なんでこんなやつら寄こしやがるんだ、まったく」
それでも止めはしなかった。
中へ入る。
倉庫の中は、思っていたより広かった。
右手に荷車。
左手に荷物の山。
奥には確認用の机が二つ並び、そのさらに奥、半分壁に隠れるように別の扉がある。
白い封をされた細長い箱は、奥の方へだけ積まれていた。
普通の荷と一緒には置かれていない。
それだけで十分、扱いの違いが分かる。
「補修はこっちだ!」
すぐに声が飛ぶ。
振り向くと、車輪を外した荷車の前で太った男が腕を組んでいた。
声が大きい。
荷を動かす側の責任者なのだろう。
ガルドが道具箱を持ってそちらへ向かう。
「何だ」
「軸が割れかけてる。はやく見てくれ」
「はいはい」
ガルドがしゃがみ込み、木を指で叩いた。
「あー、こりゃ応急処置で済ませてたんだな」
「そうするしかないだろ。朝までに二便あるから、さっさと直せ」
「無茶言うなよ」
「無茶でも直せ。それで金貰ってんだろ」
ガルドは露骨に嫌そうな顔をしたが、それ以上は言い返さなかった。
道具を出し、留め具を外し、裂けた木の具合を確かめ始める。
アシュはその横についた。
荷を持ち上げる役が必要だったからだ。
「お前もやるのか」
責任者の男が言う。
「立ってるだけよりましだろ」
アシュが返す。
男は少しだけ目を細めたが、それ以上は追及しなかった。
一方で、ノアは奥の確認机へ回されていた。
若い確認役の男が荷札の束を机に置く。
「数字くらい読めるだろ」
「もちろんだ」
ノアが答える。
「なら、こっちの控えと合わせろ。ずれたらその箱は止める」
机の上には、薄い板札が束になって並んでいた。
南の第三倉庫。
保管前。
回送待ち。
そんな短い語が、細かい記号と一緒に刻まれている。
ノアは一枚ずつ手に取り、流れを追っていく。
早い。
それを見た確認役の男が、少しだけ顔を上げた。
「慣れてるな」
「数字はどこも似たようなものだ」
ノアは平坦に返す。
その返しで、男もそれ以上は言わなかった。
フィアナはその横、少し離れた写し机へ座らされた。
「これを写して」
若い女が薄板を差し出す。
「字を直すな。読みにくくても、そのまま」
「分かりました」
「敬語はいい」
フィアナが少しだけ目を見開いた。
女は淡々と続ける。
「都の役人みたいに喋られるとここでは逆に浮く」
フィアナは一拍だけ黙ってから、言い直した。
「……分かった」
「なんかぎこちないけど、その方がやりやすい」
そのやり取りを、アシュは荷車の横から聞いていた。
少し危うい。
だが、ちゃんと馴染めている。
まだ大丈夫だ。
ルゥは倉庫の柱の影へ座り込んでいた。
時おり荷役が「変な犬だな」と言って通り過ぎるが、誰も本気では気にしない。
目立つくせに逆に風景へ溶ける。
昼を過ぎるころ、倉庫の奥へ白い箱を積んだ荷車が二台入ってきた。
護衛は一人。
兵ではない。
黒い上着を着た細身の男で、荷より人の方を見ている目だった。
その視線が一度だけフィアナを見て、次にアシュへ移り、それから何もなかったように荷札へ落ちる。
見られている。
けれど、今のところはそれだけだ。
「その箱、奥へ寄せろ!」
責任者の怒声が飛ぶ。
アシュとガルドは修理中の荷車から手を離し、荷の移動に回る。
白い箱は、普通の木箱より冷たかった。
ただの気のせいではない。
木の内側に、冷えた水か石でも詰まっているような重さと温度がある。
「……嫌な重さだな」
アシュが低く言う。
「中身が普通じゃねえんだろ」
ガルドが返す。
箱を持ち上げ、奥へ運ぶ。
その途中で、フィアナの手が止まるのを見た。
写しの板に触れていた指先が、ほんの少しだけ強張る。
「どうした」
若い女が言う。
フィアナはすぐに首を横に振った。
「何でもない」
「なら止まるな」
「……うん」
返事は少しだけ不自然だった。
でも、十分ごまかせる範囲だ。
アシュは箱を置いたあと、何も言わずにフィアナの横を通った。
その時だけ、小さく囁く。
「拾ったか」
フィアナは板から目を離さず、小さく頷いた。
「少しだけ」
「何を」
「……白い施設の時と、似た感じです」
その一言だけで足りた。
白い箱の中身は、ただの紙でも器具でもない。
少なくとも、フィアナの白環が何かを拾う程度には、候補や器に関わるものだ。
夕方が近づくころには、倉庫の中の流れが少し変わった。
雑多な荷が減る。
白い箱だけが奥へ寄る。
人も減る。
責任者の男がイライラしたように周囲を見回した。
「遅えな……」
「何がだ」
ガルドが問う。
「夜中に地下へ降ろす分の確認だよ」
男は吐き捨てる。
「本来なら、もう一人降りてくるはずの確認役がまだ来ねえ」
ノアの手が一瞬だけ止まる。
「地下へ降ろす?」
自然な顔で聞き返す。
男は舌打ちした。
「聞かなかったことにしろ。お前らは上の仕事だけやってろ」
それで終わらせるつもりだったらしい。
だが、その時ちょうど奥の扉が開いた。
年配の男が一人、倉庫の中へ入ってくる。
白衣ではない。
兵でもない。
ここから先へ物を通すか決める側の顔をしていた。
「第三の分、まだか」
低い声だった。
責任者がすぐに応じる。
「白封四つ、写し二束、補助一束。夜中に地下へ降ろす予定だ」
男の目が倉庫の中を一度だけ流れる。
全員を見た。
だがそこで止めはしない。
「人数が足りん」
男が言う。
「上の確認と下の受け渡しが重なってる。補修戻りを使え」
責任者が顔をしかめる。
「こいつらをか?」
「帳面が読めて、箱が持てて、口が軽くないならそれでいい」
ノアが目を上げる。
アシュも、ガルドも、何も言わない。
男は続けた。
「夜中の鐘のあとだ。地下の入口まででいい。そこから先はこっちで受ける」
地下の入口。
それだけで十分だった。
南の第三倉庫は、ただの中継点ではない。
地下の保管庫――南保管層へ降ろす手前の場所だ。
「……行ってこい」
責任者が吐き捨てるように言う。
アシュは短く頷いた。
「別に構わない」
「選択肢は与えていない。行け」
フィアナは写し板を置き、そっと息を吐く。
怖がっているのは分かる。
でも、もう目を逸らしてはいない。
ノアが板札を束ねながら、低く言った。
「夜中だ。そこまで保てば、本当に口まで行ける」
「口ってのは」
アシュが問う。
「地下の入口だ」
ノアは淡々と答える。
「南保管層へ落ちる前の」
倉庫の空気が、さらに冷えた気がした。
第51話でした。
南の第三倉庫で実際に働きながら、
白い箱の流れと、地下の保管庫へ繋がる線がだいぶ見えてきました。
少しでも続きが気になったら、
ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。
次話もよろしくお願いします。




