それをわるもの 9
「おはよう、アキ」
「おはようございます、ソラさん」
禍津の杜にある公民館の座敷で就寝した俺とアキ。
朝を告げる鳥たちの歌声で目が覚める。締め切られていた襖を開けると、通路を挟んで外側に設置された身長大のガラス窓から、元気の良いキラキラとした挨拶が座敷を照らす。
「玄関前にお手洗いと浴室があるので、ご自由に」
サエキさんと孫二人が去った後、構成員の一人が伝えてくれたことを思い出す。
「念の為、着替えとか持ってきて正解だったな」
「そうですね!」
「それにしても、公民館に風呂って普通あったか?」
「あんまり印象無いです……ただ、使わせてもらえるなら有難いですね!」
禍津の皆さんの好意に甘えて、俺たちは順に風呂へと入る。
「さて、着替えも終わったし……俺たちの任務を整理しよう」
「いつでもOKです!」
睡眠と風呂でサッパリとした俺たちは、昨夜の情報を参照して本来の任務のことを考え――
「ソラ、アキ、起きてるかァ〜、オイ!」
「寝坊厳禁。寝てたら殺す」
ドンッドンッドンッ!と何度も何度も勢い強く玄関扉を叩く音、そこから漏れ出す聞き慣れた二人の声。
「やれやれ……」
「ハハっ」
無視してると後がより面倒そうなので、玄関扉を開け二人を出迎える。
「おはよう。レフ、ライ」
「チッ、やっぱ起きてんじゃねェか、ライ!」
「計算外。寝込みを襲って殺す作戦」
「物騒なこと考えますね……」
子供は朝から元気が良い。
「ジジイから、食え!」
「毒入れたら怒られた。それは問題無いはず」
二人の手には、おにぎりやおかずが山盛りになった食事を乗せたお盆。
「有難い、二人はもう食べたのか?」
「……」
「……」
「この量だと流石に二人だと大変なので、一緒に食べましょう!」
「チッ、仕方ねェなァ〜、オイ!」
「無能無能。雑魚のサポートしてあげる」
可愛い孫二人。
「なァ!俺たちと勝負しねェか〜、オイ!」
「無駄無駄。どうせ僕たちが勝つ」
「おっ、良いですねー!昨日の続きしますか!?」
食事が終わり、レフから俺たちへ勝負という名の訓練のお誘い。ライも乗り気だし……ここはアキに任せるか。
「アキ、二人の相手してやってくれ」
「あれ、ソラさんも一緒にやらないんですか?」
「あぁ、ちょっと寄りたい所があるのさ……だから頼んだ」
そのまま立ち上がり、座敷を後にする。
「ソラ、逃げるのか?」
外に出た辺りで、追い掛けて来たライに呼び止められた。
「逃げる訳じゃない。ただ、せっかく立ち寄る機会が出来たから、先に個人的な用事を済ませようと思ってさ」
「……ちゃんと覚えていたんだな」
ライは目を細め冷たい視線を送る。
「当たり前だ。忘れたことは無いよ」
その視線に合わせて答える。
「そうか……レフはもう吹っ切れているかもしれない」
「……」
「ただ、僕は忘れない……お前を許していない」
「分かっている」
滲んだ瞳で心に訴えてくる。内に秘めた熱量を俺にはどうすることも出来ない……その歯痒さや後悔を受け入れるしかない。
「許して欲しいとは思っていない。それだけのことをしたんだからな……俺はその想いも背負うつもりだ」
「好きにしろ。場所は分かる?」
「あぁ、俺の心に刻まれたムスビを辿るさ」
「分かった。お前が戻るまで雑魚の相手でもしてあげる」
去って行くライの背中を見つめながら「ありがとう」と心の中で呟いた。
ライと別れて30分以上歩いた先、目的の場所に辿り着く。凍った地面や積雪の影響で思った以上に時間が掛かってしまった――そこは、人気の無い山裾の小道。縫うように伸びる細い道、木々が風に揺られ、陽の光がチラチラこちらを覗いている。そこから僅かに斜面を登った場所にそれはあった。寄り添い合う二つの石碑。
その石碑には、人の手は入っていない――名も、由来も、祈りの言葉も無い。のっぺりとした石板には自然のありのままを映すだけ。
雪や泥を厭わず静かに膝をつき、二つの無銘の石碑の前で瞼を閉じて掌を合わせる。何も語らぬ"二人"に対して、俺はどんな言葉を並べたら良い……まだ答えは見つかっていない。
「ふん。やはり、ここにいたか」
突然現れたサエキさんに背後から声を掛けられる。
「いつからここに?全く気配を感じ無かったのですが」
「ふん。まだヒヨッコには捕まらんよ」
後ろを振り向きサエキさんを見ると、昨晩とは違い少しだけ柔らかい表情をしていた。
「ライに促されたか?」
「いえ、自分の意思です」
「で、あるか」
「ただ、出発する直前にライから小言はもらっています」
「だろうな」
カカッと乾いた笑みを溢す。
「こいつらは何か言っておったか?」
「いえ、無言のままでした」
「そうか。付いて来い」
サエキさんに促されるまま、高台のある方向へと歩き出す。
「あの時から何年経ったか?」
「……13年になります」
「ファファッ!そうか、時間の進みは早いことよ」
「……」
「ほれ、13年で何か変わったか?」
小道の終わりは不思議な平野が広がっていた。標高は大して高くないにも関わらず、空が不自然な程近く感じる……そのまま少し進むと、剥き出しの景色が視界を染める。眼下に広がる雪化粧された町並、青いキャンバスに白の絵の具をばら撒いたような空、その全てを全身で感じられる場所。
「何も変わっていないと思います」
「ふん。だろうな」
「サエキさん」
「なんだ」
「その節は、本当に申し訳ありませんでした」
「……」
何度目になるか分からないが、サエキさんの方を向き、深々と頭を下げる。
「全て俺の責任です」
「ふん。当時のお前は只のガキだろうが」
「それでも、それでも……」
――それでも、レフとライの両親を殺したのは、俺だから。
「頭を上げよ。気持ちだけもらっておくわ」
「申し訳ありません」
サエキさんは高台の崖の方へ少し進み、俺に背を向けて話し出す。
「当時12歳のお前と"あやつ"……何度か禍津の杜に遊びに来ていたな」
「はい。そう記憶しています」
「ガキ共は、産まれて数年か……当時の記憶は無いだろうが、何かのキッカケで村の奴から聞いたのだろう」
「……」
記憶があろうと無かろうと事実は一つだけ。変えようのない現実だけが残る。
「ソラよ」
「はい」
「わしは何も気にしとらん」
「……」
サエキさんは続ける。
「この世は弱肉強食が理よ。それは人間も変わらん。お前の方が強かった、それだけのこと」
「結果論だけで語るなら、そうとも言えるかもしれませんが……」
そう簡単には割り切れない。
「わしの子にも関わらず弱かったのが悪い」
「……」
「だからの、少しでもあいつらを想う心があるなら、忘れずに背負って生きろ」
「もちろんです。ライにも宣言したばかりですので」
「ふん。なら良いわ」
少しだけ笑ったように思えた。
「ソラよ」
「はい」
「世界はシャボン玉に見えておるか?」
昨夜と同じ問い。
「はい」
答えは変わらない。
「"あやつ"も色々と探っていたようだが、お前のその"病"は、禍津では解決出来ん。わしらは、シャボン玉を"割る"存在だからの」
「はい」
「これから、"調和"や"産霊"共が動き出すぞ。少々癪だが、何か知っているやもせん。情報を引き出せ」
「分かりました、ありがとうございます」
「ふん。なら帰るぞ」
サエキさんは眼下の景色に一瞥し踵を返す。それを追うように後ろに付いて行く。
「あぁ、そうだ」
「なんでしょうか?」
「わしとも――勝負しておくか?」
「俺を"割る"のは先約がいますので。それに……」
「ふん。戯けただけよ。弱い者イジメは好かん」
どこまで本気で、どこまでが戯れなのか、この人は本当に読めない。
「サエキさん」
「なんだ」
「ここ数年で、ようやく――シャボン玉が人の姿に見えてきました」
禍津の長は何も答えなかった。
俺たちは小道を下り、アキたちの待つ公民館へと戻ってきた。ふと気付けばサエキさんの姿は無い……正に神出鬼没だ。
「あっ、お帰りなさい!」
アキの声がする方へ向かうと、レフとライもそこにはいた。
「ハッ、どこ行ってんだァ〜、オイ!」
「遅刻遅刻。殺す」
普段通りの悪態だが、どうにもおかしい。
「遅かったですね、どこ行ってたんですか?」
普段通りのアキの声、だが……どうにもおかしい。
「お前ら、何があった?」
「えっ、ただの訓練に付き合っただけですよ!」
「ハァ〜ア、何も変じゃねェだろうがっ、オイ!」
「意味不明。何もやましいことは無い」
――いやいやいや。
「三人とも、ボロボロじゃないか……」
良くも悪くも打ち解けたようで何より……とは当然言えず、やはり禍津は劇薬に他ならない。
2章終了。次話は5/5 6:00に投稿予定です。




