表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第6章 王都の影へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/78

第50話 南門の向こう

 村を出たあと、一行は南へ続く道を半日ほど歩いた。


 王都へ近づくにつれて、道は少しずつ広くなる。

 石が敷かれていた名残はあるが、全部が整っているわけじゃない。

 

 荷を運ぶには使うしかない、という程度の道だった。


 その道を、王都へ向かう人間が黙って歩いている。


 荷を背負った行商。

 修理道具を担いだ職人。

 痩せた馬を引く農夫。

 どれも大した身なりじゃない。

 でも全員、王都が近づくほど口数を減らしていく。


 さっきまで小村で人を助けていた時間が、少し遠く感じられた。

 

 ガルドは上着の上に薄汚れた布を引っかけ、肩の箱を持ち直した。

 中には補修用に見せるための縄や木片が入っている。

 見栄えだけ整えた、急ごしらえの偽装だった。


 ノアは古い木札と荷札の束を確かめる。

 それらしい顔をするには、それらしい物がいる。

 王都に近づくほど、それは大きかった。


 フィアナは白さの目立つ布を内側へ折り込み、上から茶色い上着を重ねていた。

 首元も深く留めている。

 白環が見えないようにするためだ。


 アシュはその横顔を一度見てから、前を向いた。


「苦しくないか」


 フィアナは少しだけ目を丸くする。


「大丈夫です」


「本当にか」


「……少しだけ、窮屈です」


「なら無理に詰めすぎるな。隠そうとして首元ばっか気にしてたら、それも逆に目立つ」


 フィアナは一拍だけ黙って、それから頷いた。


「分かりました」


 アシュが言う。


「隠そうとしすぎるなってだけだ」


「はい」


 その返事はまだ少し固い。

 でも、前よりはましだった。


 ルゥだけは、いつも通りだった。


 白い毛並みは目立つ。

 だが布を巻けばもっと怪しい。

 だから結局、そのまま連れていくしかない。


「お前が一番目立つんだよな」


 アシュがぼそりと言うと、ルゥは小さく鳴いて振り返った。


「たぶん、自覚ないですね」


 フィアナが少しだけ笑う。


「可愛いからいいだろ、で通らねえかな」


 ガルドが言う。


「通るかよ」


 アシュが返す。


「たぶん大丈夫ですよ」


 フィアナが言った。


「根拠は」


「可愛いので」


 アシュは一瞬だけ黙った。

 ガルドが吹き出す。

 ノアは「まったく」とだけ呟いた。


 それでも、張り詰めすぎていた空気は少しだけ緩んだ。


 やがて、王都の南門が見えてきた。


 南門そのものも大きいが、その前に設けられた柵と確認所の方が、今は嫌な存在感を放っていた。


 人を通す場所というより、

 人を止めるための場所に見える。


 列は三つに分けられていた。


 荷車。

 歩きの旅人。

 職人や荷の確認役。


 村で聞いた通りだ。

 まともな旅人の顔をしている者ほど細かく見られている。

 逆に、用向きがはっきりしている者は、雑に通されることもある。


「行くぞ」


 ノアが小さく言った。


 木札を前に出す。

 ガルドが箱を持つ。

 フィアナは一歩だけ後ろへ。

 アシュはその横で荷を持つ側に回る。


 列が進む。


 前にいた旅人風の男は、袋をひっくり返されていた。

 後ろの箱車は荷札を見せるだけで横へ流される。


 見ているのは荷じゃない。

 人だ。


 それが嫌でも分かる。


「次」


 兵の声が落ちる。


 ノアが前へ出た。


「南の道からの補修戻りです。確認札と荷札を」


 木札を差し出す。

 兵はそれを受け取り、次にノアの顔を見た。

 続けてガルドの箱。

 アシュの手。

 最後にフィアナへ視線が止まる。


「娘は」


「身内です。荷札の写しを覚えさせてます」


 ノアが答える。


 兵は無表情のままだ。

 からかっているわけではない。

 だから余計に嫌だった。


「犬まで連れてか」


 別の兵が言う。


「捨てても戻ってくるもんで」


 ガルドが即答した。


 兵の眉がほんの少しだけ動く。

 ルゥはその場で座り込んだまま、あくびをした。


「北は閉じてる。知ってるか」


 最初の兵が言った。


「南側の流れが増えてるとは聞きました」


 ノアが答える。


「聞いただけでは困る。今、都へ入る人間は目的をはっきり持て」


 その言い方だけで十分だった。

 曖昧な旅人は通さない。

 あるいは、通しても追う。

 そういう顔だ。


 兵は木札を返した。


「門を越えたら、右手の確認所へ回れ。外の札と中の控えを合わせる」


「分かりました」


「次」


 それで終わりだった。


 止められない。

 追い返されない。

 でも、まだ通ったとは言えない。


 門をくぐる。


 石のアーチの下はひやりと冷たく、外より少しだけ空気が乾いていた。


 王都の中は、朝なのに静かだった。


 大通りは広い。

 建物は高い。

 人は多い。

 でも、地方の町みたいな雑多な賑わいではない。


「……でかいな」


 ガルドが低く言う。


「そうだな」


 アシュが返したが、自分は少しだけ懐かしさを感じていた。


 あらためてみると大きい。

 整っている。

 だからこそ、見せたくないものを奥へ隠しやすい街だ。


 フィアナは周囲を見ながら、小さく息を吐いた。


「人が多いのに、静かですね」


「静かにさせてるんだろ」


 アシュが言う。


 その視線の先、門の脇にある小さな建物が確認所だった。

 列は短い。

 だが中へ入る人間は、一人ずつしっかり見られている。


 アシュたちもそこへ回された。


 中は狭い。


 受付にいたのは年配の男と、若い女だった。


「札を見せろ」


 男が言う。


 ノアが木札と荷札を差し出す。

 男は裏表を見て、端の欠けまで確かめた。


「補修戻りか」


「はい」


「人数が多いな」


「確認と運搬が重なったので」


 男は何も言わず、フィアナを見る。


「そこの娘」


 フィアナの肩がほんの少しだけ強張る。


「はい」


「字は読めるか」


「少しだけ」


「ならちょうどいい」


 若い女が横から言った。


「今朝、南の第三倉庫が人手足りてない。写しができるなら回せる」


 ノアの目がわずかに動く。


 アシュも内心だけで息を吐いた。


 南の第三倉庫。

 いきなり当たりだ。


「補修、運搬、写し、確認。ちょうどいいタイミングだった」


 ガルドが箱を持ち直した。


「それはありがたいな」


「礼を言われる話じゃない」


 男はぶっきらぼうに返す。


「人手が足りねえだけだ。余計な場所へ入るな。余計なものを見るな。朝までに戻れ」


 若い女が荷札を二枚抜き、ノアへ渡した。


「これ持って南の第三倉庫。話は通しておく」


「早いですね」


 フィアナが思わず言う。


 若い女は一瞬だけ彼女を見る。


「早くないと回らないの」


 それだけだった。


 でも、その一言にこの王都の今が詰まっていた。


 向こうも急いでいる。

 白い箱の流れも、候補の記録も、地下へ落ちる前の整理も、全部が少しずつ崩れかけている。


 だからこそ、自分たちみたいな見慣れない人間ですら使うのだ。


 確認所を出る。


 アシュは短く息を吐いた。


「……通ったな」


「まだ入口だぞ」


 ノアが言う。


「分かってる」


 その時、通りの向こうをまた白い封の箱を積んだ小さな荷車が通った。


 今度は護衛が少ない。

 けれど、荷札を持った男が横についている。

 あれもきっと南の第三倉庫へ行くのだ。


「行き先、見えたな」


 ガルドが言う。


「ああ」


 アシュが答える。


 フィアナは首元を押さえることもせず、まっすぐ箱車の方を見ていた。

 怖いのは消えていない。

 でも、目を逸らす段階はもう越えつつある。


「大丈夫か」


 アシュが訊く。


「大丈夫じゃないです」


 フィアナは正直に言った。


「でも、見ていたいです」


 その返しに、アシュはほんの少しだけ口元を動かした。


「それでいい」


 王都へは入った。

 確認所も越えた。

 そして次は、南の第三倉庫だ。


 欲しいものが流れていく場所が、ようやくはっきり見え始めていた。

第50話でした。


ここからは、

いよいよ白い箱と地下の保管庫の流れへ近づいていきます。


少しでも続きが気になったら、

ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。


次話もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ