それとすむもの 2
「起きろー、アキ!」
「うるせぇな……休みなんだから寝かせろよ」
「知らないわよ、ほらほら!」
「うわっ、おい……!」
カーテンを勢い良く開けられ、掛け布団を剥ぎ取られ、主張の強い陽の光を全身に浴びる。
「眩しっ……」
「はい、おはよう!」
陽に照らされたのは自分だけじゃない。相手のペースを考えず、一方的な起こし方をした姉も明るく瞬いていた。
「……ったく、勝手に部屋に入るなって何度も言ってるだろ!」
「そうだっけ?都合の悪いことは寝たら忘れるの、私」
「都合良すぎだろ……」
オレは姉が苦手だ――いつも周り(特にオレ)を振り回して、自分を中心に世界が回っていると思い込んでいる素振り。こいつが笑顔の時は、オレの平穏が犠牲になると相場が決まっている……いつもの如く、平常運転。
「朝食の片付けてが終わらないから、さっさとご飯食べなさいって!お母さん怒ってるよ!」
「自分の分は自分で用意するって言ってるだろ……」
「自立も出来ていない子供が格好付けてもダサいだけよ?まぁ、年齢を考えたら仕方が無いとは思うけど……」
「中二病みたいに言うな!分かったよ、起きれば良いんだろ……ったく」
言い合いに意味は無い――家族だからか、姉弟だからか、何度挑んでも勝てた試しは無い。いつしか挑むこともしなくなった。言っても無駄と諦めてしまったのかもしれない。
「はい!起きる起きる!」
「はいはい……」
ベッドから起き上がり、クローゼットから着替えを見繕う。
「おい……」
「何よ?」
「着替えるから出てってくれ」
「恥ずかしがってどうしたの?弟の裸なんて何度見たことか、どうも思わないわ」
そういう意味で言っていない。
「お前の気持ちに興味無い。オレが出てって欲しいと思っているんだ!」
「はいはい、そういうお年頃ってことね。家族だろうと異性だと気になっちゃう……うんうん、お察しするわ」
うぜぇ……マジでぶん殴るぞ。
「うるさい!さっさと出ろ!」
「はいはい、お年頃の弟を理解してくれる姉に感謝しなさい。それと、ご飯食べたらみんなで出掛けるからね、そのつもりで!」
こ、こいつ……好き勝手に……!
「はぁ?なんでオレも行くことになってんだよ!」
「はぁ?なんでオレが行かないことになってんのよ、逆に!」
どんな理屈だよ。
「家族で出掛けるとか恥ずい」
「その理由の方が恥ずいわよ」
うぜぇ……
「行かないからな!」
「うるさい!お姉ちゃんの命令は絶対です!」
独裁政治過ぎるだろ……
「じゃ、よろしくー!」
言いたいことだけ言って部屋を出て行った姉を他所に、オレは深い溜息を溢しながら身支度をする。
「はぁ……どの家庭でも姉ってあんな感じなのか?ドラマや漫画に出てくる姉はあくまで理想像であり、やっぱりフィクションなんだな……」
理想と現実に嫌気が差しつつ身支度を終え、一階にあるリビングまで降りていく。
「おはよう、アキ。さっさとご飯食べちゃいなさい」
「おはよう……分かったよ」
キッチンで朝食の用意を済ませテーブルに運んでくれる母をぼんやりと眺めながら、視線を移し何気なくテレビのリモコンを手にしてそのまま電源を入れる。
「お姉ちゃんから聞いたと思うけど、食べたら出掛けるからね」
「オレに行かないという選択肢は?」
「無い」
「はぁ……」
女社会の縮図のような家庭環境――父は幼い頃に事故に遭い他界、それからは母が一人でオレと姉を育ててくれている。男がオレだけ、しかも末っ子長男……主張が通る訳が無い。
「お姉ちゃんがショッピングモールで見たいものがあるんだって!私も買い物したかったし丁度良いねって昨日話してたのよ」
「民主主義の敗北か……」
過半数の意見が既に固まっていたら、もう動かせない……それに嫌々ながら付き合うしか選択肢は始めから無かった訳だ。
「私もそろそろ着替えるから、ご飯食べたら食器洗ってね」
「はいはい」
――これがオレの日常。どこにでもありふれているかもしれない家族の形。それに窮屈さを感じながら、それが当たり前と受け入れてしまっている世界。良くも悪くも……これからも続いていくものだと漠然と考えていた。
「ハァ……やっぱり思い出す」
オレは一人で境界が顕現している現場へと車で向かう。
話し相手がいないからか、どうしても"あの頃"の記憶が呼び戻されてしまう。忘れようと思ったことは無いし、忘れたくないとも思っているが、年がら年中そればっかり考えていても先には進めない。
「ソラさん、早く戻って来ないかな」
ソラさんはツミキさんからの呼び出しで、協会本部へ行く必要があるみたいだった。
「ハハッ、嫌そうだったなー、ソラさん」
電話を受けたソラさんの額から青い線が垂れているのが分かるようだった。漫符って言うんだっけ、あれ。
そんな訳で、久しぶりの一人での境界対応。普段はソラさんのサポートが多いが、バディを組む前は1年ほどソロで活動していた。境界へ御霊還しを何度も行った自負はある……オレ一人でも大丈夫。
「それに……」
禍津の杜でのレフとライを思い出す――彼らは年齢以上の能力を有していた。オレとは5歳も離れているのに、ムスビビトとしての経験か、それとも本来のポテンシャルか、油断出来る相手では決して無かった。負けることは無かったとは思うが、何度やっても絶対に勝てるとも思えなかった。
それと、ソラさんのこと……あの人に、なるべくムスビを使って欲しくない。人の気を知ってか知らずか、境界対応の際は彼がメインで作戦を立ててしまう。オレを気遣ってのことか、それとも実力不足と思われているのか……
「オレも負けられないな……!」
あの経験が良い勉強になった。物忌は対境界の為に存在する。決して対人を想定している訳ではない。けれど、何が起きるか分からない……あらゆる可能性を危惧して、自衛や対抗手段を普段から磨く必要がある。物忌は治安維持を目的としているが、正義のヒーローではない。物忌同士の対立や殺し合いもあると聞いている……世知辛い業界だが、受け入れるしかないのが現状だ。その為にも対人戦を想定した修行は必須、オレはまだ強くなれる!
「さてと、ここか」
事務所から車ですぐのところにある小学校の校舎。今日は休日ということもあり校門は硬く閉ざされている。
近くに車を停めて、仕事用バッグ片手に付近をウロウロしていると、聞き馴染んだ声がする。
「アキさんー!」
「おっ!ダテさん、どうもです!」
玉仕のダテさん。担当地域が同じな為、基本的にはダテさんから連絡をもらい現場へと向かう。
「先日の件は大変だったそうですね……」
「禍津の件ですよね、アハハ……まぁ色々ありましたよ!」
そうだった!物忌捜索の件も、任務終わりにダテさんから話を聞いたんだ。
「先日の話は追々として……あれ、本日はソラさんはいらっしゃらないんですか?」
「そうなんですよ!ツミキさんに呼ばれて本部行きです。だから、今回はオレ一人で対応します!」
「そうなんですね、承知しました。お願いします!」
ソラさん不在で多少なりとも不安にさせるかと思ったが、ダテさんはいつものように真面目な笑みで話を受け入れてくれた。
「早速ですが、向かいましょう!」
「OKです!」
オレたちは境界のいる場所へ向かう。
「因みに、人払いは?」
「忌具を用いて既に処置は済んでいます。それに、監視カメラなども電源を切ってありますので、ご心配無く」
「おっ、流石です!」
「いえいえ、大したことではありませんので」
校舎含め敷地全体をムスビによる結界で人払いがされている――玉仕でもそれを可能にしているのは忌具の能力。
「幼い頃に考えたりしなかったですか?」
「何をですか?」
「夜の校舎に忍び込みたいとか、誰もいない学校に行ってプールを独占したい、とか!」
「あぁ、考えたことありますね!」
そんな雑談をしながらダテさんにアテンドしてもらう。そのまま無人の校舎へと進入しようと一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺す違和感に襲われた。
――あぁ、やっぱり……思い出してしまう。こいつらは現世にいてはいけない。
次話は5/7 6:00に投稿予定です。




