それとすむもの 1
「はい、どうぞ」
いけ好かない声がドア越しから聞こえる。
「ではでは、いってらっしゃーい!」
ここまで案内してくれたササキさんへ一瞥し、目の前のドアを開ける。
ここは協会本部――それを"境界"と呼称し、神さびるものと定義した業界最大手の団体組織。その理事を務めるツミキから命を受け、嫌々ながら馳せ参じたという流れ。
「いらっしゃい、ソラ君」
「あぁ、それで用件は?」
含みのある笑みを見せるツミキの挨拶を無視して早速本題へと入る。俺も暇じゃない。
「素っ気ないねぇ……あっ、ところでアキ君は?」
「境界対応だ、アキに任せて俺だけ来いと命令したのはお前だろ?」
「あれれ、そうだっけ?忙しくて忘れてしまったよ」
「こいつ……」
何度話しても好きになれない。生理的嫌悪なのか……細胞から拒否反応が聞こえてくるようだ。
「まぁ、積もる話もあるだろうから座りなよ」
「はいはい……」
ツミキ専用の執務室に通された俺は、ドアに寄り掛かったまま、すぐにでも退室するつもりだったが、そうは問屋が卸さないらしい……促されるまま手前側にある客人用ソファに腰掛ける。
「ソラ君、先日はご苦労様」
「何の話だ?」
「あれれ、忘れちゃったのかな?」
「無人になった駅の線路に顕現した境界対応か」
「違うね」
「ビル間の隙間に顕現した件か」
「それも違う」
「心霊スポット化している廃病院に顕現した件か」
「それは雰囲気ありそうだね……って、それも違う」
「県境の道路に顕現した件か」
「そもそも管轄違うでしょ、それ」
「サエキさんから伝言――『見掛けたら容赦無く殺す』だってさ」
「それよ、それそれ!……伝言内容がとても不穏だけどね、まぁ……一旦は脇に置いておこう」
子供じみた抵抗ではあるが、ツミキに都合良く会話を進めるのは癪だ、そう簡単には本題には進ませない。
「久々の"禍津の杜"はどうだったかな?」
「ふん。どうも無いさ」
「ハハっ、口調がサエキ君に寄ってるねー」
「……」
消息不明の物忌の調査で、禍津の杜を訪問したのは先月のこと。サエキさん、レフとライ……味わいの深い出来事だったのは明らかで、自身の考えを再構築する貴重な機会でもあった。
「ソラ君たちの帰省後、新たに赴任した物忌経由で、遺体はしっかりと協会まで送られたよ」
「そうかい、なら良かったよ」
「もちろん、首と胴体のどちらもね!」
「……」
そう言えば……唐櫃で保管されていたとは言え、同じ空間で寝泊まりしたんだったか……うん、考え深い。
「新担当の物忌と禍津側で、渦禍協定の読み合わせを改めて実施、再発防止の上、両者不干渉を再認識してもらったよ」
「お好きにどうぞ」
渦禍協定――協会と禍津間で締結された密約。紳士協定ではなく、両組織の実印付き書面も発行されているらしい。まぁ、契約書みたいなものだ。
「これで、この前のような悲劇は繰り返さなくなるね」
「この前のような、"協会側の不手際"を繰り返さないの間違いじゃないか?」
その発言に、ツミキの張り付いた笑顔がほんの少しだけ崩れた気がした。
「手厳しいね、ソラ君」
「事実なんだろ?」
刹那の沈黙。
「禍津のヤツらは荒くれ者ばかりだが……矜持を優先する集団だ。個人的感情はそれぞれ異なるだろうが、決まったルールは守る――それが筋を通すということ。サエキさんは、それを破る程度の器じゃないって……お前なら分かるだろ?」
「うん、そうだね」
声は明るさを依然として感じられるが、その感情はそうではないようだ。
「経緯は不明だが、例の物忌は協定を破り禍津に挑発行為をした。その結果があの有様――実力を過信していたんだろうさ……」
「その様だね」
「それで、どこまでが計算だ?」
「……」
「協会が無様を晒したのは別にどうでも良いが……どこまで関わっている、ツミキ?」
瞳からは何も読み取れない。
「今回に限って言えば、私は一切関与していないよ」
普段から虚実入り混じる適当な言葉ばかり投げ掛けるヤツだが、その言葉だけは本心のように感じた。
「私は本当にノータッチ、良くも悪くもね」
「じゃあ、裏で糸を引いていたのは誰だ?」
「代表理事」
「それは本当か……?」
にわかには信じ難い発言に、心拍が加速していくのが分かる。
「残念ながら本当だよ……みんなには内緒ね」
「言える訳ないだろ……仮にそうだとして、理由はなんだ?」
目の前に広がる暗闇へ一歩ずつ踏み込んでいく感覚。
「禍津の解体だろうね」
「解体……?」
「代表理事は現状を良しとしていない。"協会"に与しない組織は全て排除したいんだよ。禍津、それに他の組織もね……」
「大昔から続く約束を反故にするのか?それに、禍津との協定もあるだろう……?」
「彼からしたら、『全てがどうでも良い負の遺産』としか思っていないんだと思うよ」
言葉が出ない――それぞれの主義で対立するのは構わない。そこに知略謀略があって良い。血生臭い業界だ、切った張ったも大いに結構だ……だが、先人たちが"現在を守る為"に、数多くの犠牲を払ったことすら邪魔でしかないと言うのか?
「あの物忌は、只の鉄砲玉みたいなものさ……彼がキッカケで大きな波が立てばそれで良し。何も起きなくても、禍津構成員を少しでも減らせたら御の字」
「ただ、そのどちらにも動かなかった」
「うん、ソラ君たちのお陰だね」
結果として、あの物忌では波を立てることは出来なかった。当人の実力不足と禍津側の想定外の戦力……要は代表の目的は殆ど果たせなかった。それでも、事後処理を誤ればすぐに風上が変わる。だからこそ――
「だからこその、"俺たち"か」
「巻き込んでごめんね。私に出来ることは、禍津との関係をこれ以上悪化させないこと……動かせる駒の中で"ソラ君"が最善手だったんだよ」
本人を前に、駒と平然と言い放つコイツは本当に終わっている……だが、采配が悪くなかったのも結果論だが事実。
「俺と禍津の関係値……後は、単純に"実力"か?」
「そこは謙遜しないんだね」
「お前に謙虚な姿勢を見せても無意味だからな、拗れても俺なら最悪何とかなると思ったってところか」
「正解!サエキ君は無理だとしても大幹部ぐらいなら何とかなるでしょ?"それに禍津は、"君の実力を十分理解している"はずだからね」
俺は何も言わない――今語るべきではないし、今更語ったところで何も変わらないから。
「レフやライのような子供、それ以外の有象無象なんて……それこそ余裕でしょ?」
「孫二人とは実際に戦闘したからな」
「知ってるよ。アキ君は思いの外苦戦したみたいだね」
「あぁ、才能はあっても対人戦はほぼ初めて。ましてや、生死を賭けた殺し合い……技術は教えられても実戦で発揮する為には経験が必要だ。アキも今回の件で良い勉強になったと思う」
二人との戦闘を思い返す。レフもライもしっかりと成長していた。まだ未熟さがあり粗さも目立っているが、サエキさんの元で修行を継続していれば、今後が楽しみな逸材である。
「まっ、そんな訳だからソラ君とアキ君に後始末を頼んだ。名采配だね、褒めてくれても良いんだよ?」
「その結果、俺が俺を保てなくなってもか?」
「残念だけど、割れないシャボン玉は無いからね」
「相変わらずな答えだな」
ツミキは変わらない――出会った時から今に至るまで。その不変さが安心感を与えるとは考えもしなかった。
「アキから伝言――『結果論を自分の手柄にすんな、バーカ!』だってよ」
「嘘だ!アキ君はそんなこと言わない!」
確かに捏造だが、それに近しい苦言は呈していたのは事実――なら、ツミキへの罵詈雑言はある種の正当性があると言えよう。先程の俺に対する答えもあるしな。
「代表の話は、他言無用でお願い!私とソラ君だけの秘密だからね。私もまだ全てを把握している訳じゃないから、このタイミングで上と揉めるのは損でしかない」
「委細承知だよ」
代表理事の支持者が内部にどれだけいるかは不明。正直な話、代表の顔も名前も知らない……仕事には本来不要な情報だから。ただ、こういう時にはやはり不便さを感じてしまう。どんな人間なのか……それに、どんな形をしているのだろう?
「ねぇ、ソラ君」
「なんだ」
「サエキさんとは、他にどんな話をしたの?」
「別に大した話はしていないさ」
「本当に?」
「あぁ、さて俺はもう行くからな」
「分かったよ、来てくれてありがとうね」
ソファから立ち上がり、扉の方へ向かう。
扉を開ければすぐにでも執務室から出られる状態になったタイミングで別れの挨拶をする。
「あぁ、そうそう――サエキさんが『"調和"と"産霊"に気を付けろ』ってさ」
「……だから、言うの遅いって!」
協会のこと、代表の思惑、謎は深まるばかりだが……ツミキの都合良い駒に成り下がるつもりもない――扉の閉じる音を聞きながら、軽やかな足取りで本部を後にする。
「私のソラ君だけの秘密」
平然と嘘を吐き当然のように真実を偽るツミキだが、「秘密」と口に出した時だけは、嘘は無く約束を守る。
「はぁ……関わるのは本当に面倒だ」
何年付き合ってもツミキの心の奥は覗けない。




