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拝啓、後夜祭より  作者: 九木圭人
新生活
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新生活2

「……いや、待て」

 一つの可能性に気づき、もう一度テレビをつけると、番組表を呼び出して全ての局を確認、数度のスクロールの果てに見つける――映画専用チャンネル。

 当然の如く並んでいるのは知らない作品ばかり。だがこれなら楽しめそうだ。


 結局、眠気が来るまで適当な映画を見るでもなくぼんやりと見続けた。

 今より少し前――それが具体的にいつ頃かは分からないが、少なくとも俺のいた現代よりも未来らしき時代――まだ人間がたくさんいて、都市国家規模の社会があった頃を舞台にした恋愛もの。特に興味はないし、それ故にか特別面白くもないが、別に見ていられない程ひどいものでもない。時折出てくる様々なワードについては分からない点もあるが、それでもストーリーの理解にはそれほど影響はなかった――それが面白さに寄与するかと言われると全くそうではないと言わざるを得なかったが。


 まあとにかく、眠気を誘うには十分だった。

 こんなに満ち足りてゆっくりしたのはいつ振りだろうか――そんなことを考えながら、意識が闇に溶けていくのに任せた。


 翌朝、アラームをセットせずに眠り、朝日によって目を覚ますという、今までの人生では考えられなかった経験で一日が始まった。

「さてと……」

 起きだして、しばらく布団の中でごろごろ。

 多くの――或いは全ての――社会人が月曜朝に抱く欲求を存分に味わうための怠惰。

 それを存分に堪能し、高く上った日に促されるようにして体を起こし、ベッドから抜け出すと、のんびりと身支度を整える。

 よくよく考えたらどこに行く必要もないため、パジャマ替わりのジャージでも十分なのだが、流石に洗濯ぐらいはした方がいいだろうと考えて一応着替えておく。


 それから脱いだ諸々を洗濯機に突っ込むと、試運転を兼ねてスイッチをオンに。

 ガタガタと聞き慣れた音を立てるそれを尻目に、配達された宅食サービス=今日一日分の食料を取りに行き、それを一食ずつに分けて冷蔵庫へ。

 容器はボール紙のように見えるが、この世界でかつて開発された使い捨ての保冷容器との事だ。どういう素材なのかはよく分からないが、以前戦争映画で見たレーションの箱のようなそれの手触りは、見た目同様ボール紙と変わらなかった。


 とにかく、そのうちの一つ=朝食用というトレーを電子レンジへ。2分ほどで白米と焼き魚とお浸しという、立派な和朝食の出来上がりだ。

「これは……味噌汁か」

 日本のそれと同じ即席の味噌汁をカップに注ぐ。1リットルの電気ケトルは、一瞬でお湯を作り出す。

「いただきます」

 数分のうちに出来上がった旅館の朝食風のそれを口に運ぶ。

 昨日と変わらず、これがレンジで2分で出来るのなら、現代日本でも爆売れ間違いなしのクオリティー。

 ――いや、それだけではない。

「ふぅ……」

 空になったカップを軽くすすいで、セットのティーバッグで緑茶を淹れる。食べ物の味だけではない。せかされない、憂鬱な一日が待っていない朝食とは、こうも美味いものか。


 間違いない。俺は今、幸せを味わっている。


「……」

 背もたれに体を預け、しばし天井を見上げる。

 奇跡とは信仰の結果ではなくきっかけである――何かで聞いたことのある言葉が不意に脳裏によぎり、そして今それに全面的に首肯する。

 これまで散々呪った神仏に、今俺は心の奥底から感謝を捧げている。

「ッ!」

 と、神との対話は唐突に終わった。来客を告げるチャイムによって。

「誰だ?」

 玄関に近い壁に設置されたモニターで来訪者の顔を確認。そこには三日ぶりになるカンナさんの柔らかな笑顔がこちらをまっすぐに見ていた。


「……はい?」

「おはようございます古賀さん。突然すいません」

 一瞬だけ緊張が走り、すぐに使い古した仮面をかぶる。

 別に彼女が苦手な訳ではない。ただ単に、他人に対して抱く感情は全ての相手に平等なだけだ。

「今開けます」

 反射的にそう言って扉に手をかける。

「おはようございます」

「おはようございます。すいませんまだ顔も洗っていなくて……」

 開いた扉の向こう、出会った時と同じワンピースの上にカーディガンを羽織った姿の彼女が立っていた。


「朝から申し訳ありません」

 そう言って会釈する彼女。後ろからそよいだ風にのって、ほんのりと甘い匂い。

「こちらにいらしてから三日経ちましたので、何かお変わりないかと思いまして」

 正直に答えるのならイエスだろう。

 変わったことは間違いなく大きく変わった。ある日突然ガラクタを金塊と交換してもらったような、それぐらい分不相応の暮らし。

「ああ、いえ。特には」

 だが、そういう話を求めている訳ではないだろう。

 面識がない訳ではないが、それと言って気心の知れた仲でもない。そんな相手の自己憐憫や過去の話など、誰も求めてはおるまい。己の欲せざるところ人に施すことなかれ。


「そうですか。何か困ったことや分からないことがありましたら、いつでもご相談くださいね」

 期待外れだった風もなく、彼女は変わらず穏やかな笑みを浮かべている。

 そういえば、この人はどうして俺の面倒など見てくれるのだろう。ただ単にご近所付き合いという訳でもあるまい。

「ありがとうございます。その時はお願いします」

「それでは、失礼いたします」

 一礼して踵を返すカンナさん。そのまま、新川さんの家の方へと歩いていくのを見送ってから、扉を閉めようとしてふとその向こうの景色に目をやる。

「……」

 背後で電子音=洗濯機が俺を呼ぶ――ナイスタイミング。


「行ってきます」

 誰もいない家にも一応そう言って、涼しい風の吹く中を海へと向かって歩き出した。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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