それとすむもの 6
籠ノ目、籠ノ目
籠の中の鳥は、いついつ出やる?
協会本部を出てすぐに、本部付の玉仕であるササキさんから着信が入る。
「ササキさん?」
「どうも、ソラさん。さっきぶりです!」
「本部に出戻れとは無いですよね、ツミキに何か言われても無視で大丈夫ですよ?」
「いやー、それはさっき命令されたのを無視したばかりなのですが……それとは別に、ちょっと不思議なことが起きていて……」
既に無視していたのか……相変わらず面白い女性だ、それにツミキの評価が低いと、何故だか嬉しくなってしまうな。
「境界対応を物忌へ依頼する際、本来であれば担当地域の玉仕から連絡する流れになっているのはご存知ですよね?」
「そうですね。俺たちの地域で言えば、玉仕のダテさんからいつも依頼の連絡をもらっています」
協会は全国各地の境界対応を担っている。玉仕と物忌に担当地域を割り振って管理させ、境界顕現時は本部を通さずスムーズな連携を取れるようになっている。本部と物忌の間で細かい調整をしてくれているのが玉仕である。
「それが、先程からダテさんと連絡が取れなくて……」
「ダテさんと連絡が取れない……任務中なのでは?」
「その可能性は大いにあります。ただ、何と言うか……任務中だからではなく、ちょいちょいノイズに阻まれて通信障害を起こしているみたいな感じと言うか……」
任務中であれば、どこかで"それ"が顕現しているということ。俺が対応出来ない場合は、アキが上手くやってくれているはず。それに、通信障害……?
「しかも、追加で不思議なことも起きているんです……最早、事件です」
事件……?どういうことだ。
「詳しく聞かせてもらっても?」
「はい……ソラさんたちの担当地域にて、境界が"連続顕現"しています」
連続顕現……短時間に境界が次々と顕現しているってことか?そんなこと今まで無かった……正に事件とも言える。
「アキはどうしていますか?」
「えっと……あっ!情報を更新したら、アキさんとダテさんが2個体の御霊還しを完了してくれています!」
二人で頑張ってくれている……例の無い連続顕現で大変だろう、俺も早く合流しないと。
「これから残りの対応で移動するところですかね……うん?あれ……?」
ササキさんが困惑した声を漏らす。
「どうしました?」
「あれ、アキさんとダテさんの反応がプツンと電源を切ったように切れました……」
反応が消える……それは有り得ない。協会の物忌と玉仕は特殊な法術で位置情報を本部に把握されている。その術はムスビビトの心臓に埋め込まれている為、心拍を介して生死までも確認可能だ。二人の反応が消えたと言うのであれば……
「すぐに向かいます!二人はどこで反応が消えましたか?」
「お願いします……!場所は、えっと……きゃあ!なんで……!?あっ、そんな……」
電話越しに聞こえる悲鳴と困惑の声。
「ササキさん!?」
「ソラさん、すいません……二人の捜索は待って下さい」
何を言っている……?それより優先度の高い用なんて無いはずだ。
「境界が新たに顕現しました……まずは、そちらの対応をお願いします……!」
そんなバカなっ……!弁が壊れて止まることを忘れた水のように、連続顕現はどこまで続くと言うんだ!?
「場所と規模を教えて下さい……」
アキはどうしている……ダテさんも無事なのか……二人の状況をすぐにでも確認したい一心だが、物忌は対境界の為の存在だ……仲間の心配よりも優先しなければならない。
「……説明は以上です。ソラさん、心中お察ししますが、まずは……!」
「えぇ、分かっています……すぐに顕現地へ向かいます」
クソっ……胸中で悪態を吐きながら、俺は現場へと向かう。
移動中、アキへ連絡するも応答は無く、不在のまま……ダテさんに連絡しても自動音声だけが返ってくる始末……本当にどうなってる?
「アキ、大丈夫か……」
胸のざわつきが全身を小刻みに震わす。普段より足がもつれて歩きにくいし、少し移動しただけで肩で息をしてしまう……信号を待つ間もソワソワと注意を乱され、じっとしていられない。
「すぐ行くから……」
この姿をアキに見られたら確実に笑われてしまう……先日の物忌殺しの件では何も感じなかったが、それが今はどうだ……?全く足並みが揃っていない……情けない限りだ。
公共交通機関などを利用して着いたのは、どこにでもある何気無い踏切道。日光で鈍い反射を見せる線路と、舗装したばかりであろうアスファルトがキラキラと煌めく。
――境界は、踏切の真上に鎮座していた。
「シャボン玉……」
神秘的で色気のある艶。希望と絶望を混ぜ合わせたような配色。自然に溶け込んでいるが、余りにも隔絶した異様な圧。空気を吸い込み膨れ上がったような球形。
「時間が無い、さっそく始めるか……」
――御霊還しを行う。
今回は、顕現場所を上手く利用する。つまりは、踏切を祓戸に活用すれば良い。
バッグからマッチ一本と水の入ったペットボトルを取り出す。次に、踏切を前にして道路の左端にマッチ、右端に蓋を開けたペットボトルをそれぞれ置く。
「後は、待つだけ……」
静寂を声を聞きながら、その時を待つ。
「………………きたっ!」
遮断機の無機質な赤い光が左右にステップを踏み、カン、カン、カンと警告音が規則的に不協和音を奏でる。
縞模様の遮断桿が隔てるのは、線路と道路だけではない――遮断桿を"門"として設定し、降り切ることで踏切内を閉じ込め、ムスビにより祓戸に変える。
「これで、場に成った」
最後の仕上げ――ムスビを練り"それ"が通る前に奏上する。
「詞奏術・下段――和合ノ詞」
火の神、水の神、生り坐せる
渦巻き、禍巻き、和合も白す
和合ノ詞は、その字の通り陰陽和合に由来している――対になる存在同士が、交わり重なり混ざり溶け合うこと。即ち、現世と"元いた場所"を一つに繋ぐということでもある。
左端に置かれたマッチはブワっと優しい火花を咲かせ、右端に置かれたペットボトルは水がブクブクと沸き立つ。左と右は対の関係――左は陽であり火である。右は陰であり水である。これも立派な和合。
祓戸は和合に整えられている……では、境界は何と対になるのか?
ガタンゴトンとレールの繋ぎ目を通る音がどんどんと近付いてくる――そのまま境界を貫通するように電車が目の前を通過していく。
「ふぅ……」
電車の通過後、マッチは水を浴びたように濡れ、ペットボトルの中身は蒸発、そして――境界は綺麗に消えていた。
「御霊還し完了……」
詞奏術・段式の中でも、下段術はムスビの消費量が比較的少なく威力もそれに比例しているのだが、今回の境界は普段より規模が大きかった為、左と右、火と水のように和合を強め、本来の威力より強化させた状態で奏上した。その分、消費されるムスビも増えるが、それは致し方無い。
「シャボン玉……バイバイ」
――誰かに向かって、小さく呟く。
そのままスマホを取り出し本部へと連絡する。
「お疲れ様です、ソラさん!」
「ササキさんですか、任務完了しました」
電話越しのササキさんは、いつものように明るく愛嬌を感じさせる。ただ、それは俺への配慮というのも分かっている。
「ありがとうございます!これからですが……」
「分かっています。アキたちが向かおうとした境界ですよね?」
「助かります……!」
「それで、アキたちの状況は何か分かりましたか?」
「それが、まだ何も……調査班を本部から送り出してはいますが、まだ連絡はありません……申し訳ありません」
「ササキさんが謝る必要は無いですよ。俺が急いで向かえば良いだけです……!」
「すいません……宜しくお願いします!」
電話を切り、次の現場へ向かおうとした矢先、あのメロディーが頭蓋に反響して脳を刺激する。
籠ノ目、籠ノ目
籠の中の"あなた"は、いついつ出やる?
次話は5/19 6:00投稿予定です。




