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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第3章 灰の底を踏むもの

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第24話 旧巡礼路

消された道は、

辿る者だけを試すわけじゃない。

 礼拝堂を出たあと、一行はすぐに北西へ折れた。


 表の街道から外れ、草に埋もれかけた旧道へ入る。巡礼路だった名残は、石段の削れ方と、ところどころに残る朽ちた道標でようやく分かる程度だった。


 朝の空気は薄く冷たい。


 灰祈りの村を離れたはずなのに、アシュの鼻の奥にはまだ灰の匂いが残っていた。消えたわけではない。少し遠くなっただけだ。


「本当にこっちで合ってるんだろうな」


 先頭を行くレオフの背に、ガルドが投げるように言う。


「古い道です。軽口を叩いていると迷子になりますよ」


「道案内がそれ言うのかよ」


「ただの忠告です」


 淡々と返され、ガルドが鼻を鳴らす。


 アシュは二人の応酬を聞き流しながら、後ろを振り返った。フィアナは遅れずついてきている。足取りは重いが、崩れてはいない。ルゥは先へ行っては戻り、また草むらへ鼻先を突っ込んでいた。


「足は」


 アシュが短く問う。


「まだ歩けます」


「そうか」


「……本当に歩けます」


 念を押すような言い方だった。


 アシュは少しだけ目を細める。


「倒れる前に言え」


「はい」


「早めにだ」


「善処します」


「善処じゃなくて、言え」


 その返しに、ガルドが小さく息を漏らした。


「相変わらず世話の焼き方が下手だな」


「うるせえ」


「でも、前よりは少し分かりやすいです」


 フィアナまで重ねてきて、アシュは眉を寄せた。


 短いやり取りのあと、また山道の空気だけが戻る。


 旧巡礼路は、歩きやすい道ではなかった。


 石は浮き、根は張り出し、崩れた斜面を迂回するたび足元が取られる。昔は祈りの列が通ったのだろうが、今は獣すら滅多に寄らない道に見えた。


 レオフが一度だけ立ち止まり、崩れた石碑の表面を払う。


「ここです」


 刻まれていたはずの文字は、半分以上が削られていた。だが、消しきれなかった線が残っている。円環の印と、灯のような紋。フィアナがそれを見つめる。


旧燈写院きゅうとうしゃいんへ向かう印……ですか」


「はい」


 レオフが頷く。


「巡礼の終点ではなく、写しを納める側の道です。表の信仰から外れた文書は、こういう場所へ移されることが多かった」


 ガルドが鼻で息を鳴らす。


「信仰から外れた、ね」


「言い換えれば、見られると困るものです」


 レオフの答えは簡潔だった。


 アシュは前を向いたまま問う。


「その先に何が残ってる」


「分かりません」


「分からねえ場所に連れてきてる自覚はあるんだな」


「あるから、わざわざ旧道を使っているんです」


 淡々とした返しだったが、間違ってはいなかった。


 旧巡礼路は、山の奥へ奥へと続いていた。


 昼近く、ようやく視界が少し開けた。


 崖沿いの岩棚に出る。そこから先、山の斜面に半ば埋もれるように石造りの建物が見えた。


 塔ではない。礼拝堂でもない。


 横に長く、窓が少ない。壁面は黒ずみ、屋根の一部が崩れている。だが骨組みはまだ生きていた。


「……あれか」


 アシュが低く言う。


 レオフは無言で頷く。


「旧燈写院です」


 フィアナが息を呑む。


 ルゥの耳がぴくりと動いた。


 その建物の周りだけ、妙に風が薄い。静かすぎる。


 誰もまだ動かない。


 辿り着いた、という安堵より、あそこに何かが残っているという嫌な確信の方が先に来た。


「中が無事だと思うか」


 ガルドが問う。


「思っていません」


 レオフの返答は早かった。


「ですが、残っているものがあるなら、あそこです」


 アシュは目を細める。


 同じ時、胸の奥に別のざらつきが走った。


 誰かに先を越された気配ではない。

 誰かがすでに、あそこを見ている気配だ。


「……急ぐぞ」


 短く告げ、一行は岩棚を下り始める。


 旧燈写院が見えた以上、もう引き返す理由はなかった。


 だがその頃、彼らとは別の場所でも、同じ名に辿り着いた者がいた。


     ◇


 簡易天幕の中は静かだった。


 外では兵が行き交い、馬の気配が絶えず動いている。だが中央の机の周囲だけは妙に温度が低い。


 ルークは報告書を差し出したまま、正面の男を見ていた。


 王国異端討伐隊、第三席。


 クレイグ。


 男は報告書を受け取っても、すぐには開かない。


「口頭で言え」


 短い声だった。


 命令口調だが、急かす響きではない。


 ルークは一礼し、言葉を選ぶ。


「灰祈りの村周辺にて異常の増幅を確認しました。加えて、神子候補フィアナ・ルーシェの生存も」


「護衛は」


「アシュ・ヴァレンと思われます」


 その瞬間だけ、天幕の空気が止まった。


 クレイグの指先が、机の縁で止まる。


「……思われる、では弱い」


「断定に近いです。剣筋、行動、現場判断、いずれも一致します」


「そうか」


 クレイグはそこで初めて報告書を開いた。


「ヴァルトは」


「独自に接触していた形跡があります」


「命令系統から外れているな」


「はい」


 ルークは一瞬だけ迷い、それでも続けた。


「教会側の介入が深すぎます。神子候補の追跡にしては不自然です」


 クレイグは少し黙ったあと、


「他には」


「灰祈りの村そのものが、通常の異常発生地点とは思えません」


 クレイグは目を上げる。


「理由は」


「アシュ・ヴァレンが、あの場で神子候補を守っていました」


 短い沈黙が落ちる。


 重く、だが取り乱さない沈黙だった。


「……続けろ」


 ルークは息を整える。


「村の底に封鎖対象がある可能性があります。記録そのものは消されていますが、教会が周辺経路に追跡具を置き始めています。何かを隠したまま回収しようとしているように見えます」


「隠す先は」


「まだ」


 クレイグは数秒だけ報告書へ視線を落とし、それから机の端に置かれた古い地図へ手を伸ばした。


 灰祈り周辺の名は削られている。だが、削り方の癖は分かる。


「消した線を追え」


 低い声だった。


「はい」


「消す理由があるなら、消し損ねた場所もある」


 クレイグの指先が、山沿いの一点で止まる。


「旧燈写院か」


 ルークの表情が変わる。


「ご存じなんですか」


「知っているのではない。残り方がそこだけ不自然だ」


 クレイグは報告書を閉じた。


「先に押さえる」


「教会より前に、ですか」


「そうだ」


 短い返答だった。


「ヴァルトはこれ以上自由に動かすな。あれは私情が混ざる」


「はっ」


「それと」


 ほんの一拍、間が置かれる。


「第一席には俺から上げる」


 ルークは目を上げた。


 第一席。


 その名が出ただけで、天幕の空気が少しだけ張り直される。


「旧燈写院へ向かう準備をしろ」


 クレイグは立ち上がる。


「アシュ・ヴァレンが動いたなら、それだけでは済まない」


 ルークは深く頷いた。


 表の命令。教会の思惑。ヴァルトの独自行動。

 そして、灰祈りの村から伸びる消された線。


 誰もまだ全体像は掴めていない。だが、もうただの逃亡劇では終わらないことだけははっきりしていた。

第24話でした。


隠された道を辿る側と、

その道の先を読み始めた側。


今回は、ようやく物語の外周が少しだけ広がった回だったと思います。


旧燈写院に何が残っているのか。

そこへ先に辿り着くのは誰なのか。

次はそのあたりが、かなり大事になってきそうです。


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次話もよろしくお願いします。

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