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カムサビ  作者: わゆ
【3章】調和編
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それとすむもの 7

 籠ノ目、籠ノ目

 籠の中の"あなた"は、いついつ出やる?


 聞き馴染みのある音階が響く――耳を通さず脳に直接訴えて掛けてくるようだ。


「どちらに行かれるんですか……ふふっ」

 周囲には遮光物は無い、それなのに目の前には道路にこびりつく影一つ。

 

「誰だ?」

 違和感を放つ影は、意思を持ったようにグニャリと動き出し、やがて人の形を作り出す。

 

「どうも、協会の物忌さん……ふふっ」

 

 首元に獣の毛皮が縫い付けられ、何かの呪文のような手縫いの刺繍が至るところに散りばめられている重厚な外套を纏い、煤に焼かれたり擦り切れていたりと着古しているのがよく分かる。また、研磨されていない石や何かの骨を組み合わせた首飾りを掛けている。

 

 その顔立ちは驚く程に白く、目の下には死人のような濃い隈が刻まれている。手入れのされていないボサボサな黒髪は彼の優先度の表れであり、自分のことより遠くにいる"誰か"の為に人生を費やしていると思わせる乾いた瞳をしている。

 

「俺を協会の人間だと知っているのか?」

「えぇ、もちろん……御霊還しをするのは協会所属の物忌だけですからね……ふふっ」

 そうだろうとは思っていたが、やはり同業の人間か……協会では無い、このタイプで禍津は考え辛い……となると、残り2組織のどれか。

 

「失礼ですが、所属をお聞きしても?」

「ご丁寧にどうも……私は"調和のミナ"と申します……ふふっ」

 調和――主の望む世界の均衡を保つ者。

 

 籠ノ目、籠ノ目

 

「調和の方でしたか。俺は協会所属のソラと申します」

「ソラさんですか……今後とも仲良くして下さいね……ふふっ」

 アキに以前少し話した程度で、俺も調和について詳しい訳では無い。さて、どうするか……

 

「せっかくのご縁ですので、本来であれば一緒にお茶でもと思っていたのですが、任務中でして……すいません」

「こちらこそお忙しいところ失礼しました……ふふっ。因みに、どちらへ向かわれるのですか……?」

 調和は不適に笑う。

 

「シャボン玉を見に行こうと」

「ふ、ふふふっ、ふふぁはっはははははっ!!!」

 俺の言葉に、調和は声を大にして叫ぶように笑う。

 

「ソラさん……主を"シャボン玉"に見えるのですか……?」

「主とは何を指すのかは知りませんが、俺からしたら世界はシャボン玉で出来ています」

 彼に何が刺さったのかは知らないが、ゆったりとした足取りで数歩程こちらへ近付いてくる。そのまま乾いた瞳の瞳孔を広げたまま口を開く。

 

「合格です、ソラさん……ふふっ」

「何がです?」

 

「あなたには、"調和"たる資格がある……協会なんて今すぐに見限って、主の御心のままに我らと調和を築きませんか……ふふっ」

 彼は本気で言っている……それだけは分かる。どれだけ荒唐無稽で無理難題であろうと関係無い。調和は全員そうなのか……?少なくとも調和のミナに嘘偽りは無いのだけは確か。

 

「俺が調和に鞍替え……?それはそれは、突然ですね」

「突然ではありませんよ……それは運命であり必然の出会いです……ふふっ。主が我らを巡り合わせたに違いありません……正に、神のお導き……ふふっ」

 調和が周囲と呼ぶ存在とは……?まぁ彼の反応を見れば予測は付く。

 

「俺は"境界"を見るのは好きですが、それによる被害は認めませんからね」

「……ソラさん。私の前で、主をそう呼ぶのですか……?」

 先程までの好奇心に掻き立てられた表情は消え、憤慨にも似た疑念が彼を占めていくのが伝わってくる。それはそうだ、俺は敢えて相手の理念を踏み躙ったのだから。


 籠ノ目、籠ノ目

 

「俺は何度でも言いますよ。境界はシャボン玉であり、シャボン玉は境界であると」

「……」

 

「境界を"神さびるもの"であると思っていますが――"神そのもの"とは思っていません。残念ながら認めることは出来ませんよ」

「シャボン玉に見えるあなたが、な、何故そんなことを……ふ、ふふっ」

 

 明らかな動揺――10年来の親友から裏切られたような、全てを費やしてきた信仰が欺瞞であった時のような、絶対にあってはならない真実を目の当たりにした絶望。

 

「ふふっ……ふふっ……ふふふっ……」

「御用が済んだのであれば、先に失礼しますよ」

 ミナの真っ白な肌がより青み掛かり、口元を震わせながら笑うことしか出来ないでいる。それを尻目にゆっくりと歩き出し調和の横を通り過ぎようと動き出す。

 

選霊(せんれい)……主は、主は、主はっ……!あなたを認めないぃぃぃいいい……!!」

「それはあなたの感情の問題では?……シャボン玉に意思なんてありませんよ?」

 

 調和構成員であるミナは何かを祈るように天を見上げ、恍惚とした表情を浮かべながら、代弁者たらんと語気を荒げて説く。ただそれは、余りにも主観でしかなく、俺からしたら説得力に欠ける言い分であった。

 ――シャボン玉は人類の協力なんて求めていない。

 

「ソラさん……あなたも選霊の邪魔をするのですね……ふふっ、ふふっ」

「邪魔はしません。ただお還り願うだけです」

 一歩、また一歩……調和と協会は近付いていく。地面を蹴る軽い音が二人の明確な違いを教えてくれる。

 

「そうですか……せっかく資格があるのに……勿体無いです……ふふっ」

「俺には役不足さ」

 調和とすれ違う時、か細い糸がギリギリ保ってた二人の"調和"は、あっさりと手放された。

 

「言うに事欠いて、役不足とは……偽善の協会があぁぁぁあああ……!!」

「おぉ、まさか本来の意味で解釈するとは……」

 自分で発言しておいて何だが、思わずツッコミが溢れる。


 籠ノ目、籠ノ目

 ――後ろの正面、だぁれ


 脳に直接響く声、あのメロディーに乗せたムスビの呪い、絶え間なく聴こえてきた"調和の信仰"。

 

「大したものだ、対処方法を知らなければ術中に嵌ってしまうだろうな」

「……ふひっ!」

 俺の平坦な声が余程驚いたのか、情けない声を出す調和。その息遣いが現状を正確に伝えている。

 

「調和式の結璽術(けっしじゅつ)……厄介な術だが、俺には通用しないさ」

「な、なんでぇ……!?ムスビの唄が絶えず聴こえていたはず……!」

 籠ノ目から始まるムスビの唄――それが発動までの慣らし。

 

「聴こえていたさ。あんた歌唱力あるな、俺も見習いたくなったよ」

「そんなこと聞いている訳では……ふふっ、ふふっ」

 率直な感想だったんだが……ミナは俺の言葉に苛立ちを隠そうとはしない。

 

「俺の感想は無下にしてくれて構わないが、要は"幻惑術"なんだろ、それ」

「……っ!?」

 驚愕の表情、あわあわと口元を何度も動かしている。

 

「それに、得体の知れない相手を前に……俺が何故こんな至近距離にいると思う?」

「ほ、本当に……!?」

 二人の距離は1メートルも無い、手を伸ばせば簡単に届く距離――俺は"ある物"を踏んでいるから。

 

「ミナさん、あなたの"影"が弱点。俺が踏んだ瞬間に、調和の術は解除されているのさ」

「……」

 調和はゴクリと喉を鳴らす。その音がやけに大きく聞こえた。

 

「"音"は古来より、神への祈りや意思を代弁する為に用いられた歴史がある。つまりは、声も唄も同様の意味を持たせることが可能――言霊とか有名だ」

「ソラさん、あなた……」

 

「創造と調和、精神の真理への到達、予言……人類は音を知り言葉を手にした。調和式はそこが由来かな?」

 唄を満たして言葉巧みに誘導する――その手法の終着は、幻惑と相場は決まっている。

 

(かご)(とり)が……」

「この術はそんな名なのか、まだ知らないことばかりで勉強になるよ」

 完全に相手の不意を突く格好――ミナは今まで術を破られたことが無いか、知ってそうな相手には別の手段を用いていたのだろう。

 

「それに、籠ノ目……籠目(かごめ)に対応か、その唄は調和式のムスビを結界として周囲へ展開させる運用にも繋がっている訳だ、手が込んだ仕掛けだな」

 

 それでも今回の術には弱点が多い。この手の術者は接近戦に弱い、発動まで相手との距離が必要なこと、奏上を言い終えないといけないこと、最後に――後ろの正面である、自分自身の影を踏ませないこと。調和の手法を知っていれば対抗策はいくつか思い付く……何故知っていたか?

 調和と聞いた瞬間、俺は"あの人"から聞いた言葉を思い出していたから。


 『調和は"それ"の下僕と化している。それの道を阻む者には、唄を聴かせて惑わし行動不能にさせる……調和という名のハッキングみたいなものさ。だから戦闘になったら、唄の内容に注視すればどうにかなるよ、ソラ』

 

「幻惑に掛けて何をさせたかったかは知らんが、まぁ……ロクな結果にはならないだろうさ」

「許さない……ふふっ、ふふふっ」

 壊れたように嗤い、それを無視して静かに告げる。

 

「さて、これで幕引きだ!」

「許さないぃぃいいい……!!」

 ミナが振り返ろうとしても時既に遅し、俺の準備は済んでいる。

 

詞奏術(しそうじゅつ)・略式――浄断(じょうだん)


 光の杭が調和を無慈悲に貫く。

5/20 6:00投稿予定です。

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