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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第1章 灰はまだ祈りを知らない

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第4話 灰の牙

第4話です。

逃げるだけでは終わらない夜。


今度は“守るため”に戦う回です。

 闇の奥で、複数の気配が揺れていた。


 低い唸り声。

 湿った土を踏む足音。

 そのさらに奥から聞こえる、金属が擦れる硬い音。


 魔物と、人間。


 最悪の組み合わせだった。


 アシュは剣を抜いたまま、わずかに腰を落とす。


 焚き火の向こうで、フィアナが息を呑んだ。


 ルゥはその前に立ち、低く喉を鳴らしている。


 白い毛が逆立ち、淡い青の目が闇を睨んでいた。


「フィアナ」


「……はい」


「俺から離れるな」


 短く告げる。


 彼女は不安を押し殺すように、小さく頷いた。


 次の瞬間、森の奥から黒い影が飛び出してきた。


 四足の獣型魔物。


 ルゥよりひと回り大きい。


 口元から濁ったよだれを垂らし、眼窩の奥では赤黒い光が揺れている。


 異端に近い、穢れの濃い個体だ。


 アシュは一歩踏み込み、斜めに剣を振り抜いた。


 銀の軌跡が闇を裂く。


 飛びかかってきた魔物の首が半ばから断たれ、血と黒い液体を撒き散らしながら地面へ転がった。


 だが、それで終わりではない。


 左からもう一体。

 右後方からさらに一体。


 挟むように来る。


 アシュは低く息を吐いた。


「……数が多いな」


 足を滑らせるように半歩退き、右から来た一体の前脚を斬り飛ばす。


 体勢を崩したところへ、返す刃で喉を裂いた。


 同時に、左の一体が横から牙を剥く。


 アシュは肘で頭を逸らし、膝蹴りで間合いを潰す。噛みつこうと開いた口の奥へ、短剣を逆手で突き込んだ。


 鈍い音。


 魔物が痙攣し、そのまま崩れ落ちる。


 だが、まだ来る。


 森の奥には、まだいくつも気配がある。


 しかも――


「アシュさん、左です!」


 フィアナの声が鋭く響いた。


 同時に、アシュは反射的に身を捻る。


 闇の中から飛来した矢が、頬のすぐ脇を掠めて木に突き刺さった。


 追手だ。


 やはり混じっていた。


「囲め! 神子候補を確保しろ!」


 怒号が森に響く。


 焚き火の向こう、木々の隙間から甲冑姿の兵が三人、姿を現した。


 その後ろには、黒衣の教会兵が二人。

 聖印入りの槍を持っている。


 面倒な組み合わせだった。


「その娘を引き渡せ!」


 王国兵のひとりが叫ぶ。


 アシュは返事をしなかった。


 代わりに、剣先を少しだけ下げる。


 戦いやすい角度に。


「……逃げるつもりはない」


 低く呟いた。


 その直後、アシュの足元からルゥが飛び出す。


 白い影が一気に地を蹴り、正面から迫ってきた魔物の喉元へ噛みついた。鋭い牙が食い込み、魔物が苦鳴を上げる。そのまま身体ごと捻るようにして地面へ叩きつけた。


 アシュの眉がわずかに動く。


「……やるな」


 ルゥは答えない。


 ただ、低く唸りながら再びフィアナの前へ戻る。


 明らかに守ろうとしていた。


 その様子に気を取られた一瞬を、兵は見逃さない。


 黒衣のひとりが、聖印を掲げた。


「拘束式、展開!」


 白い光が地面を走る。


 術式だ。


 瞬時に足元へ広がった光の輪を見て、アシュは舌打ちする。


「……っ」


 遅い。


 輪が閉じる。


 足元から重い圧力が這い上がり、身体の自由を奪おうとする。


 教会の拘束術式。


 異端討伐隊にいた頃、何度も見た術だ。


「アシュさん!」


 フィアナの声が響く。


 兵たちが一斉に前へ出る。


 間に合わない。


 そう判断した、その瞬間だった。


 フィアナが一歩前へ出た。


 白銀の髪が、焚き火の光を受けて揺れる。


 彼女は震える指先を胸元に当てた。


 首元の刻印が、淡く光る。


「――拒んで」


 その声は小さかった。


 だが、夜の空気を変えるには十分だった。


 次の瞬間、白い光がフィアナの足元から円を描いて広がる。


 透明に近い薄膜のようなものが、焚き火の周囲を包み込んだ。


 兵の拘束術式が、その外側で弾ける。


「な……」


 黒衣の兵が目を見開く。


「加護だと――」


 フィアナの呼吸が乱れる。


 術式は不安定だった。


 だが確かに、アシュたちを守っていた。


 アシュは一瞬だけ彼女を見た。


 立っているだけで、精一杯のはずだった。


 足も痛むだろう。


 それでも前に出た。


 守られるだけでは終わらないと、自分で選んだのだ。


「下がってろ」


 言うが、声は少しだけ低かった。


 フィアナは息を切らしながらも、首を振る。


「……嫌です」


「フィアナ」


「今だけは、守らせてください」


 その言葉に、一瞬だけアシュの思考が止まる。


 その隙を突くように、横から別の魔物が結界へ体当たりしてきた。


 白い膜が大きく揺れる。


 フィアナの顔が歪む。


「っ……!」


 限界は近い。


 アシュは息を吐いた。


 次の瞬間、左腕に焼けつくような痛みが走る。


 意識の奥で、鈍く軋む感覚。


 ――灰刻。


 使えば反動が来る。


 だが、ここで迷う理由はない。


「……少し、黙ってろ」


 誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


 術が起動する。


 視界が鋭くなる。


 敵の動きが、綻びごと見える。


 呼吸。重心。殺気の流れ。

 全部が遅くなる。


 アシュは結界の外へ踏み出した。


 兵が目を見開くより早く、その懐へ潜り込む。


 一人目の喉元に刃を滑らせる。


 返す動きで二人目の槍を断ち、肘で顎を打ち上げた。


 三人目が振り下ろした剣は、半歩の移動だけで外れる。


 そのまま腹を裂く。


 黒衣の兵が術式を組み直す前に、足元を斬り払って地に伏せさせた。


 速すぎて、悲鳴すら遅れる。


 魔物が横から飛びかかる。


 アシュは振り向きもせず、背後へ短剣を投げた。


 刃が眼窩へ突き刺さり、魔物がその場に崩れ落ちる。


 もう一体。


 これは真正面から来た。


 牙が喉元へ届く、その直前。


 白い影が横からぶつかった。


 ルゥだ。


 体格差をものともせず、真正面から噛みついて押し返す。地面を削りながら、二体の獣がもつれるように転がった。


「ルゥ!」


 フィアナが叫ぶ。


 アシュはすぐに間合いを詰めた。


 絡み合った二体の隙間へ刃を差し込み、敵だけの首筋を断つ。


 黒い血が飛び散る。


 ルゥはすぐに飛び退いた。


 俊敏だった。


 そして何より、判断が妙に良い。


「……お前、本当に魔物か?」


 思わず零れる。


 ルゥは一瞬だけアシュを見たあと、何事もなかったようにフィアナの前へ戻った。


 その時だった。


 ――ひゅん。


 鋭い風切り音。


 アシュは反射的に身体を捻った。


 だが、完全には避けきれない。


 放たれた短槍が左肩を掠め、肉を抉った。


 熱い。


 遅れて痛みが走る。


「アシュさん!」


 フィアナの声が震える。


 木陰の奥、まだ兵がひとり残っていた。


 弓ではなく、投槍。


 厄介な位置だ。


 しかも、狙いはアシュではない。


 次の槍先が、フィアナの方へ向いている。


「やめ――」


 フィアナが息を呑む。


 ルゥが唸る。


 アシュは考えるより先に動いていた。


 地面を蹴る。


 痛みを無視して踏み込む。


 投げられた槍が一直線に飛ぶ。


 アシュはその軌道へ身体を滑り込ませた。


 鈍い衝撃。


 槍が脇腹を掠め、血が飛ぶ。


 だが勢いは殺した。


 そのまま踏み込みを止めず、兵の眼前まで距離を詰める。


 相手の目が見開かれる。


「……遅い」


 低く言って、剣を振り下ろした。


 兵は声もなく崩れ落ちる。


 森が、急に静かになった。


 残っていた気配が、ひとつ、またひとつと消えていく。


 逃げたのか、死んだのか。


 今はどうでもよかった。


 灰刻の反動が、一気に押し寄せる。


 内側から神経を焼かれるような激痛。


 呼吸が浅くなる。


 膝がわずかに揺れた。


「アシュさん!」


 駆け寄ってきたフィアナが、咄嗟にその腕を支える。


 細い腕だった。


 だが、その支えは不思議と軽くなかった。


「……平気だ」


 そう言いながらアシュは、腰の袋から小瓶を取り出し、黒い液体を喉へ流し込んだ。


「平気じゃありません」


「いつものことだ」


「それを平気とは言いません」


 珍しく、少し強い声だった。


 アシュは言い返しかけて、やめた。


 フィアナの顔色も良くない。


 結界の維持でかなり消耗したのだろう。


 ルゥも傷を負っていた。


 後ろ脚からまた血が滲んでいる。


 ここに長く留まるのはまずい。


 アシュは荒い呼吸を整えながら、周囲を見渡した。


 木々の奥、斜面の向こうに石造りの影が見える。


 崩れた尖塔。

 半ば朽ちた壁。


 古い礼拝堂だった。


「……あそこだ」


 アシュが低く言う。


 フィアナが顔を上げる。


「え……?」


「屋根がある。壁も残ってる」


「でも……」


「ここにいる方が死ぬ」


 反論の余地はなかった。


 フィアナは唇を引き結び、小さく頷く。


 ルゥもまた、その方向をじっと見ていた。


 まるで知っている場所みたいに。


 アシュはそれを見て、わずかに眉を寄せる。


 嫌な予感がした。


 だが、選択肢はない。


「行くぞ」


 そう言って一歩踏み出した時、脇腹の傷が鈍く疼いた。


 フィアナがすぐに支えようとする。


「自分で歩ける」


「歩けても、支えます」


「……頑固だな」


「そっくりそのまま返します」


 それだけ言って、フィアナはアシュの腕を支えたまま離れなかった。


 ルゥがその前を先導するように歩き出す。


 白い背が、夜の闇の中を静かに進んでいく。


 焚き火の残り火が、背後で小さく爆ぜた。


 そして三人は、森の奥に佇む廃礼拝堂へ向かう。


 そこが、この夜の続きを変える場所になるとも知らずに。

第4話でした。


今回は、

アシュ・フィアナ・ルゥの2人(+1匹)が

“ひとつの側”として動き始める回でした。


そして次は、

いよいよ廃礼拝堂編に入ります。


フィアナの加護、

ルゥの違和感、

そしてこの世界の“神子”の真実が、少しずつ見えてきます。


もし少しでも面白いと思っていただけたら、


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などいただけるととても励みになります。


次話「白環の残響」もよろしくお願いします。

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