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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第4章 白環の逃亡者

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第38話 止める剣

止めるための剣と、

進むための剣は、

ぶつかった時だけよく似る。

 祈祷室の裏は、通路ではなかった。


 白い壁の奥に隠されていたのは、円形に近い細長い空間だった。

 祈祷室より狭く、処置室より深い。


 正面には黒ずんだ扉がひとつ。

 その手前に、床へ直接刻まれた大きな円環。

 白い線はほとんど死んでいるのに、中心だけがまだ薄く光を残している。


 祭壇ではない。

 封印具に近い。


「……ここか」


 ノアが低く言った。


「何だ、これは」


 アシュが問う。


「祈祷室の裏で、祈祷室の反応を落とすための中継環だ。たぶん、候補の反応を通して下へ流してた」


「下って、どこへだ」


「まだ分からん」


 その短いやり取りの直後、背後で白い扉が大きく鳴った。


 来た。


 ガルドが即座に振り返り、弓を引く。

 ノアも円環から身を離し、横へ開く。

 フィアナは祈祷室から引きずってきた息の荒さをまだ隠しきれていない。

 それでもルゥの背へ手を置いたまま、白い扉を見据えた。


 次の瞬間、扉が開く。


 白い廊下の先に、ルークが立っていた。


 その後ろに二人。

 兵だ。

 剣を構えているが、踏み込みは揃っていない。

 ここまで来る間に何を見たのかは知らない。だが、いつもの任務みたいな顔ではなかった。


 ルークだけが違う。


 剣を抜き、白い部屋と祈祷室を越えて、それでもまだ整った立ち方をしている。


「……大人しく捕まってくれませんか」


 柔らかくはない。

 命令の形を保ったまま、もう迷いを押し込める側へ振り切った声だ。


 アシュは剣を抜いたまま答える。


「断る」


「そう言うと思っていました」


 ルークは半歩だけ間合いを詰めた。


「ですが、ここから先は進ませません」


「すべてを見た上でまだそれを言うのか」


 アシュが低く返す。


 ルークの目が、一瞬だけ白い壁を見る。


 名前を消した壁

 狭い寝台

 祈室

 候補番号


 見たのだ。

 見た上でなお、ここで剣を引かない。


「見たからです」


 ルークの返答は短かった。


「見たからこそ、これ以上を勝手に進ませるわけにはいかない」


「王国のためか」


「王国のためでもあります」


「でも、だけじゃねえな」


 その言葉に、ルークはすぐには返さなかった。


 沈黙の代わりに、兵の一人が緊張で唾を呑む音がした。


 ガルドが舌打ちする。


「長話する状況かよ」


「必要ならします」


 ルークの視線はアシュから外れない。


「アシュさん。あなたがここから先へ行くことは、もう逃亡では済みません」


「今さらだろ」


「ええ。今さらです」


 敬語のまま、声だけが落ちる。


「だから止めます」


 次の瞬間、ルークが踏み込んだ。


 速い。


 真正面から来る。

 だが正面突破じゃない。

 アシュが受ける位置に、最初から刃を置きに来る踏み込みだ。


 アシュは半歩ずらし、剣を受け流す。

 火花が散る。


 重い。


 間合いと角度が正確すぎて、受けるだけでこちらの体勢が削られる。


 二撃目。

 三撃目。


 どれも無駄がない。

 深追いせず、詰めすぎず、逃がしすぎない。


 アシュも踏み込む。


 低く潜り、左脇へ短く斬り上げる。

 だがルークは退かない。

 刃の筋だけを外し、逆にアシュの肩口を狙って返す。


 読まれている。


 昔のアシュを見ていたからか。

 それとも元から、そこまで詰める剣なのか。


「……やるじゃねえか」


 アシュが吐き捨てる。


 ルークの顔は揺れない。


「あなたにそう言われて、喜ぶと思いますか」


「少なくとも止まってねえな」


「止まれません」


 その言葉と一緒に、ルークの剣がまた踏み込んでくる。


 ガルドの矢が横から飛んだ。


 兵の一人がそれを弾く。

 反応は悪くない。

 だがガルドの狙いは最初から当てることじゃない。

 兵の足を止め、その隙にノアが術式線を床へ走らせる。


 青白い細線が白い床を這い、兵の足元の石を一瞬だけ滑らせた。


「っ」


 体勢が崩れる。


 ルゥが飛ぶ。

 白い影が喉元を狙い、兵は咄嗟に腕で庇う。

 悲鳴までは上がらないが、鋭く息が乱れた。


 フィアナは祈祷室の方を振り返ったまま、両手を重ねる。


 白環が灯る。


 その光は敵へ撃つためではない。

 祈祷室の残響と、奥の円環がまだ切れていないことに気づいた顔だった。


「ノアさん!」


「分かってる!」


 ノアが床の大きな円環を見る。


 白い線が、ルークとアシュの斬り合いの振動に合わせて、ほんのわずかに明滅していた。


「まずいな……完全に死んでない」


「何がだ!」


 ガルドが怒鳴る。


「祈祷室の反応を下へ流す環だ! 今、白環と剣圧でまた噛み始めてる!」


 アシュはルークの剣を弾き、半歩下がる。


「壊せるか」


「どうやったら壊れるかまったくわからん!」


 ルークの目が一瞬だけ円環へ向く。


 その隙を、アシュは見逃さない。


 踏み込み、喉元を狙う。

 だがルークも遅れない。

 ぎりぎりで剣を立て、火花の中で受け止めた。


 距離が一気に縮まる。


「退いてください」


 ルークが低く言う。


「嫌だと言ったろ」


「ここは崩れます」


「知るか」


「あなたたちだけの問題じゃない!」


 その一言だけ、ルークの声が少しだけ熱を帯びた。


 アシュの目が細くなる。


「じゃあ兵を連れて引け」


「引けるなら、最初から引いてます」


 押し合いは一瞬でほどける。


 ルークが横へ流し、アシュが回る。

 白い床の上に、二人の足だけが迷いなく線を描いていく。


 王国の剣だ、とアシュは思った。


 ルークはヴァルトじゃない。

 怒りで押してこない。

 憎しみだけで刃を振らない。

 だから余計に面倒だった。


 後ろで兵の一人がノアへ斬りかかる。

 ノアは真正面から受けない。

 術式で床の線を歪ませ、相手の踏み込みだけを狂わせる。

 そこへガルドの矢。

 肩を裂き、兵はたまらず膝をつく。


 もう一人はルゥと噛み合っていた。

 フィアナはそのすぐ横で、祈室と円環の間にある細い溝へ手を伸ばしている。


「フィアナ!」


 アシュが叫ぶ。


「触るな!」


「でも、このままだと……!」


 白環がまた脈打つ。


 円環の中心が、今度ははっきり赤く明滅した。


 ノアの顔色が変わる。


「……みんな下がれ!」


 遅かった。


 円環の中心から、低い音が漏れる。

 唸りとも、呼吸ともつかない音だった。


 祈祷室で引き出されたもの。

 候補たちの反応。

 残された祈り。

 選ばれなかったまま沈められたもの。


 それらが、この施設の底でまだ絡んでいたのだと、音だけで分かる。


 ルークが初めて明確に顔色を変えた。


「何です、これは」


「んなもん知るか」


 アシュが吐き捨てる。


 円環の外周を走る白線が一気に灯る。

 床が鳴る。

 壁の白がひび割れ、その下から黒ずんだ術式線が浮いた。


 フィアナが息を呑む。


「……来ます」


 その声の直後、祈祷室の方で何かが崩れた。


 白い台座の奥。

 見えないはずのもっと下から、濁った光が漏れてくる。


「クソが!」


 ガルドが吐き捨てる。


「施設そのものが起きやがった!」


 ノアは術式線を逆流させようとするが、追いつかない。

 元が古い。

 しかも下層と噛んでいるなら、一室だけで止められる規模じゃない。


 アシュはルークを見る。


 ルークも、もう剣だけを見ていなかった。

 白い床。

 赤く脈打つ円環。

 部下の位置。

 フィアナの白環。

 全部を一瞬で見ている顔だ。


「……兵を下げろ」


 アシュが言う。


 その言葉に、昔の第七席の姿が重なる。


「命令ですか」


「忠告だ」


 赤い脈動が一段強くなった。


 次の瞬間、床の溝から黒いものが噴いた。


 液体じゃない。

 灰と光の中間みたいな濁りだ。


 細く、長く、何本も。


 それが最初に絡んだのは、傷を負って膝をついていた兵の足だった。


「っ、あ――!」


 ルークが即座に身をひるがえす。

 剣で断つ。

 だが切れた先からまた這う。


 兵の顔が青ざめる。

 ただの痛みじゃない。

 見てはいけないものを見せられた顔だった。


「下がれ!」


 今度は命令だった。

 明確な、隊長の声。


 アシュもすぐに動く。

 ルゥがフィアナの前へ出る。

 ガルドは短剣で散らし、ノアは円環の線を一部焼き切ろうと術を重ねる。


 フィアナは白環を押さえ、歯を食いしばっていた。


「アシュさん……!」


「立て!」


「はい!」


 濁りは人を狙っているというより、反応の強いものへ寄っていた。


 白環

 剣圧

 そして、この施設に残った祈りの名残


 ルークは自分の兵を庇いながら、白い床の中央へ踏み込む。


 アシュもほぼ同時にそちらへ出た。


 アシュは踏み込み、そのまま円環の中心へ剣を叩き込んだ。


 甲高い音が響く。


 白い石が割れ、赤い脈動が乱れる。

 同時に濁りの流れも揺らぐ。


「ノア!」


「やってる!」


 ノアの術式が割れ目へ差し込み、円環の線を逆に噛ませる。

 祈祷室と下層を繋いでいた流れが、一瞬だけ噛み合いを外した。


 その隙にルークが兵を引きずる。

 ガルドがもう一人の兵を蹴るように立たせる。

 ルゥがフィアナを押すように奥へ誘導する。


 白い床が、今度は逆に沈み始めた。


「崩れるぞ!」


 ノアが怒鳴る。


 アシュは剣を引き抜き、よろめいた。

 床の反動が脇腹へ響く。

 だが倒れている暇はない。


 ルークがその腕を掴んだ。


 一瞬、二人とも止まる。


 助けたのか。

 捕まえたのか。

 どちらとも取れる力だった。


 ルークの目は揺れていた。


「……ここで死なれるのは困ります」


 ルークの息は荒い。


「死ぬかよ」


 アシュは腕を振り払い、すぐにフィアナたちの方へ向かう。


 白い壁の一部が崩れ、その奥に細い抜け道が現れていた。

 祈室の裏よりさらに奥。

 自然に開いた割れ目ではない。

 施設が沈みながら、最後に別の通路を晒した形だった。


「アシュさん!」


 フィアナがその前で振り返る。


 白環はまだ熱を持っている。

 だが倒れていない。


「行け!」


 アシュが叫ぶ。


 ノアが先に割れ目へ滑り込む。

 ガルドがフィアナとルゥを押し込み、自分も続く。


 ルークは兵を外へ退かせていた。

 こちらを追う余裕は、今はない。


 だが視線だけは外れていない。


「アシュさん!」


 もう一度、ルークの声。


 アシュは振り返る。


 白い床は崩れ、濁りはまだ噴き続けている。

 その中でルークだけが立っていた。


「次は、止めます」


 敬語だった。


 だがその一言は、今までよりずっと重かった。


 アシュは短く息を吐く。


「やれるもんならやってみろ」


 吐き捨てて、割れ目の奥へ身を滑らせる。


 その背後で、白い施設の下層が大きく鳴った。


 ルークとの闘いは、まだ終わっていない。

 だが、今はここで決着をつける時じゃなかった。


 施設の底。

 イリスが進んだ先。

 選ばれなかったものが沈められた先。


 まだ、もっと下がある。


 アシュたちは崩れた祈祷室のさらに奥へ消えていき、白い下層には、崩壊と濁りの音だけが残った。

第38話でした。


ここで第4章は一旦終了になります。


ルークとの決着はまだ先ですが、

もう次は避けられない、というところまで来ています。


個人的には、ルークが好きです笑


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次話もよろしくお願いします。

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