それをわるもの 4
シャボン玉消えた、飛ばずに消えた
生まれてすぐに、壊れて消えた
――誰かが、笑っている。
「ヨォ〜、ソラ!遅かったじゃねェか!」
「所詮は無能。期待していない」
俺たちの背後に、影2つ――禍津から笑みが溢れる。
「とんだご挨拶だな」
「あなたたちは……」
背後の影に心当たりある俺は、ゆっくりと彼らの方へ視線を移す。アキは初めての気配に、驚きと警戒心で息を呑んだままガバッと振り返る。
「ハァ〜ア、反応が鈍いなァ〜、オイ!」
――ウダウダしてんならァ〜、"撃っちまう"ぞォ、オイ!
煽り口調で俺たちの感情を逆撫でしているのは、禍津の一員である――"レフ"。
敵意を隠そうともせず、その反射率の高い瞳から鋭い悪意を常に放っている。銀色の短髪は冷淡さの表れにも見え、雪風に吹かれることで硬質な輝きを強めている。少しばかり小柄な体格ではあるが、彼の威圧感はその小さな身体を飛び越え、下手な人間を簡単に凌駕している。白いワイシャツに黒のネクタイ、その身を影で包んだような黒のスーツが、より存在感を引き立てている。
「諦めも肝心。所詮は協会の犬」
――ノロマの結末。知ってるはず。
感情のノイズが除去された声で俺たちを見下しているのは、禍津の一員である――"ライ"。
レフのバディなこともあり、少ない言葉数の中に悪意が染み付いている。対照的な瞳は、意思や意図が宿らず泥沼のように濁り切る。ボブのような髪型が揺られ、銀髪が非情さを訴え掛ける。針金細工のようにスラリと伸びた長身は、地面に突き刺さっているよう。レフと同様の服装が、人間味の剥がれた表情をより強調している。
レフとライ――禍津のムスビビト。そして、物忌殺しの容疑者でもある。
「何を突っ立ってんだァ〜?もしかして……ビビってんのかァ、ソラ!?」
「ビビる?誰が誰を?」
「お前が、俺をだろォ〜?」
「それは無い」
レフは誰に対しても敵意剥き出しで突っ掛かってくるタイプか……
「ソラの相棒。脆弱そう」
「初対面相手に酷いですね……」
「無意味。雑魚さの露呈が哀れ」
「……義務教育の敗北ってやつですか、これが?」
アキは多少振り回されてしまっているな……協会員でも癖の強いヤツや嫌味なヤツはいるが、それとは毛色がまるで違う。目の前の二人は、俺たちを完全に"敵"と認識している。
「アキ、コイツらの発言は基本無視で良い。投げ掛けられる言葉は悪意と敵意しか無い。気にするな!」
「そう言われても……わ、分かりました!」
二人の対処は絶対だが、それよりもアキを安定させる方が優先。「バカ(レフ)とアホ(ライ)よりアキの方が大事だ」。
「ソラ!お前もお前で喧嘩売ってんなァ〜、オイ!」
「悪意確認。自己防衛で殺す」
心の声が漏れてしまったのか、二人が激昂している……何故だ?
「ソラさん……このタイミングで変な天然止めましょうよ……」
アキが悲しみと呆れを帯びた瞳でこちらを見ている……何故だ?
「ヨォ〜シ!やるぞ!さっさとやるぞォ〜、ソラ!雑魚が俺たちをバカにしたこと、後悔させてやるぜェ!」
「対象ソラ。殺す殺す殺す」
レフは全身から敵意の圧を周囲へ撒き散らし、ライは静かに見えない殺意を溜め込む。
「なァ、そこのソラのフンもまとめて来いよ!雑魚のお供しているお前も雑魚仲間なんだろォ?」
「笑う。雑魚同士お似合い」
「……い」
その時、ピンと張った何かの線が切れる音が聞こえた気がした。
「……おい、アンタら」
俺の横から聞き慣れないドスの効いた声がする。
「初対面にも関わらず礼儀も知らない田舎者が……さっきからペラペラと舐めたこと言っていますね……お前らがソラさんをバカにすんなよ……」
「オォ!?ソラのフン、お前からやるかァ〜、オイ!」
「対象追加。脆弱なフン」
「どっちが雑魚か……確かめましょうか?現在地を教えてあげますよ」
「……あ、アキ?」
俺が二人を煽ったのがキッカケか?二人の罵詈雑言がキッカケか……アキが普段見せない敵意を露にさせている。
「ヨォ〜シ!お前確定!そこに転がっている"超雑魚"同様――殺してやるぜェ、オイ!」
「作戦開始。二人の殺害――さっきの"神錆"同様、殺してやる」
――開戦。
レフは悪意の滲んだ笑みのまま、左腕をこちらへ向けて突き出し、親指を立て人差し指を標的へと伸ばす。
「っ!?アキ、防御体制!」
「えっ……詞奏術――」
殺意の向ける先――標的は俺じゃない!
「遅ェな、オイ!」
パアァァン!と銃声のような何かが弾ける雷音。大気を切り裂き標的へと一直線に貫く殺意。
「……つぅ!!」
アキの方へ視線を移すと、閃光の跡が身体に刻まれていた。庇うように片腕を押さえ、衝撃により片膝を付いている。押さえている手の指と指の間から、ドクリ、ドプリと、命の欠片が赤色の液状となり溢れて滲み出ている。
「大丈夫か、アキ!?」
「えぇ、大丈夫です……掠った程度です」
本人は気丈に振る舞うが、出血量を見ればそれが強がりだとすぐに分かる。雪に染まっていた地面に、ポタリ、ポタリと、絞るようにゆっくりと赤が垂れる。無垢な白に穿たれた先は、熱を帯びて結晶を溶かし、降雪がまるで無意味であるかのように悪意で染まっていく。
「よそ見厳禁。すぐに死ぬ」
その声に気付き、すぐに姿勢を向き直す。次の殺意が襲ってくる――ライは空高く限界まで右腕を伸ばし、広げた五指の間に見えない殺意を練り上げる。
「……!?詞奏術・略式――円環」
その刹那、指揮者がタクトを振るうが如く、優雅に腕を振り下ろされる。
ドゴォォォン!と大気を割る爆裂音。
「……ふぅ」
空間上にある空気を呑み込み、俺とアキの頭上へと振り落とされた殺意。
「残念。防がれた」
ライの攻撃直前、アキに背を向けるように前方へ移動し、詞奏術の発動――殺意の向かってくる方向に腕を突き出し、広げた五指の先端からムスビを放出して円盤状の同心円を描く。対ムスビ用"防御"術。
境界対応時に奏上する"詞奏術・段式"は、御霊還し専用の術。ムスビの消費量は高いが、その分効力も高い。それとは異なり、ライの攻撃を防いだ円環のような"略式"は、奏上を省略してムスビの塊を攻防に転換させた"対人用戦闘術"である。ムスビの消費量が低い分、速射性と連発性に秀でている――それは即ち、"神さびるもの"として扱わないという意思表示でもある。
「ダセェな〜、ライもフンも!」
「フンではありません……アキです」
「誤解。レフが運良かっただけ」
バディで言い合ってるのか、コイツら。
「ありがとうございます、ソラさん」
「気にするな。アキにコイツらの情報を与えなかった俺の責任だ……すまない」
禍津が交戦的なのは十分に理解していた。それなのに、どうして事前に共有しなかったのか……相棒失格レベルの失態だ。
「詞奏術・略式――花の窟」
傷付いたアキの腕に手を当て、術を展開させる。
「ありがとうございます!」
「このぐらいはさせてくれ……分かっていると思うが、この短時間じゃ止血程度しか効果は無い」
「いいえ、十分です!」
薄い発光が損傷部を照らし、重い赤は流れを止めた。
「なァ〜、治療は済んだかァ?」
「無意味。どうせすぐに血で染まる」
「あぁ、待たせたな」
「もう不覚は取りません。次はお前たちに痛い思いをしてもらいます……!」
アキの言葉が再戦の合図――その瞬間、俺たちは左右に散って距離を取る。それを見て、レフとライもそれぞれの標的の方へ移動した。
〜アキvsレフ〜
「第2ラウンドってかぁ〜、オイ!」
「そうですね、次はオレのターンです!」
即座に術の展開――雪で埋もれた地面に腕を突き、相手を見据えて詞を発する。
「詞奏術・略式――鏡宙、三面!」
目の前にいるいけ好かない男の左右・後方の三面に直径1メートル程の硝子細工で装飾された鏡が出現する。
「アァん、なんだこれェ?これで移動を封じたつもりかァ、オイ!」
男は邪悪な笑みでこちらを睨み付け、そして――銃口を向ける。
「バカは学習しねェから、バカって言うんだぜェ、オイ!」
先程のように腕をこちらへ突き出し、親指を立て人差し指を向ける。
「今後こそ、死ね――」
仕上げは既に済んでいる。
「バカはお前です!……鏡宙、追加!」
殺意の発動直前、男の前方に4枚目の鏡が出現する。
「なっ――」
パアァァン!と雷音轟くだけ。殺意はこちらに届かない。
鏡宙――ムスビで練り上げた質量の無い鏡。その効果は、対ムスビ用"反射"術。
次話は4/22 6:00投稿予定です。




