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カムサビ  作者: わゆ
【2章】禍津編
17/23

それをわるもの 9

「おはよう、アキ」

「おはようございます、ソラさん」


 禍津の杜にある公民館の座敷で就寝した俺とアキ。

 

 朝を告げる鳥たちの歌声で目が覚める。締め切られていた襖を開けると、通路を挟んで外側に設置された身長大のガラス窓から、元気の良いキラキラとした挨拶が座敷を照らす。

 

「玄関前にお手洗いと浴室があるので、ご自由に」

 サエキさんと孫二人が去った後、構成員の一人が伝えてくれたことを思い出す。

 

「念の為、着替えとか持ってきて正解だったな」

「そうですね!」

 

「それにしても、公民館に風呂って普通あったか?」

「あんまり印象無いです……ただ、使わせてもらえるなら有難いですね!」

 禍津(まがつ)の皆さんの好意に甘えて、俺たちは順に風呂へと入る。


「さて、着替えも終わったし……俺たちの任務を整理しよう」

「いつでもOKです!」

 睡眠と風呂でサッパリとした俺たちは、昨夜の情報を参照して本来の任務のことを考え――

 

「ソラ、アキ、起きてるかァ〜、オイ!」

「寝坊厳禁。寝てたら殺す」

 ドンッドンッドンッ!と何度も何度も勢い強く玄関扉を叩く音、そこから漏れ出す聞き慣れた二人の声。

 

「やれやれ……」

「ハハっ」

 無視してると後がより面倒そうなので、玄関扉を開け二人を出迎える。

 

「おはよう。レフ、ライ」

「チッ、やっぱ起きてんじゃねェか、ライ!」

「計算外。寝込みを襲って殺す作戦」

「物騒なこと考えますね……」

 子供は朝から元気が良い。

 

「ジジイから、食え!」

「毒入れたら怒られた。それは問題無いはず」

 二人の手には、おにぎりやおかずが山盛りになった食事を乗せたお盆。

 

「有難い、二人はもう食べたのか?」

「……」

「……」

「この量だと流石に二人だと大変なので、一緒に食べましょう!」

「チッ、仕方ねェなァ〜、オイ!」

「無能無能。雑魚のサポートしてあげる」

 可愛い孫二人。

 

「なァ!俺たちと勝負しねェか〜、オイ!」

「無駄無駄。どうせ僕たちが勝つ」

「おっ、良いですねー!昨日の続きしますか!?」

 食事が終わり、レフから俺たちへ勝負という名の訓練のお誘い。ライも乗り気だし……ここはアキに任せるか。

 

「アキ、二人の相手してやってくれ」

「あれ、ソラさんも一緒にやらないんですか?」

「あぁ、ちょっと寄りたい所があるのさ……だから頼んだ」

 そのまま立ち上がり、座敷を後にする。

 

「ソラ、逃げるのか?」

 外に出た辺りで、追い掛けて来たライに呼び止められた。

 

「逃げる訳じゃない。ただ、せっかく立ち寄る機会が出来たから、先に個人的な用事を済ませようと思ってさ」

「……ちゃんと覚えていたんだな」

 ライは目を細め冷たい視線を送る。

 

「当たり前だ。忘れたことは無いよ」

 その視線に合わせて答える。

 

「そうか……レフはもう吹っ切れているかもしれない」

「……」

 

「ただ、僕は忘れない……お前を許していない」

「分かっている」

 滲んだ瞳で心に訴えてくる。内に秘めた熱量を俺にはどうすることも出来ない……その歯痒さや後悔を受け入れるしかない。

 

「許して欲しいとは思っていない。それだけのことをしたんだからな……俺はその想いも背負うつもりだ」

「好きにしろ。場所は分かる?」

 

「あぁ、俺の心に刻まれたムスビを辿るさ」

「分かった。お前が戻るまで雑魚の相手でもしてあげる」

 去って行くライの背中を見つめながら「ありがとう」と心の中で呟いた。


 ライと別れて30分以上歩いた先、目的の場所に辿り着く。凍った地面や積雪の影響で思った以上に時間が掛かってしまった――そこは、人気の無い山裾の小道。縫うように伸びる細い道、木々が風に揺られ、陽の光がチラチラこちらを覗いている。そこから僅かに斜面を登った場所にそれはあった。寄り添い合う二つの石碑。

 

 その石碑には、人の手は入っていない――名も、由来も、祈りの言葉も無い。のっぺりとした石板には自然のありのままを映すだけ。

 

 雪や泥を厭わず静かに膝をつき、二つの無銘の石碑の前で瞼を閉じて掌を合わせる。何も語らぬ"二人"に対して、俺はどんな言葉を並べたら良い……まだ答えは見つかっていない。

 

「ふん。やはり、ここにいたか」

 突然現れたサエキさんに背後から声を掛けられる。

 

「いつからここに?全く気配を感じ無かったのですが」

「ふん。まだヒヨッコには捕まらんよ」

 後ろを振り向きサエキさんを見ると、昨晩とは違い少しだけ柔らかい表情をしていた。

 

「ライに促されたか?」

「いえ、自分の意思です」

 

「で、あるか」

「ただ、出発する直前にライから小言はもらっています」

「だろうな」

 カカッと乾いた笑みを溢す。

 

「こいつらは何か言っておったか?」

「いえ、無言のままでした」

「そうか。付いて来い」

 サエキさんに促されるまま、高台のある方向へと歩き出す。

 

「あの時から何年経ったか?」

「……13年になります」

 

「ファファッ!そうか、時間の進みは早いことよ」

「……」

 

「ほれ、13年で何か変わったか?」

 小道の終わりは不思議な平野が広がっていた。標高は大して高くないにも関わらず、空が不自然な程近く感じる……そのまま少し進むと、剥き出しの景色が視界を染める。眼下に広がる雪化粧された町並、青いキャンバスに白の絵の具をばら撒いたような空、その全てを全身で感じられる場所。

 

「何も変わっていないと思います」

「ふん。だろうな」

 

「サエキさん」

「なんだ」

 

「その節は、本当に申し訳ありませんでした」

「……」

 何度目になるか分からないが、サエキさんの方を向き、深々と頭を下げる。

 

「全て俺の責任です」

「ふん。当時のお前は只のガキだろうが」

 

「それでも、それでも……」

 ――それでも、レフとライの両親を殺したのは、俺だから。

 

「頭を上げよ。気持ちだけもらっておくわ」

「申し訳ありません」

 サエキさんは高台の崖の方へ少し進み、俺に背を向けて話し出す。

 

「当時12歳のお前と"あやつ"……何度か禍津の杜に遊びに来ていたな」

「はい。そう記憶しています」

 

「ガキ共は、産まれて数年か……当時の記憶は無いだろうが、何かのキッカケで村の奴から聞いたのだろう」

「……」

 記憶があろうと無かろうと事実は一つだけ。変えようのない現実だけが残る。

 

「ソラよ」

「はい」

 

「わしは何も気にしとらん」

「……」

 サエキさんは続ける。

 

「この世は弱肉強食が理よ。それは人間も変わらん。お前の方が強かった、それだけのこと」

「結果論だけで語るなら、そうとも言えるかもしれませんが……」

 そう簡単には割り切れない。

 

「わしの子にも関わらず弱かったのが悪い」

「……」

 

「だからの、少しでもあいつらを想う心があるなら、忘れずに背負って生きろ」

「もちろんです。ライにも宣言したばかりですので」

 

「ふん。なら良いわ」

 少しだけ笑ったように思えた。

 

「ソラよ」

「はい」

 

「世界はシャボン玉に見えておるか?」

 昨夜と同じ問い。

 

「はい」

 答えは変わらない。

 

「"あやつ"も色々と探っていたようだが、お前のその"病"は、禍津では解決出来ん。わしらは、シャボン玉を"割る"存在だからの」

「はい」

 

「これから、"調和(ちょうわ)"や"産霊(むすひ)"共が動き出すぞ。少々癪だが、何か知っているやもせん。情報を引き出せ」

「分かりました、ありがとうございます」

 

「ふん。なら帰るぞ」

 サエキさんは眼下の景色に一瞥し踵を返す。それを追うように後ろに付いて行く。

 

「あぁ、そうだ」

「なんでしょうか?」

 

「わしとも――勝負しておくか?」

「俺を"割る"のは先約がいますので。それに……」

 

「ふん。戯けただけよ。弱い者イジメは好かん」

 どこまで本気で、どこまでが戯れなのか、この人は本当に読めない。

 

「サエキさん」

「なんだ」

 

「ここ数年で、ようやく――シャボン玉が人の姿に見えてきました」

 禍津の長は何も答えなかった。


 俺たちは小道を下り、アキたちの待つ公民館へと戻ってきた。ふと気付けばサエキさんの姿は無い……正に神出鬼没だ。

 

「あっ、お帰りなさい!」

 アキの声がする方へ向かうと、レフとライもそこにはいた。

 

「ハッ、どこ行ってんだァ〜、オイ!」

「遅刻遅刻。殺す」

 普段通りの悪態だが、どうにもおかしい。

 

「遅かったですね、どこ行ってたんですか?」

 普段通りのアキの声、だが……どうにもおかしい。

 

「お前ら、何があった?」

 

「えっ、ただの訓練に付き合っただけですよ!」

「ハァ〜ア、何も変じゃねェだろうがっ、オイ!」

「意味不明。何もやましいことは無い」

 ――いやいやいや。

 

「三人とも、ボロボロじゃないか……」

 良くも悪くも打ち解けたようで何より……とは当然言えず、やはり禍津は劇薬に他ならない。

2章終了。次話は5/5 6:00に投稿予定です。

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