表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カムサビ  作者: わゆ
【3章】調和編
25/27

それとすむもの 8

 籠ノ目、籠ノ目

 籠の中のあなたは、いつまでも囚われたまま




 見慣れた景色、目新しさの無い街、勝手知ったる友人と血の通った家族。

 

 近くにいる時は飽きを感じ距離を取りたいと思うが、いざ離れるとかけがえのないものと気付く……そんな存在。誰にだって心当たりの一つや二つぐらいあるだろ?オレも例外ではない……ただ、その全てが全て、離れて初めて気付くものであり、ようやく理解出来るもの。

 ――残念ながら、オレも例外ではなかっただけの話。


「いやー、初めて入ったお店だったけど案外良かったねー!」

「そうね、料理の割に値段も安めで家計に優しいわね」

「……」

 家族の団欒――モールにある中華料理店で食事後、三人でダラダラと歩いている。

 

「アキ!どこ寄りたい?」

「……答えても、どうせ移動中に見つけた店が気になって急に予定変更するんだろ?」

 

「正解ー!流石は私の弟様だ!」

「はぁ……好きにしろよ」

「あんたたち仲良いわねー」

 このやり取りのどこを見たらそう思える?

 

「あっ!あそこ良さそう!お母さん、行こう行こう!」

「はいはい、そんなに急いだってお店は逃げたりしませんよ」

 

「欲しかった商品が誰かの手に逃げるかもしれないじゃん!」

「二人で先行っててくれ、オレはトイレ寄ってから向かうよ」

 気になったら止まれない、行くと決めたら是が非でも行く……暴走列車の如く、家族ヒエラルキー栄光の1位に君臨する我が姉は、今日も今日とて猪突で猛進だ。

 

「はいはーい!30秒で戻ってきてね!」

「分かったから迷子にならないでね?」

 姉はいつものように無茶振り、母もいつものように童子扱い。家族ヒエラルキー最下位のオレの扱いは固定化されている。二人を見送りながら逆方向にあるパブリックトイレへと向かう。

 ――二人が向かった先に、"それ"がいるとも知らずに。


 お手洗いを済ませ、二人の後を追うように指定の店へと足早に向かう。

 

「早く行かないと、またバカにされるな……」

 休日なこともあってか、家族連れやカップル客が多い。迷惑にならないように早歩きで移動していると、少し離れた場所から誰かの悲鳴が響いてくる。

 

『きゃぁぁあああああ!!!』

 

 その声で、僅かに足が止まる。現実味の無い悲鳴、悪夢から醒めたような気配、何かのスイッチが入ったような直感――寒気が全身を襲い、足がすくむ。

 

「なんだ……?」

 咄嗟のことに状況が把握出来ない。周囲を見渡すと、悲鳴に気付かず楽しげな客もいれば、少し不穏な表情を示す客、野次馬根性で声のする方へ向かう客……その方向は。

 

「そっちには二人がいる……!」

 心臓の跳ねる音が鮮明に聞こえる。得体の知れない緊張が身体を縛り付け思考を鈍らす。

 

「さっきの悲鳴も気になるが、それよりも……」

 五感が悲鳴を上げている、全身から警報音が鳴り響いているようだ……

 

「ビビるなっ!行くぞ……!」

 床に縫い付けられたように重い足をどうにか動かし、人目もくれず走り出す。

 

「二人とも大丈夫か……?」

 ドクン、ドクン!と、心臓が大きく跳ねる。

 

 人波を掻き分け、悲鳴の上がったであろう場所に辿り着くと……思考が理解を拒絶した。

「……」

 

 そこにあったはずの店舗が、人の手では壊しようの無いコンクリートの壁や柱も、店内の陳列棚も客の気配も全て……文字通り"消えて"いた。

 ――その店は、母と姉が立ち寄った場所。

 

「えっ……」

 まるで巨大なスプーンで空間ごと掬い取られたかのように、綺麗な曲線を描く"球形"の虚無が口を開いている――人だかりを出迎えるように、大きく、大きく。

 

「あっ、へ、はっ……?」

 言葉にならない。

 

 床や天井の断面に焦げ跡や破片も無く、余りにも滑らかに断絶されていた。

 

「母さん……」

 その穴の向こう側、本来であれば厚い壁に遮られているはずの外の景色が、額縁に収まった絵画ように場違いに露出していた。

 

「姉さん……」

 抉り取られた範囲に一切の未練は残されていない――そこにあるのは、消失と喪失の事実だけ。

 

「はぁ、はぁ……」

 脳が処理を拒んでいる。身体が適応を拒んでいる。心が現実を拒んでいる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 周囲の喧騒とパニックを無視して、群衆一人一人の顔を必死になって確認していく。時には強い力で相手の服を掴むことも厭わない。他人のことなんてどうでも良い、無関係だ……今はただ、二人のことだけを考えろ!

 

「どこっ!どこに……?お、おい……!?」

 

 オレの思い違いであって欲しい……只の勘違いであって欲しい……人混みからヒョコっと顔を覗かせて欲しい……姉の気紛れで、実は別の店舗に行っていたとか、どうだろう……?うん、なかなか有り得る可能性だ!あいつなら平然とやる、今にも目に浮かぶようだ!あぁ、このパターンは十分考えられる……ははっ、簡単な推理だよワトソン君……また姉にバカにされてしまうな。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 額に伝う現実が、視界を不自然に歪ませる。それを拭う暇は無い……何度も何度も何度も同じ場所を行ったり来たり、狂ったように周囲を見渡す。

 

「あぁ、あっ……はぁ……はぁ……」

 肺が焼けるように熱い、荒い呼吸で喉の奥が次第に痛みを伴っていく。

 

「なっ、え、はぁ、かぁ……ん……ねえさ……」

 心臓が人体を破壊せんと意思を持つかのような脈を打ち、指先の感覚が途切れ始め、思考が真っ白に凍えていく。

 

「ああ……」

 否定が否定される。

 

「あああぁ……あぁ……」

 拒否が拒否される。

 

「あぁ、あう……あああ……」

 拒絶が拒絶され、現実に身を灼かれる。


「ああッ……あああああああッ……!!!」

 魂の最奥から這い上がってきた怒号は叫びとなり、理性の崩壊を告げる獣の咆哮だけが虚無の穴へと轟く。


 踏み躙られ千切れたレシートと、不恰好に転がる誰かの靴――どれだけ叫んでも何も答えない。


 籠ノ目、籠ノ目

 籠の中のあなたは、いつまでも囚われたまま?

次話は5/21 6:00投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ