それとすむもの 4
「ご丁寧にどうも……ふふっ。私は"調和のミナ"と申します……ふふっ」
――影より出た謎の人物は、オレたちにそう告げた。
籠ノ目、籠ノ目
籠の中の鳥は、いついつ出やる?
――あのメロディーが頭蓋に反響して脳を刺激する。
「ミナさんですね、初めまして……!」
「……」
ダテさんは場を荒らすのを嫌い、静観を崩さずにオレとミナさんから少し離れた車の前で様子見している。ここはオレが対処する必要がある……玉仕では確実に"殺される"と、根拠の無い確信が胸を締め付ける。
万が一の際は、オレがダテさんを護らないと……!
「初めまして……ふふっ。あなたのお名前は?」
「アキです……」
「アキさんですか……ふふっ。良いお名前です……ふふっ」
小馬鹿にしているつもりは無いのだろうが、口癖?のように何度も何度も含みを感じさせる笑みを見せられると、流石に気になって仕方が無い……そんなことを考えている場合じゃないのに……それに、ソラさんは……!?
気が付いた時には――着信音は止んでいた。どんな内容であっても、ソラさんの声を聞きたかったのが本音……何が起きているのか全然把握しきれておらず、現在も混乱を鎮められずにいる。彼の声を聞いて少し落ち着きたかったという甘えが脳裏を過ぎる。
ただ、それは叶わなかった。いや……それで良かったのかもしれない。だって、目の前の彼から意識を逸らしてはいけない……全身からビリビリと警戒を促す反応があるのだから。
「良い判断です、アキさん……ふふっ」
「何がですか?」
「電話に出なかったことです……ふふっ」
「そう思うのは何故です?」
「私を目の前にして……電話する程の実力は無いでしょう……ふふっ」
「どうですかね?」
力量差を把握している?それともハッタリか?どちらにしても、境界対応を二連続で行ってムスビも体力も大幅に削がれているのは確か……慎重な言動が必要だな。
「……」
ダテさんの様子をチラりと確認する。真剣な表情で相手を見ているが、やはり彼の異様な雰囲気や圧に押し負けているのを感じた。
「アキさん、これからどちらへ向かう予定でしたか……ふふっ」
「ちょっと急用がありましてね、出来れば今すぐにでも出発したいのですが……」
「そうだったんですか……ふふっ」
「えぇ、ですのでオレたちはもう行きますので……失礼しますね」
ミナという男は動かない。あの出現の仕方は露骨だったが、オレたちと同じムスビビトなのは確定的だ。協会所属……?いや、それなら邪魔するのは変か。でもさっき、"調和"と言っていたか……?
冷んやりとした空気は普段とは異なる粘度があり、ネットリと衣服の隙間から入り込み、ジワジワと身体を蝕んでいく。その癖どこまでも傍観者を気取る。
「お車には気を付けて、アキさん……ふふっ」
「車……?」
「だって、もう"爆発"してしまいますから」
「……っ!?だ、ダテさ――」
ドバアァァァン!!と、鼓膜をつんざく爆発音で世界が一変する。
先程まで移動手段に使用していたソレは、内側から膨れ上がる暴力的な力により鉄の塊と化した。前触れなど何一つ無く、断末魔を上げる暇も与えられず、事前にセットされていたタイマー制御のように自然に弾け飛ぶ。凄まじい衝撃に空気は震え、引火の要因になっているムスビがバチバチと振動し、鉄の破片が一斉に周囲へと弾ける。同時にガソリンを贄とした火柱が、周囲を巻き込まんと膨れ上がり空を焦がす。黒煙が視界を濁らせ行動を鈍らせる。
「……ふふっ」
爆破犯であろう人物の含んだ笑みを無視して、先程まで一緒に行動していた仲間の行方を追う。
ダテさんもムスビビトの一人、瞬時にムスビで防御したのだろうが、爆圧の奔流を捌き切れずに数メートル先の地面へと吹き飛ばされていた。叩き付けられた衝撃で、身体の至るところが負傷しており、片腕はあらぬ方向へ曲がっている。血は焼け身体は焦げ生命が燃えている――このままじゃ不味い……一秒でも早く救出して治療しなければ!
「救急車呼んでも良いんですよ……ふふっ」
「爆破犯の発言とは思えませんね……」
戦闘の意思は無い……?いや、それこそ有り得ない!人を簡単に殺しうる行為に及んでおいて、「そんなつもりはなかった」では済まされない。何が狙いだ……?
「私は望みません……ふふっ」
「何を?」
「アキさんが"それ"の邪魔をすることですよ」
――目的は境界!?
「どういう意味です……?」
「そのままの意味です――"それ"の邪魔をしなければ、"あなたたちを見逃す"ということです……ふふっ」
訳が分からない……!境界を野放しにしろってことか!?そんなことを許せるはずも無い!!
「見逃すって……随分と大きく出ましたね。オレよりあなたの方が強いとでも?」
「えぇ、その通りです。私はあなたより強いかもしれませんよ、アキさん……ふふっ」
煽りの威力高いな、その含み笑い……急いた気持ちが後押しされて、どうしても感情的になってしまう……落ち着け、禍津で何を学んだ!?それに、彼の発言を思い出せ……もう間違えない……!
「ミナさん、"それ"と呼んだ存在は……あなたたちに倣えば何と呼ぶんですか?」
「良い判断です……ふふっ。ちゃんと弁えている……ふふっ」
彼は笑う、世界に嗤う――鮮やかに咲う。
「私は……"調和"のミナです……ふふっ。実は絶滅危惧種なんですよ……ふふっ」
調和――禍津の杜から帰省後、ソラさんから改めて聞いた組織の名前。協会を筆頭としたムスビビト4大組織の一角。"それ"を主と呼び崇めているとか……
「調和ですか……オレたちとの調和はお考えにならないんですか?」
「もちろん日々考えておりますよ……協会、禍津、それに――産霊ともね……ふふっ」
産霊……これも聞いた名だ。4大組織の最後の一角。
「ですが、皆さんは非常に残念な間違いをしています……」
「間違いですか……?」
「はい、そうですそうです……禍津や産霊は特にですが……ふふっ」
「教えてもらえますか?」
冷静になれ……ここで焦っても仕方が無い。得体の知れない組織の人間が相手だ、ダテさんのことも、境界のことも、ソラさんのことも……ミナさんの本当の目的が判明しない以上、下手な言動は控えた方が良い。
どうせ協会とは全く異なる主義主張だろう……先に動いて刺激させるのは悪手かもしれない。
「主は――嘆いています」
「……?」
「何故追い返すのか、何故割るのか、何故利用するのか……主は人間の振る舞いに思い悩んでいるのですよ……ふふっ」
なんだ……?宗教的な話か?彼は何を言っている。
「私たちは主の僕であり、御身の意向に添う者……ふふっ」
ツンとした鼻を刺す臭いが周囲に漂う――腐った卵と金気臭が混ざり合ったような刺激臭が、現場の悲惨さを物語り、現状の閉塞感を加速させている……思考が歪む。
「主とは?」
「私たちだけではありません……全人類が主の僕であり代弁者なんですよ……意思に呼応する必要があるのです……ふふっ」
会話になっているか……?思考が鈍って整理が上手くいかない。
「主は定めました……主は固めました……主は選びました……主は決めました」
「……」
「主は――"選霊"は、世界を均す。その為に、わざわざ顕現して下さっているのですよ……それを御霊還しするなんて以ての外なんです……ふふっ」
選霊……それが、調和側の呼称か。彼らは"それ"をどうしたいんだ……?
「では……調和が定める主とは、選霊であり、"それ"なんですね」
「ご理解が早くて助かります……世界に溢れる"それ"は、境界でも神錆でもありませんよ……ふふっ」
「……」
「主は選霊であり、選霊は"シャボン玉"なんですよ、アキさん……ふふっ」
――選霊との"調和"が、私たちの理念であり主義なんです。
籠ノ目、籠ノ目
籠の中の"あなた"は、いついつ出やる?
次話は5/13 6:00投稿予定です。




