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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第4章 白環の逃亡者

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第34話 白い廊下の先

追ってくる足音が人のものだからといって、

安心できる理由にはならない。

 白い廊下に、最初の影が踏み込んできた。


 人だ。


 灰の異形じゃない。

 魔物でもない。


 剣を握った人間の影が、白く塗り潰された壁の前に立つだけで、場の空気は別の意味で冷えた。


「行け」


 アシュが低く言う。


 ノアは頷き、フィアナの腕を引くようにして、開いた裏階段の方へ促した。

 ルゥもすぐにそちらへ回る。

 ガルドは入口脇に身を寄せ、矢をつがえたまま浅く呼吸を落とした。


 廊下の向こうの影は、一人ではなかった。


 足音は乱れていない。

 急いではいるが、慌てていない。

 踏み込む順番まで揃えているみたいな近づき方だった。


「……王国側か」


 ガルドが呟く。


「たぶんな」


 アシュは剣を構えたまま答えた。


 ヴァルトの部隊みたいな、押しつけるだけの気配じゃない。

 もっと嫌な整い方をしている。


 白い廊下の先で、影の一つが止まる。


 低い声がした。

 言葉までは聞き取れない。

 だが、短く区切って指示を飛ばす声音だった。


 次の瞬間、廊下の角から矢が飛んだ。


 真っ直ぐだった。


 無理に当てにくるのではなく、逃げ道を削るための矢。

 アシュは半歩だけ位置をずらし、壁へ刺さったそれを横目で見る。


「ちっ」


「バレたか」


 ガルドが小さく訊く。


「こいつら雑魚じゃねえ」


 短く返す。


 その時点で、答えとしては十分だった。


 ガルドの矢が返る。

 白い廊下を裂き、角の手前へ突き刺さる。

 牽制だ。

 当てるより、踏み込みを躊躇わせるための一射。


 ノアが裏階段の入口で振り返る。


「長く持たせるな」


「分かってる」


 アシュは白い廊下の先へ一歩だけ踏み出した。


 相手も同じように、距離を詰める気配を見せる。

 だが飛び込んでこない。

 こちらの間合いと、部屋の構造と、逃げ道の位置まで見ている動きだ。


 かなり面倒だ。


「お前ら、誰の命令だ」


 アシュが低く言う。


 答えはない。


 代わりに、廊下の向こうで剣が一度だけ鳴った。


 抜いた音ではない。

 握り直しただけの、短い金属音。


「答える気はねえか」


 その時、廊下の奥から一人、踏み込んできた。


 顔は見えきらない。

 だが剣の軌道だけで、アシュの目がわずかに細くなる。


 速い。


 押し込むための踏み込みじゃない。

 確かめるための一撃だ。


 アシュは正面から受けず、斜めに流す。

 火花が散る。

 その感触だけで分かる。


 重い剣ではない。

 だが、雑に軽いわけでもない。

 力を抜いたまま殺傷線に乗せてくる、訓練された剣だった。


「……厄介だな」


 吐き捨てた瞬間、二撃目が来る。


 今度は低い。

 足を止めさせる角度だ。


 アシュは半歩引き、そこへ自分の剣を短く差し込む。

 相手は深追いしない。

 すぐに退いて、また廊下の白へ紛れる。


「一人で詰めてこねえ」


 ガルドが言う。


「分かってる」


「これ、あれだな。斬るより、足止めの方を見てる」


「逃がさねえ動きだ」


 アシュが答えた。


 灰祈りでぶつかったヴァルトの圧とは違う。

 こいつらは怒っていない。

 冷えた手つきで詰めてくる。


 だから、なおさら面倒だった。


 裏階段の入口で、ノアが苛立ったように言う。


「来るなら早くしろ」


「うるせえ」


 返しながら、アシュは白い廊下を睨む。


 相手も待っている。


 こちらが下がれば詰める。

 ここで無理に打ち込めば、数で押される。


 なら、やることは一つだ。


「ガルド」


「ああ」


 短いやり取りだけで十分だった。


 アシュが一歩、前へ出る。

 相手はその瞬間だけ合わせて間合いを詰める。

 そこへ、ガルドの矢が廊下の壁へ斜めに刺さった。


 狙ったのは人じゃない。

 白く塗り重ねられた壁の、ひびの集まった場所だ。


 石が割れる。


 乾いた破砕音と一緒に、壁の上塗りが大きく剥がれ落ちた。


 視界を潰すための白い粉が、一気に廊下へ散る。


「行くぞ!」


 アシュが吠える。


 そのまま身を翻し、裏階段へ滑り込む。

 ガルドもすぐに続く。


 階段は急だった。


 一直線ではなく、途中で二度折れている。

 ただ下へ逃がすための階段ではない。

 人目を避けながら物を運ぶための、隠し通路の作りだ。


 ノアが先頭へ出ていた。


「下で終わりじゃない。さらに抜ける」


「何で分かる」


 ガルドが問う。


「風だ」


 ノアは短く答えた。


「閉じた階段なら、こんな流れ方はしない」


 フィアナは息を切らせながらも足を止めなかった。

 ルゥがその半歩前を行き、時おり振り返っては進路を確かめている。


 階段を下りきった先には、低い石室があった。


 天井は低く、壁際には古い箱が積まれている。

 だが保管庫というには雑で、整いすぎてもいる。


「搬送待ちの部屋か」


 ノアが呟く。


「人も物も、いったんここへ集めてた」


 アシュの視線が箱へ向く。


 蓋は閉じているが、鍵はない。

 長く放置されていたらしい埃の積もり方をしている。


 ガルドが顔をしかめた。


「開けるのか」


「時間がねえ」


「分かってるが、気になる顔してんぞ」


 アシュは舌打ちした。


「気になるだろ、ここまで来りゃ」


「ならさっさと手ぇ動かせ」


 言われるまでもなく、一番手前の箱へ膝をつく。

 蓋は固かったが、力を込めれば開いた。


 中に入っていたのは布ではない。


 細い木札だった。

 何枚もまとめて紐で括られている。


 表面の文字は擦れていたが、全部が完全には死んでいない。


 ノアが一枚だけ抜き取る。


「……候補補助記録」


「何て?」


 フィアナが問う。


 ノアは目を細めて続きを追う。


「“移送時安静”、“観察優先”、“反応記録は本棟へ”……」


 ガルドが露骨に顔をしかめる。


「モノみてえに書きやがる」


「そう扱っていたんだろう」


 ノアの返しは平坦だった。


 アシュは別の札を手に取る。

 その裏面に、うっすらと線が引かれていた。


 地図だ。


 この施設の簡略図だった。


「ノア」


 札を渡すと、ノアの目つきが変わる。


「……当たりだ」


「何が」


「東棟のさらに先に、外へ抜ける搬送路がある」


 フィアナが一歩近づく。


「イリスさんも、そこを?」


「ああ、可能性はある」


 ノアは札の右端を指で示した。


「記録室、本棟、観察室、東棟、その先に搬送口。施設の作りが繋がってる」


 アシュは短く息を吐く。


 ここで終わりじゃない。

 白い部屋も、管理室も、ただの途中だ。

 なら、イリスの痕跡はまだ先にある。


 その時、上からまた音がした。


 石の欠片が落ち、階段のどこかで金属が擦れる。


 ガルドが振り返る。


「早えな、クソが」


「壁を壊してでも来る気だ」


 アシュが言う。


「だったら、こっちも急ぐしかねえ」


 ノアは木札を布へ押し込み、石室の奥へ走った。

 壁一面に棚が並んでいる。

 だがその一番端だけ、棚の奥行きが違う。


「ここだ」


 棚をずらす。

 重い。

 だがガルドがすぐ横に付き、二人がかりで押すと、棚は石床を擦りながら動いた。


 その奥に、狭い横穴が現れる。


 人ひとりが屈んで進める程度の幅。

 床には古い轍の跡が残っていた。


「……ほんとに運んでたんだな」


 ガルドが低く言う。


 フィアナはその轍を見つめ、かすかに唇を結んだ。


「車輪です」


「見りゃ分かる」


「そうじゃなくて……小さいです」


 アシュの目が細くなる。


 たしかに、轍の幅は広くない。

 荷馬車じゃない。

 もっと細い、押して運ぶ台車の痕だ。


 ノアが短く言う。


「候補専用の搬送台だろうな」


 その言い方に、フィアナは何も返さなかった。

 だが抱えたままの紙片を持つ指先に、力が入っているのが見えた。


 ルゥが横穴へ鼻先を向け、小さく鳴く。


 ためらいはないらしい。


「先に行く」


 アシュが言う。


「ガルド、その後ろ。フィアナとルゥ、ノア」


「最後尾は俺でいい」


 ガルドが返す。


「狭いとこで弓は使いづれえ」


「分かった」


 すぐに決まる。

 もうこのあたりの呼吸は、最初よりずっと速くなっていた。


 背後の階段で、はっきりと足音がした。


 今度は遠くない。


 人の足音。

 訓練された、迷いの少ない踏み方。


 ルークか。

 その部下か。


 顔を見る時間はなかった。


「動け」


 アシュが先に横穴へ潜る。


 石の冷たさが肩に擦れる。

 天井は低く、まともに立てない。

 だが風が抜けている。

 この道も生きている。


 後ろから、フィアナが小さく息を整える音が聞こえる。

 ルゥの爪が石を打つ。

 ガルドが狭い通路の中でも舌打ちを殺しているのが分かった。


 その時、横穴の奥に、薄い光が見えた。


 自然光だ。


 だが出口の色ではない。

 もっと低く、冷たい白さ。


 ノアが低く呟く。


「……まだ建物の中だ」


 アシュは目を細める。


 施設は一つでは終わっていなかった。


 白い廊下の先。

 管理室の裏。

 搬送のための石室。

 そしてさらに、その奥にもまだ何かが続いている。


 イリスの痕跡も、施設の本当の顔も、まだ先だ。


 背後から、かすかに誰かの声が響いた。


 短い。

 抑えた声。

 追撃の合図だ。


 アシュは前を向き直る。


 ここで捕まるわけにはいかない。


 まだ、終わりには遠すぎた。


 白い光の先へ向けて、一行はさらに横穴を進んだ。

第34話でした。


ここからさらに、

この施設の本当の使い方と、イリスの痕跡が深いところで繋がっていきます。


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次話もよろしくお願いします。

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