それをわるもの 8
「神錆は――"神に成り損ねた残骸"でしかないわ」
禍津の長が放つ言葉――それは余りにも縁遠い内容だった。
「……」
アキは反応が出来ないでいる。サエキさんの覇気のような圧に当てられたからなのか、それの考え方に困惑しているからなのか。
「……さ、サエキさん!」
重い口を開き、どうにか言葉を紡ごうとする。
「なんだ」
「先程の発言……誠に申し訳ありませんでした」
アキは改めて姿勢を正し深々と頭を下げる。
「ふん」
それを無感情な眼差しで見つめている。
「私……お、オレに……!禍津の"在り方"をご教示していただけませんでしょうか?」
物忌としての矜持か、一人の男としての意地か、アキはサエキさんを真っ直ぐに見つめ教えを請う。
「サエキさん」
「なんだ」
乾いた視線がアキから俺へと移る。
「アキの不用意な発言は全て、相棒である俺の責任です。以前に関わりがあるからと緩んだ気持ちがあったんだと思います……申し訳ありません。俺たちは協会で得た知識が大前提の上で現在に至っています」
「……」
「俺からもお願いします。差し支え無い範囲で結構です。禍津や"神錆"について教えていただけませんか?」
――俺たちは知らないことが多過ぎる。俺もサエキさんへ頭を下げる。
「ふん。ソラよ」
「はい」
サエキさんは年輪を感じさせる皺を動かし、他人の心の在処を見抜くような視線のまま、ゆっくりと言葉を続ける。
「お前はまだ……世界が"シャボン玉"に見えておるか?」
「はい」
俺の答えに、口元を歪ませ……そして。
「ファ、ファ、ファッ!アキよ」
「はい……!」
「この圧によくぞ耐えた。なかなか骨があるようだ」
「あ、ありがとうございます……!」
「ソラよ」
「はい」
「良い相棒を持ったな。自身を含め、引き続きちゃんと導いてやれ」
「ありがとうございます。もちろんです」
俺たちは試されていた――ムスビビトとしての度量、そして一人の人間としての器を。
「おい。ガキ共」
わなわなと震えながら立ちすくんでいたレフとライへと視線が移る。
「な、なんだァ〜、ジジイ!」
「……。別にビビっていない」
説得力皆無である。
「お前らにも勉強になる。ちゃんと聞いとれ」
座る許可は出さないんだな……
「アキよ」
「はい……!」
問答が始まる。
「禍津について、どこまで知っておる?」
「えっと……過去に協会と同じく勢力を伸ばした集団の一つで、きっ……"それ"を世界の膿と評した末裔たちの組織と聞いています!」
「ソラよ」
「はい」
「それをアキに教えたのはお前か?」
「その通りです」
「お前は誰から教えられた?」
「ツミキです」
「あやつは……」
呆れるような、憐れむような、いくつかの感情が折り重なった表情で小さく呟いていた。
「大味だが合ってはいる。だが、抜け落ちていることも多い……分かるな?」
「はい」
俺はゆっくりと答える。
「個人的に気になっていたことかもしれませんが……」
「申せ」
「はい。それぞれの勢力で主義主張が異なるのは理解出来ますし、自然なことだと思いますが……禍津であれば、組織の存続の為に隔離されるような選択をするとは到底思えません。そこに抜け落ちた情報があるのではないかと」
「そう思うのは何故だ?」
「あなた方からしたら、協会側の考えは甘くてぬるい――仮に全滅したとしても最後まで抵抗すると思ったからです」
「ふん」
禍津の長は、ニヤリと笑みを溢す。
「その通りよ。わしらは協会に下る選択肢は持ち合わせておらん。協会がその気なら……いつでも祭り事(戦争)をする用意もある」
「……」
静かに聞き入る。相槌は不要だ。
「だが、必ずしも雌雄を決したい訳でも無いわ。祭り事の結果、無関係な大勢が犠牲となる……それは看過出来ん。それにの……」
「何でしょうか?」
「わしらは、政治を動かし民を導こうとは思っとらん。そっちの政には興味の無い連中が昔から多く名を連ねていたからの。あくまで……"それ"の扱い方で意見が割れただけよ」
「そういうことでしたか……」
「だがの、今日に至るまで……未だにどの組織にも共感はしとらんし、全く持って理解出来ん。神錆は確実に割るべきよ」
――あれは野放しにぜす必ず排除しなければならん。と聞こえた気がした。
「アキよ」
「はい……!」
俺の問答が終わり、アキとの問答が始まる。
「お前は何か思い付くか?」
「……えっと、"それ"を神錆と呼称している理由、それと破壊する理由も併せてお聞きしたいです……!これも協会には抜け落ちていると思います」
「で、あるか」
すぅーっと軽く息を呑み、アキを見つめる。
「お前は、神錆に深い恨みを抱えておるな?」
「……っ!?」
サエキさんの問いに、アキは言葉を詰まらせる。
「隠さんでも良い。お前の心が五月蝿く訴えておるわ」
「……」
黙るアキの心に深く踏み込む。
「ふん。アキよ」
「はい……」
「わしらも、同じよ」
「……えっ」
サエキさんから出た解は、意外な言葉だった。
「あの呼称も皮肉の表れから……わしらは過去から今に至るまで、神錆を許しとらんし、これからも破壊し続ける」
「そう至った経緯をお教え願いますか?」
アキは自身の過去と照らし合わせているのだろう……複雑な表情のまま――本人のみ知る感情。
「ふん。ありふれた経緯よ。数多の同胞が神錆に呑まれ死んでいる……それだけのこと」
「……」
「アキよ……お前も大切な人間を神錆に呑まれたのであろう?」
「……はい」
サエキさんは核心に触れる。
「蛮族のように扱われるわしらだが、昔から同族意識が高くての……神錆を全て葬って殺された同胞の無念を晴らしたい。その"心"を守り続ける為に、禍津の存続を願った理由もある」
個人だけでは守り切れない、文字だけでは伝え切れない――そんな集団の想いが、一つに重なった結果としての禍津……そう思えた。
「それに、あれが本当に"神さびるもの"であれば、どうして人間風情に対応が出来る?確かに……多くの人間が被害に遭い、超常的な存在であるのは認めんでもないが、神の同類であれば本当の意味で超越しておる。そんなもんわしらにどうしようもない……だが、わしらは現に"それ"を割り、破壊し、排除しておる。であれば、神に成り損ねた残骸が現世に迷い落ちてきたと考える方が自然よ」
「だから、神錆……」
神が、錆びた(劣化した)もの――それで、神錆。実に皮肉めいた名だ。
「アキよ、神錆を恨んでいるか?」
「はい」
「神錆を許せないか?」
「はい」
「神錆をどうしたい?」
「……そ、それは」
――アキの口籠んだ瞬間を見逃さない。
「サエキさん、それ以上は……!」
「ふん。分かっておるわ」
やれやれと言った風な表情を横目に、混乱しているアキの肩に触れる。
「アキ……」
「ソラさん……オレは……」
サエキさんはのそりと立ち上がり俺たちの横を通り過ぎる。
「おい、客人に寝具の用意」
号令一つで、黒ずくめの構成員たちが動き出す。
「サエキさん、どちらへ」
「わしはもう寝る。お前らはここに泊まっていけ」
気付けば、だいぶ夜も更けていた。世界は静寂に包まれている――俺とアキを除いて。
「ガキ共、お前らも帰って寝ろ」
「ケッ!ソラ、と……アキ、また明日なァ〜、オイ!」
「眠い。早く帰ろう」
俺たちを最後まで睨んでいたレフとライだったが、眠気のせいか、これまでの話のせいか、少しだけ柔らかい感情が見えた気がした。
座敷に残ったのは俺たちだけ――用意された寝具二つと再び唐櫃に戻された首一つ。
「はぁ……なんか、どっと疲れたな……」
「ハハっ、そうですね……」
緊張を解してようやく一息付く。この地に着いてから、緊迫とした空気が俺たちを地面へと叩き潰そうとしていた……そこから一気に抜け出したような開放感が座敷に漂っている。
「アキ……色々とすまなかった」
「ソラさん……?」
俺は姿勢を変え、アキの目を見てから頭を下げ改めて謝罪をする。
それはそうだ、自分の甘い考えで相棒であり後輩でもある仲間に迷惑を掛けてしまった……何とかなったとは言え、相手は禍津の長であるサエキさん――選択を誤れば対抗すら出来ずに二人とも殺されている。そんな危険な橋をアキに渡らせてしまった……
「本当に申し訳ないことをした、すまない」
「いいえ、頭を上げて下さい。オレもオレで下手でしたし、ソラさんがフォローに入るタイミングをずっと狙っていたことには気付いていましたから。それに、ソラさんが横にいなかったらサエキさんの圧で完全にノックアウトでしたよ。だから……側にいてくれて、ありがとうございます!」
アキは俺の両肩にそれぞれの手を置き、優しく声を掛けてくれた。それが少し嬉しく、少しだけ罪悪感が増した。
「ありがとう」
「こちらこそです!」
アキの失敗は俺の失敗でもある。先輩として、相棒として、俺自身をより高めなければ。ただ、それとは別に……
「整理したいこと、改めて話したいこと、やることはまだまだあるが……」
「そうですね、解決していない問題は残っていますから、ただ……」
「「疲れたから、もう寝よう」」
――俺たちは、足並みを揃える。
次話は4/30 6:00に投稿予定です。




