それとすむもの 5
「主は選霊であり、選霊は"シャボン玉"なんですよ、アキさん……ふふっ」
――選霊との"調和"が、私たちの理念であり主義なんです。
籠ノ目、籠ノ目
籠の中の"あなた"は、いついつ出やる?
協会では"境界"と呼び、禍津では"神錆"と呼び、調和では"選霊"と呼ぶ――世界に顕現する"それ"の本当の姿とは、まだオレには計りきれない。
「選霊ですか……」
「はい、主は世界を正そうとしています……ふふっ」
ソラさんから以前聞いた、Cの集団――曰く、主は世界の均衡を保つもの。生きとし生けるものを管理し、慈悲と時には鉄槌を振り落とすものである。御心のままに我々は生きれば良い。事前に聞いていた通りだ、調和がその系譜なのだろう……オレには全く理解出来ないが。
「どうやって……?」
「簡単なことです……ふふっ」
燃え盛る車の残骸、吹き飛ばされた仲間の肉体、黒煙立ち昇る地獄絵図を前に、調和のミナは狂信的とも言える純粋さを見せつけながら立っている。
「選霊とやらで、あなたたちは何を成そうとしているんだ……?」
爆炎の熱気と黒煙が刺激臭と絡み合う中、ミナは両手を高らかに左右に広げ、陶酔するように天を仰いだ。その瞳は一切の曇りも見えず、目の前の惨状も映っていない。ただ一人、どこかにいる選霊を見つめているようだった。
「世界を均す神の機構であり機能なのです……!主は哀れな人類に慈悲を与えることを決めました……ふふっ。それは――人間社会の破壊と再生。定めのままに顕現され世界を均す……人類は愚かにも肥大し、それに比例するように文明を築いていきました……まるで人が神にでもなったようではありませんか、それは完全なる思い違いです……そこで主は、慈愛に満ちた鉄槌を振り下ろすことで均衡を保とうと考えたのですよ……ふふっ。私たち"調和"は、主の御心のままに付き従う者……その御業の全てを支援します。全人類は、この無慈悲な救済を受け止め、それを唯一の信仰として命を全うすれば良いのです……ねぇ、アキさん……ふふっ」
「……いや、いや、いやいやいや」
人間の思考は立場や環境によって、ここまで異なるものなのか……?禍津の考えも違ってはいたが一定の理解も出来た……だがしかし、こいつらは何を言っている……?境界、いや……選霊の顕現を認め、その行いの全てを受け止めることが世界の正しさなんて、そんなこと……
事前に聞いていた内容と確かに合致している……だがしかし、本人の口から目の前でこうやって聞かされると全く違った印象を受ける。理解不能ではまだ甘い……拒絶反応で今にも"殺したく"なってくる……!!
「そんなこと、許せるはずが無いっ!!!」
今の今まで何とか踏ん張っていた感情の表面張力が崩壊した。
「選霊でも境界でも呼び方なんてどうでも良い!あれの顕現を野放しにしたら、どけだけの被害が出ると思っているんだっ!?」
狂信者であろうミナを、怒りの感情を乗せた鋭い視線で睨み付ける。ソラさんから調和に関することを他にも聞いていた気がするが、今は何も思い出せない……それよりもやるべきことがある……!
「それで消滅した人も物も何もかもっ!神のお導きとでも思えば良いのか……?そんなバカな話が通ってたまるかっ!!」
それは許されない。それは認められない……それは絶対にあってはならない!コイツらは生きていて良い存在では無い……!!
思考にノイズが混ざり乱れ狂う――ギザギザと感情が刻まれ、沸き立つ深層の沼が全身を駆け巡る。吐き出す息は熱気を帯び、目や鼻や耳などから今にも噴き出してしまいそうだ。
「怒らないで下さい、アキさん……ふふっ」
笑うな。
「選霊を世界は受け入れています、それが何よりの証拠……ふふっ」
嗤うな。
「あなたも慈悲を受け入れましょう……さすれば、あるべき社会の一員になれます。消滅してしまった人も選ばれたのですよ……主の下で今頃幸せを感じているはずです……全ては御心のままに……ふふっ」
咲うなぁぁあああ!!!
「詞奏術・略式――」
籠ノ目、籠ノ目
――後ろの正面、だぁれ
激昂に身を任せ、調和構成員のミナに対して詞奏術を繰り出そうとした瞬間――誰もが知っているメロディに乗せて詞が紡がれる。
先程までの絶望的な風景が一瞬で黒に包まれる。
「……ここは?」
爆破された車の残骸も、吹き飛ばされた仲間も、黒煙に包まれた道路も、調和も無い。
「転移……いや、それは無いか。なら目眩しが妥当な線……あいつはどこにいる?」
前後左右を見渡しても黒に染められた世界に阻まれる――光情報を全て遮断された闇ではなく、見えないながらに光沢のような艶を感じさせる漆黒に近い。
「これが、調和の結璽術……?」
目隠しや目眩しを施す忌具や結璽術は実際にある。ただ、それとは異なる異様な光景。
漆黒のカーテンに覆われたことにより、少しずつ理性を取り戻しつつあるのが、不幸中の幸いであり唯一の救い。
境界の連続顕現、調和の来訪、そして現状――何もかも整理が追い付いていない……普段であれば、ソラさんが適切に指示をくれたり二人で相談し合えたのだが、今回に限っては全てが仕組まれているように噛み合っていない。誰かが絵を描いている……?そんな疑心暗鬼にさせる状況で、オレは何が出来る……?
「……」
落ち着け、オレ!どうにかして活路を見出せ!太ももを拳で軽く叩いて冷静さを保つ。
「……!?」
そんな中、背後から突然"何か"を感じ、ガバッと後ろを振り返ると、人生で一番よく見た顔の人間が立っていた。
「オレ……」
全身鏡で自分を見た気分――反射率100%の自分がそこに立っている。
「何が起きている……」
状況整理も出来ていない内に、新たな混沌が目の前にある。
「ただ、少し若い……?」
確実に自分だと言い切れる程の存在は、現在の自分より少し若く見える……数年前の自分?
『お前は誰だ』
鏡合わせの自分のような何かは、無造作に右手を突き出した。ピンと真っ直ぐに伸びた人差し指が指すのは自分自身……つまりは、オレに向けられている。
そっくりな顔、そっくりな瞳。だが、その指先に宿る意思と氷のように冷め切った声色だけは、オレとは決定的に違う。
「オレは、アキだ」
まるで自問自答――自分への質問にオレが回答する。とんだマッチポンプ。
『お前がオレ?』
「そうだ」
そっくりさんは、少しだけ思案顔を見せたがすぐに真顔に戻り、そのまま口を開く。
『なら、なんで"後を追わない"?』
「……どういう意味だ?」
誰の後を追えと言うのか。
『なんで後を追わない?お前は結局そんな軽い気持ちだったのか?』
「だから、何の話だ?」
会話が噛み合わない。
『選霊に導かれた、家族の元にだよ』
――その詞に、意識が途絶える。
「アキー?何をボケっとしてるのよ!」
「うぉっ!痛ぇっ!!」
背中を思い切りバチン!と引っ叩かれて意識が戻る。
「お姉ちゃん、そのぐらいにしてあげなさい。アキも急に呆けてどうしたの?迷子になったらどうするの!」
「はーい!」
呆れた母の苦言に、姉はいつもの調子で軽く流す。
「……痛ぇな!急に叩くな!……それに母さん!オレを何歳だと思ってんだ!迷子になる子供じゃねぇよ!」
姉に何を言っても無意味なのは分かっているが、どうしても言いたくなってしまう。それに、母親も母親でオレを幼稚園児とでも思っているのか?
「ほら、さっさと行こう行こう!」
自分勝手な姉の後を追う形で、オレたち家族は最寄りのショッピングモールの中を転々と歩く。
「ねぇ、お母さん!これ便利じゃない?」
「あら、良いわね!あっ、こっちも……!」
「……」
買い物は女の戦場――気になった店舗に入って品定めをしては買わずに次の店へ……その繰り返し。キープという名の自分ルールだけが増えていく……さっさと買えば良いのに……その光景が当たり前と言った様子の店員も笑顔でもてなしている。これが女の生態なのだろうと呆れた表情を向けることしか出来ずにいる。
「アキー!次行くわよー!」
「ほら、さっさと歩く!」
「はいはい……」
オレには到底理解出来ない行動だが、二人はやけに楽しそうで……その温度差が何故だか少し笑えてくる。
「ねぇ、お母さんー!次行く前にご飯食べない?」
「そうね、時間ズラさないと混んじゃうかもしれないものね」
「ねぇねぇ、アキ?」
「なんだ……?」
「和食と洋食と中華どれが食べたい?」
「……洋食」
「ざんねーん!私の口は中華でしたー!」
うぜぇ……
「ほら、二人ともふざけてないで、あそこのお店に入りましょう!」
おい、オレもまとめるな!ふざけているのは姉だけだ!
「さぁ、中華2000年の歴史に挑もう!」
始皇帝が統一してから換算なのか……
「こら、お姉ちゃん!前向いて歩きなさいね!」
「はぁ……」
当たり前の光景で日常の一幕――わがままな姉と、ペースにつられる母と、二人の後を追うオレ。これが昨日も今日も、そして明日もきっと続くものだと漠然とした自信と無自覚な希望とが混じったオレの毎日。
当たり前の街、当たり前のモール、当たり前の店に当たり前の人混み。どれも目新しさの無い不変な景色で、毎日を少しでも鮮やかに彩ろうとする偶然の重なりで生じた結晶。
もう少しで、その当たり前は理不尽かつ無慈悲に壊される。
籠ノ目、籠ノ目
籠の中のあなたは、いつまでも囚われたまま
次話は5/14 6:00投稿予定です。




