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カムサビ  作者: わゆ
【2章】禍津編
15/27

それをわるもの 7

 孫の身を案じる祖父――サエキさん。

 厳格な空気は依然と流れているが、仄かに心労が癒された気がした。


「ふん。孫のようではないわ、ガキ共は歴とした孫だ」

「そうでしたね、失礼しました」

 レフとライはサエキさんの孫である。祖父と孫……当然の関係性だ、あの距離感は本来であれば何もおかしいことは無い。ただ、しかし……

 

「さ、サエキさんが怖過ぎて、素直に和めないです……」

 アキが小声で突っ込んでいる。

 

「ソラよ」

「はい」

 

「弱き者が急に力を手に入れたらどうなる?」

「勘違いして死期を早めます」

 

「良く分かっているではないか」

 精神や肉体が成熟する前に身の丈を超えた力を手に入れても只の自殺行為――自己を顧みず勘違いを促し、そして……自滅へと進んでいく。物忌(ものいみ)だろうと例外は無い。

 

「俺たちが"弱き者"って言いてェのか、ジジイ!」

「老いた。知能が低下している」

 横の二人はすぐに反発している。年齢的に仕方が無いとは言え、コイツら着火点が低過ぎる。

 

「そう言っておる。少し黙っとれ」

「……」

「……」

 なんだかんだ素直な二人だった。

 

「ガキ共はまだムスビの制御が雑だ。それに頭も悪いときている……下手に術を仕込んでも雑魚には変わらん」

「ケッ……!」

「……」

 お年玉をもらえなかった子供に見えてしまうのは俺だけだろうか。確かに、結璽術(けっしじゅつ)を習得すれば今より高威力の術が運用可能になる……だがしかし、制御の難易度が跳ね上がり、ムスビも大量消費される。その未熟さは致命的な死角となる。

 

「ムスビの扱いがもう少しマシになったら考えてやるわ。だから少しは上達せい」

「……っ!言ったからな、ジジイ!」

「……言質取った」

 態度が悪いだけで年相応な反応だ、そう思うと可愛げもある。それとは別に、可愛くない点も浮上する。

 

「……ってことは、術を使わずに"境界"を!」

 アキは気付く――彼らの異質さに。

 

「ふん。あれを"割る"なんぞ、術なんて不要よ」

「割る……」

 アキは思い至る――"俺たちとの違い"を。

 

「アキよ」

「は、はい!」

 

「あれを"境界"と呼んだか?」

「あっ……」

 血が冷める……酸素が削がれ息苦しさすら感じる。アキは自身の失敗に気付き下を向き黙り込む。

 

「ソラよ」

「はい」

 

「わしらとお前らのこと、言っとらんのか?」

「申し訳ありません。俺の教育不足です」

 言い訳する場面ではない。寧ろ、言い訳出来る訳がない。

 

「あの死体と同じ結末になりとうなければ、後輩の教育はしっかりしておけ」

 冷め切った視線が俺とアキを縛り付ける。

 

「分かりました。申し訳ありません」

「お、私の方こそ申し訳ありませんでした!」

 俺たちは頭を下げる。

 

「ふん。二度は無いぞ」

 そう……同じムスビビトである俺たちと彼らの決定的な違い。

 

「あれは"世界の膿"であり、只の成れの果て……神錆(かんさび)に慈悲は不要よ」

 ――禍津(まがつ)にとって、"それ"は只の的であり破壊対象。


「サエキさん、質問よろしいでしょうか?」

「許す。申せ」

 アキの為にも、そして俺の為にも……せっかくサエキさんに謁見出来る機会を得た――禍津(まがつ)について改めて学ぶ必要がある。協会内で伝わる内容と、俺自身の経験、それと禍津側からの意見……きっと考えなければならない点があるはずだ。

 

 ただ、その前に……どうしても触れなければならないことがある。この施設に立ち入ってからずっと気になっていた点。

 

「後学の為に教えを請いたいのですが、その前に……背後に置かれている唐櫃(からびつ)には、"何"が入っているんですか?」

 サエキさんの瞳がギラリと光る。

 

「ふん。ソラは気付くか」

 乾いた笑みを溢し、徐に姿勢を変え唐櫃へと手を伸ばす。

 

「お前らの探していた"物"であろう?」

 蓋を開き箱内の"何か"を雑に取り出し、俺たちに見えるように前に出す。

 

「……」

「……なっ!?」

 ――綺麗に切断された、かつて人だった者の頭部。

 

「ソラよ、こいつか?」

「……はい」

 事前にダテさん経由で物忌の顔写真を貰っていた、それを思い出す……間違いないだろう。

 

「そ、ソラさん……」

 突然の出来事にアキは驚きを隠せない。それはそうだ、サエキさん――いや、これが禍津のやり方なのだから。

 

「アキ、大丈夫だ」

 動揺しているアキの肩を優しく撫でる。

 

「こいつは、わしらの協定を破りおった。その仕打ちよ」

 血の気が引けた土気色の肌、髪は乱れ瞼は重く閉ざされている。切断部は滴るはずの鮮血はとうに枯れ、赤黒く変色していた。ムスビで頭部全体を包んでいたのか保存状態は良く、近々訪問するであろう"協会の人間に見せる為"だけに唐櫃(からびつ)で保管していたに違いない。

 

「サエキさん、詳細を伺ってもよろしいですか?」

「許す。おい、ガキ共……説明してやれ」

 サエキさんの指示に、二人は即座に立ち上がる。

 

「ハッ、やれやれェ〜、こいつの首をチョンパしたのは俺だぜェ!」

「無様。因みに致命傷を与えたのは僕」

 二人は悪びれることなく答える。

 

「レフ、ライ……こうなった経緯を聞いて良いか?」

「ハァ〜ア、お前に教える謂れはねェな、オイ!」

「同感。こちらに得が無い」

 相変わらずな態度の二人。

 

「……」

 祖父のジロリとした睨み――孫たちは心底嫌そうに口を開く。

 

「ケッ、さっきジジイが言った通りだ」

「同じく」

「協定を破ったんだよな、もう少し詳しく」

 面倒がる二人を逃がしまいと踏み込んでいく。

 

「クソがぁ!おい、ライ〜やるぞ!」

「不本意。ただ、爺さんが怖いから特別に教えてやる」

 俺とアキを睨みつつ二人は姿勢を正す。そのまま合図も無しに口を開く。


 協定、其の壱――協会が敷く規律に反しないこと。

 協定、其の弍――協会員の監視を甘受すること。

 協定、其の参――禍津と禍津の杜の代表者を必ず1名兼任にて任命すること。

 協定、其の肆――禍津の杜ならびに禍津を容認すること。

 協定、其の伍――禍津の杜の環境整備に努めること。また、禍津の杜の問題および"それ"の対応は、禍津構成員に一任すること。

 協定、其の陸――禍津の杜では日本国憲法および協会の法は対象外であり、禍津が定めた法に則ること。

 協定、其の漆――協会員と禍津構成員の戦闘行為および威嚇行為は禁ずること。

 協定、其の捌――双方どちらかが『協定、其の陸』を反した場合、ならびに『協定、其の参』を逸脱した場合、戦闘行為は全て自衛と見做され、生死を問わないこと。


「「渦禍(うずまが)協定、以上!!」」

 ピンと背筋を伸ばし高らかに宣誓した二人。

 

「そういうことよ」

 ただ静かに、そして芯を食うような声が前方から囁かれる。

 

「……」

「……」

 俺とアキは黙る他無かった。

 

「理解出来たか、ソラよ」

「はい、ご教示ありがとうございます」

「何も知らなかった……」

 俺は御礼をしてアキはか細く呟いた。

 

「カカッ!ソラ〜、物忌の教育ちゃんとやってんのかァ、オイ!」

「分不相応。ソラにその技量無し」

 

「俺は誰も管理してないさ。お前らに殺された物忌にも会ったことすら無い。彼はどのぐらい監視に就いていたんだ?」

 二人の悪態を軽くあしらい質問を投げる。

 

「ケッ、あいつはァ〜先月ぐらいから着任した気がするぜェ」

「正解。あの雑魚は先月の初めからウロチョロしてた」

 協会の人事異動が失敗したということか……

 

「弱ぇくせに協定を無視して俺たちにダル絡みしてきやがって……ちょっと遊んでやったらすぐ死にやがる!」

「脆弱脆弱」

 本格的に協会側の監督不行届か……禍津に絡むべからず。ツミキはちゃんと教育したのか?

 

「ソラよ」

「はい」

 

「疑問は晴れたか?」

「雲一つ無い程に快晴です」

 ククッと薄ら笑いを溢すサエキさん。

 

「アキよ」

「はい……!」

 

「これが"禍津の杜"よ。理解したか?」

「……はい」

 

「重ねて質問だ。協定、其の陸はなんだったか?」

「……えっと、この地域、いえ、禍津の杜においては禍津の定めたルールに則ること、でしたか?」

 アキは慎重に言葉を選ぶ。

 

「ちゃんと頭に入っておるようだ。それで、だ……」

「……」

 緊張が地響きをあげて駆け巡る。

 

「お前さん、先程何て言ったか?」

「……」

 

「さ、サエキさん!」

「ソラは黙っておれ」

 アキのフォローに回ろうとしたが容易に制止される。

 

「あれを境界なんて曖昧な名で呼ぶのは、"協会関係者だけ"よ」

「……」

 視界には映ってはいないが、レフとライの二人はサエキさんの圧に萎縮しているのが分かる。俺も目の前の"御大"から目が離せない。それは何故か――瞬間でも目を離せば、それが隙となる。その隙は……即ち、死を意味する。

 

「アキよ」

「はっ、はい……!」

 潰されそうな意識をどうにか奮い立たせている。冷や汗が垂れ、奥歯を噛み締めながらグッと堪えている。

 

「……」

 どうにかフォローやサポート出来ないか懸命に考えるも何も浮かばない……案が浮かんでもサエキさんに通用する気がまるでしない。それ程までの格差がある。


「あんなもんに、こうべを垂れる必要なんぞ無い」

 上座に鎮座する小さな体躯から、逃げ場の無い程の圧が漏れ出す。深く刻まれた顔の皺を僅かに動かし、鋭い視線をこちらへ向け、相手の心を射抜くように見定める。

 

「この世界には不要のガラクタよ」

 その声は低く、施設の隅々まで畳を軋ませながら重圧を伴って響く。

 

神錆(かんさび)は――"神に成り損ねた残骸"でしかないわ」


 そう言い切るは、禍津の長にして禍津の杜を統べる者――サエキ。

 現世から"それ"を(さえ)ぎる者。

次話は4/29 6:00に投稿予定です。

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