第24話 旧巡礼路
消された道は、
辿る者だけを試すわけじゃない。
礼拝堂を出たあと、一行はすぐに北西へ折れた。
表の街道から外れ、草に埋もれかけた旧道へ入る。巡礼路だった名残は、石段の削れ方と、ところどころに残る朽ちた道標でようやく分かる程度だった。
朝の空気は薄く冷たい。
灰祈りの村を離れたはずなのに、アシュの鼻の奥にはまだ灰の匂いが残っていた。消えたわけではない。少し遠くなっただけだ。
「本当にこっちで合ってるんだろうな」
先頭を行くレオフの背に、ガルドが投げるように言う。
「古い道です。軽口を叩いていると迷子になりますよ」
「道案内がそれ言うのかよ」
「ただの忠告です」
淡々と返され、ガルドが鼻を鳴らす。
アシュは二人の応酬を聞き流しながら、後ろを振り返った。フィアナは遅れずついてきている。足取りは重いが、崩れてはいない。ルゥは先へ行っては戻り、また草むらへ鼻先を突っ込んでいた。
「足は」
アシュが短く問う。
「まだ歩けます」
「そうか」
「……本当に歩けます」
念を押すような言い方だった。
アシュは少しだけ目を細める。
「倒れる前に言え」
「はい」
「早めにだ」
「善処します」
「善処じゃなくて、言え」
その返しに、ガルドが小さく息を漏らした。
「相変わらず世話の焼き方が下手だな」
「うるせえ」
「でも、前よりは少し分かりやすいです」
フィアナまで重ねてきて、アシュは眉を寄せた。
短いやり取りのあと、また山道の空気だけが戻る。
旧巡礼路は、歩きやすい道ではなかった。
石は浮き、根は張り出し、崩れた斜面を迂回するたび足元が取られる。昔は祈りの列が通ったのだろうが、今は獣すら滅多に寄らない道に見えた。
レオフが一度だけ立ち止まり、崩れた石碑の表面を払う。
「ここです」
刻まれていたはずの文字は、半分以上が削られていた。だが、消しきれなかった線が残っている。円環の印と、灯のような紋。フィアナがそれを見つめる。
「旧燈写院へ向かう印……ですか」
「はい」
レオフが頷く。
「巡礼の終点ではなく、写しを納める側の道です。表の信仰から外れた文書は、こういう場所へ移されることが多かった」
ガルドが鼻で息を鳴らす。
「信仰から外れた、ね」
「言い換えれば、見られると困るものです」
レオフの答えは簡潔だった。
アシュは前を向いたまま問う。
「その先に何が残ってる」
「分かりません」
「分からねえ場所に連れてきてる自覚はあるんだな」
「あるから、わざわざ旧道を使っているんです」
淡々とした返しだったが、間違ってはいなかった。
旧巡礼路は、山の奥へ奥へと続いていた。
昼近く、ようやく視界が少し開けた。
崖沿いの岩棚に出る。そこから先、山の斜面に半ば埋もれるように石造りの建物が見えた。
塔ではない。礼拝堂でもない。
横に長く、窓が少ない。壁面は黒ずみ、屋根の一部が崩れている。だが骨組みはまだ生きていた。
「……あれか」
アシュが低く言う。
レオフは無言で頷く。
「旧燈写院です」
フィアナが息を呑む。
ルゥの耳がぴくりと動いた。
その建物の周りだけ、妙に風が薄い。静かすぎる。
誰もまだ動かない。
辿り着いた、という安堵より、あそこに何かが残っているという嫌な確信の方が先に来た。
「中が無事だと思うか」
ガルドが問う。
「思っていません」
レオフの返答は早かった。
「ですが、残っているものがあるなら、あそこです」
アシュは目を細める。
同じ時、胸の奥に別のざらつきが走った。
誰かに先を越された気配ではない。
誰かがすでに、あそこを見ている気配だ。
「……急ぐぞ」
短く告げ、一行は岩棚を下り始める。
旧燈写院が見えた以上、もう引き返す理由はなかった。
だがその頃、彼らとは別の場所でも、同じ名に辿り着いた者がいた。
◇
簡易天幕の中は静かだった。
外では兵が行き交い、馬の気配が絶えず動いている。だが中央の机の周囲だけは妙に温度が低い。
ルークは報告書を差し出したまま、正面の男を見ていた。
王国異端討伐隊、第三席。
クレイグ。
男は報告書を受け取っても、すぐには開かない。
「口頭で言え」
短い声だった。
命令口調だが、急かす響きではない。
ルークは一礼し、言葉を選ぶ。
「灰祈りの村周辺にて異常の増幅を確認しました。加えて、神子候補フィアナ・ルーシェの生存も」
「護衛は」
「アシュ・ヴァレンと思われます」
その瞬間だけ、天幕の空気が止まった。
クレイグの指先が、机の縁で止まる。
「……思われる、では弱い」
「断定に近いです。剣筋、行動、現場判断、いずれも一致します」
「そうか」
クレイグはそこで初めて報告書を開いた。
「ヴァルトは」
「独自に接触していた形跡があります」
「命令系統から外れているな」
「はい」
ルークは一瞬だけ迷い、それでも続けた。
「教会側の介入が深すぎます。神子候補の追跡にしては不自然です」
クレイグは少し黙ったあと、
「他には」
「灰祈りの村そのものが、通常の異常発生地点とは思えません」
クレイグは目を上げる。
「理由は」
「アシュ・ヴァレンが、あの場で神子候補を守っていました」
短い沈黙が落ちる。
重く、だが取り乱さない沈黙だった。
「……続けろ」
ルークは息を整える。
「村の底に封鎖対象がある可能性があります。記録そのものは消されていますが、教会が周辺経路に追跡具を置き始めています。何かを隠したまま回収しようとしているように見えます」
「隠す先は」
「まだ」
クレイグは数秒だけ報告書へ視線を落とし、それから机の端に置かれた古い地図へ手を伸ばした。
灰祈り周辺の名は削られている。だが、削り方の癖は分かる。
「消した線を追え」
低い声だった。
「はい」
「消す理由があるなら、消し損ねた場所もある」
クレイグの指先が、山沿いの一点で止まる。
「旧燈写院か」
ルークの表情が変わる。
「ご存じなんですか」
「知っているのではない。残り方がそこだけ不自然だ」
クレイグは報告書を閉じた。
「先に押さえる」
「教会より前に、ですか」
「そうだ」
短い返答だった。
「ヴァルトはこれ以上自由に動かすな。あれは私情が混ざる」
「はっ」
「それと」
ほんの一拍、間が置かれる。
「第一席には俺から上げる」
ルークは目を上げた。
第一席。
その名が出ただけで、天幕の空気が少しだけ張り直される。
「旧燈写院へ向かう準備をしろ」
クレイグは立ち上がる。
「アシュ・ヴァレンが動いたなら、それだけでは済まない」
ルークは深く頷いた。
表の命令。教会の思惑。ヴァルトの独自行動。
そして、灰祈りの村から伸びる消された線。
誰もまだ全体像は掴めていない。だが、もうただの逃亡劇では終わらないことだけははっきりしていた。
第24話でした。
隠された道を辿る側と、
その道の先を読み始めた側。
今回は、ようやく物語の外周が少しだけ広がった回だったと思います。
旧燈写院に何が残っているのか。
そこへ先に辿り着くのは誰なのか。
次はそのあたりが、かなり大事になってきそうです。
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