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灰の王は赦されない  作者: 星喰ゆう
第2章 灰祈りの残火

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第16話 祈り場の底

焼け跡の真ん中には、

たいてい、一番見たくないものが残る。

 灰が、ふわりと舞い上がる。


 ルゥの唸りは止まらなかった。

 白い毛を逆立てたまま、祈り場の奥を睨んでいる。


 フィアナは青ざめた顔のまま、一歩も引かなかった。

 首元の加護が、脈を打つみたいに明滅している。


「……あれ」


 震える声だった。


「ひとつじゃ、ありません」


 アシュは剣の柄を握る手に力を込める。


「何が見える」


「見える、というより……重なっています」


 フィアナは目を逸らさずに答えた。


「いくつもあります。でも、ばらばらじゃないんです。奥で、ひとつのところに集まっているみたいで……」


 ガルドが低く舌打ちした。


「最悪だな」


「何がどう最悪なんだ」


 アシュが問うと、ガルドは祈り場の前を顎で示した。


「そこ、踏むなよ」


 短い警告だった。


 アシュは足元を見る。

 祈り場の前に沈んだ灰は、ただ積もっているように見えて、底がない。

 風もないのに、ゆっくり揺れている。


「地面じゃねえみたいだな」


「そう見えるなら、まだマシだ」


 ガルドの声は低かった。


「見たまま足を出したやつから、引かれる」


 フィアナが小さく息を呑む。


「引かれる……」


「心ごと持っていかれる、って言った方が近えかもな」


 その言い方に、アシュの眉がわずかに寄る。


 ルゥが灰の縁を避けるようにして、半円を描いた。

 まるで、そこから先へ行くなと示しているみたいだった。


「……分かってやがるな」


「そいつは最初からそうだろ」


 ガルドが吐き捨てるように返す。


 フィアナは胸元へ手を当てたまま、祈り場の奥を見つめ続けていた。


「ここ、下があります」


 アシュがそちらを見る。


「下?」


「はい。建物の奥じゃなくて……もっと下です」


 フィアナは苦しげに息を整えながら言う。


「深いところから、何かが滲んでいます」


 その言い方に、ガルドが小さく舌打ちした。


 アシュは見逃さない。


「知ってる顔だな」


「……昔から、変な噂はあった」


「どんなだ」


 ガルドはすぐには答えなかった。

 祈り場を睨んだまま、嫌そうに息を吐く。


「この村じゃ、昔から祈りが返るって言われてた」


「返る?」


「願えば叶うとか、そういう立派な話じゃねえよ」


 声は低く、棘があった。


「失くしたもんが戻るとか、助からねえはずのもんが助かるとか……そんな、都合のいい話ばっかりだ」


「胡散臭えな」


「だから俺も信じてなかった」


 ガルドは短く返す。


「だが、信じるやつはいた。すがるやつもいた」


 フィアナの表情がわずかに曇る。


 祈り札。

 焼け残った家。

 子どもの衣。

 ここまで見てきたものが、その言葉の中で一本に繋がる。


 アシュは祈り場の崩れた入口へ目を向けた。


「それで、あれが残ったってわけか」


「そんな綺麗に繋がるなら楽だったろうな」


 ガルドの返しは苦かった。


「俺にも全部は分からねえ。ただ……あの奥には、昔から誰も近づきたがらねえ場所があった」


 アシュが一歩踏み出す。


「なら見に行く」


「待て」


 珍しく、ガルドの声に強さが混じった。


「不用意に近づくな」


「ここまで来て今さらだろ」


「そうじゃねえ」


 ガルドは祈り場の奥を睨んだまま続ける。


「まだ形になりきってねえ。こういう時が一番タチ悪い」


 フィアナが小さく息を乱す。


「……います」


 アシュの手に力が入る。


「見えるのか」


「見える、というより……近いです」


 声がわずかに震えていた。


「一つじゃありません。でも、散っている感じでもないんです」


 ガルドが顔をしかめる。


「最悪だな」


「さっきも聞いた」


「言いたくもなる」


 吐き捨てるように言ってから、少しだけ声を落とした。


「だが、ああいうのは見たことがある。近づいたやつが飲まれる時の空気くらいは分かる」


 飲まれる。


 その言葉に、アシュの眉がわずかに寄る。


「心を引かれる、ってやつか」


「それだけで済めばマシだ」


 ガルドは短く答えた。


「見たくねえもんを見せられて、そのまま足が止まる。止まったら終わりだ」


 フィアナが喉元を押さえる。

 加護の光が、ひときわ強く脈打った。


「フィアナ」


「……大丈夫です」


「無理なら下がれ」


「下がりません」


 その返事は思った以上にきっぱりしていた。


 アシュが見ると、彼女は青ざめてはいたが、目だけは逸らしていない。


「ここまで来て、何も分からないまま戻る方が怖いです」


 静かな声だった。

 けれど、芯は強い。


 アシュは短く息を吐いた。

 止めても無駄だと分かった時の、それだった。


「勝手に倒れるなよ」


「はい」


 ほんの少しだけ、フィアナの口元が和らぐ。


 そのやり取りを聞いていたガルドが、呆れたように鼻を鳴らした。


「似た者同士かよ」


「どこがだ」


「引くべきとこで引かねえところが」


 返そうとした、その時だった。


 祈り場の奥で、何かが動いた。


 ぎし、と。


 乾いた音が、今度はさっきより近い。


 アシュは反射で前へ出る。


 次の瞬間、崩れた柱の影から灰色のものが飛び出した。


 人影に見えた。

 だが人じゃない。


 焼け焦げた布のようなものを引きずり、細長い腕を振り上げた異形が、真っ直ぐフィアナへ伸びる。


「下がれ!」


 アシュが斬り込む。


 剣が肩口を裂く。

 灰が散る。

 だがそれでも止まりきらない。


 横からガルドの矢が飛んだ。

 異形の首元を貫き、ようやくその動きが鈍る。


 ルゥが低く唸って飛びかかった。

 喉元へ食らいつき、地面へ引き倒す。


「今です!」


 フィアナの声とともに、白い光が走る。


 強烈な一撃ではない。

 だが、光に触れた瞬間、異形の輪郭がぶれた。


 アシュは踏み込み、今度こそ首を断つ。


 異形はその場に崩れ落ち、灰の塊みたいに沈んだ。


 だが散らない。


 さっきまで森で相手にしていた影とは違い、崩れたあとも地面にべったり残っていた。


「……何だこいつは」


 アシュが吐き捨てる。


 フィアナが息を乱しながら答える。


「さっきまでのと違います。近いです……あの奥にあるものに」


 ガルドが低く舌打ちした。


「やっぱり外まで滲んでやがる」


 ルゥはまだ唸っていた。

 倒れた異形にはもう興味がないらしい。

 視線は最初から最後まで、祈り場の奥へ向いたままだ。


 アシュは異形の残骸を見る。


「見張り、か」


「たぶんな」


 ガルドが答える。


「村の外でうろついてた連中より、こっちの方がよっぽど厄介だ」


 アシュは剣を下ろさない。


 見張りだとすれば、奥に本体がある。

 そう考えるのが自然だった。


 フィアナが、祈り場の方を見たままぽつりと言う。


「……悲しいです」


 その言葉に、アシュもガルドも返せなかった。


「怖いんです。でも、それだけじゃなくて……苦しいのに、ずっと待っていたみたいで」


 彼女の声が、少しかすれる。


「何かになりたかったのに、なれなかったような」


 ガルドが顔を背けた。


「やめろって言ってんだろ」


「ガルドさん」


「そういうふうに聞こえるなら、なおさら近づけたくねえ」


 珍しく、はっきりした拒絶だった。


 アシュは祈り場とガルドの横顔を交互に見る。


「お前、何を見た」


「……子どもだ」


 絞り出すような声だった。


 アシュの目が細くなる。


「何?」


「昔、ここで見つかったのがある」


 ガルドは祈り場の奥を睨んだまま、低く続ける。


「埋められてたのか、捨てられてたのかも分からねえ。だが、子どもみてえなのがいた」


 フィアナが息を止める。


「生きていたんですか」


「知らん」


 即答だった。

 だが、その即答には切り捨てきれない重さがあった。


「もう人に見えなかった。だから俺は、二度と近づかなかった」


 その時、風が吹いた。


 灰がふわりと舞い、祈り場の奥の暗がりがわずかに揺れる。


 そして、聞こえた。


 声だった。


 耳元で囁かれたわけじゃない。

 風に混じっただけでもない。

 頭の奥を直接撫でるみたいに、曖昧な音が重なって届いた。


『――みて』

『――まだ』

『――えらんで』


 フィアナが小さく肩を震わせる。


「聞こえます……」


 アシュは舌打ちしそうになるのを堪えた。


「何て言ってる」


「短くて……でも、重なっていて……」


 フィアナは目を閉じかけて、すぐに開き直す。


「ひとつだけじゃありません」


 ルゥが一段低い唸り声を漏らした。

 それと同時に、祈り場の奥の黒い灰が、ゆっくりと持ち上がる。


 アシュの全身が強張る。


 まだ出てきてはいない。

 だが、確かに何かが形を取ろうとしていた。


「下がるぞ」


 アシュが低く言う。


 今度はフィアナも反論しなかった。

 さすがに分かったのだろう。

 これは今ここで突っ込んでいい相手じゃない。


 ガルドが頷き、じり、と一歩引いた。


 その瞬間。


 村の外れの方角で、乾いた音が鳴った。


 金属だ。


 剣か、短刀か。

 何か硬いものが石を弾いたような、人工の音。


 アシュの目が鋭くなる。


「……人だな」


 ガルドもすぐ顔を上げる。


「このタイミングでかよ」


 フィアナが不安そうに振り返る。


「追手、でしょうか」


「たぶんな」


 アシュは短く答えた。


 最悪だった。


 祈り場の奥には、まだ姿を見せきらない何かがいる。

 しかも、後ろからは人間が入ってきている。


 挟まれる形になる。


 ルゥがフィアナの前へ戻り、毛を逆立てたまま低く唸った。


 ガルドが弓を持ち直す。


「面倒どころじゃねえな」


「最初からそう言ってるだろ」


 アシュは剣を構えたまま、祈り場と村の外れの方角を交互に見る。


 どっちも見なければならない。

 どっちから先に来るかも分からない。


 その中で、祈り場の奥の気配だけが、少しずつ濃くなっていく。


『――まだ』


 今度はアシュにも、ほんのかすかに聞こえた気がした。


 耳じゃない。

 胸の奥に沈むような、嫌な響きだった。


 アシュは息を吐く。


 逃げるには、もう遅い。

 進むにも、相手が悪すぎる。


 それでも剣を下ろす理由にはならなかった。


「フィアナ、俺の後ろにいろ」


「はい」


「ガルド」


「分かってる」


 短いやり取りのあと、三人と一匹は崩れた祈り場の前で立ち位置を変えた。


 前には、形を持ちかけた何か。

 後ろには、近づいてくる人の気配。


 灰祈りの村は、ようやく牙を見せ始めていた。

第16話でした。


村の中心まで踏み込んで、

ようやく“残っているもの”の輪郭が見え始めました。


ここからさらに、

灰祈りの村の異常と、アシュたちを追う人間側の動きが重なっていきます。


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次話もよろしくお願いします。

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