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拝啓、後夜祭より  作者: 九木圭人
始まり
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始まり4

「な、なんだ……?」

 自分が廃墟のエレベーターであると思い出したかのように、その音を合図に全ての光が消える。

 だが先程と同じ状態に逆戻りではない。扉には拳一つ分ほどの隙間が出来ていて、そこからのぞく外の景色は薄暗いが夜ではないと分かる室内。そして先程まで聞こえていた雷や雨音は完全に消え去っている。


「一体何が……」

 答えるものは一切ない。

 唯一の例外は階数表示の下に現れた見たことも無い警告灯=「到達座標エラー」「到達時間エラー」

 それぞれどういう意味なのかさえ分からない二つのメッセージ。それもまた、俺の見間違いだったかのように光を失って闇の中に消え、当然のようにあらゆるボタンが操作を受け付けない。

 残されたのは、僅かに開いた正面の扉だけ。


「出られる……のか?」

 扉の隙間に手をかける。見た目に反してちょっと力を入れただけで、分厚い二枚のそれが隙間を広げていく。

 ここもまた廃墟――なのだろう。誰もいない、薄暗いエレベーターホールがお出迎え。

 ただしそれがマンションのものではないということは、一切の表示や装飾の存在しないだだっ広いだけの空間に放り出されてもすぐにわかる。

 薄暗く埃っぽい室内。床のタイルは所々――というか半分ぐらいか下手すればそれ以上が割れるかはがされるかしていて、何より枠だけになった窓の向こうには見知らぬ海岸線が見える。


「どこだよここ……」

 エレベーターからその廃墟の中へ。

 なんとなく分かっていたが、ポケットから出したスマートフォンは、電源を喪失してただの板切れになっている。

「……」

 一度振り返る。

 エレベーターは、それが最後の仕事だったと言わんばかりに再びただの箱に戻っていて、俺には正面に見える、周囲の窓と同様に枠だけになった扉から外に出る以外の選択肢はない。

 そして当然ながら、そうして踏み出した第一歩は、完全に見知らぬ世界への第一歩だった。


「どこなんだよ……」

 海に面した――というか海にせり出した何かの施設の一階――そうとしか言えない建物を背に、ボロボロになった護岸に出る。

 どうやらかつてはこの建物の利用者用の駐車場だったのだろう広いスペースが前に広がり、その向こう側には海岸線にそって護岸が続いていて、そこに張り付くようなテトラポットがずっと続いている。

 どこかの海岸。そしてその海岸と道路一本挟んで平行に伸びている、数m高くなった陸地。

 舗装はされていない、むき出しの土とそこに茂った背の低い草むら。その向こうに何があるのかはここからは分からない。


 そしてそれら全てを上から覆っているのは、一切の隙間なく空を包んでいる鉛色の雲。

 エレベーターに乗った時は夜だったわけだが、どうやらこの辺りはそうではないらしいということは、薄暗いながらも理解できる。


「ん……?」

 その空と俺との間に、別の何か。

 ふらふらとどこかからか飛んできたそれが、俺の見上げるのに気づいたように陸地の方へと飛んでいく。

「ドローン?」

 どうやら人がいるらしい。そのドローンに導かれた訳ではないが、俺は駐車場を横切るように足を進めていく。

 誰かに会えるかもしれない。そうすればここはどこで俺は何をするべきなのかを聞きだせる。

 ――おかしな話だ。人など嫌いで、死んで楽になろうとしていた人間が誰かに会って話をしようとしているのだから。


「お……」

 そして、これまでのままならなさが嘘のように駐車場の出口辺りで即座にその願いはかなえられた。

「すいません。あの――」

 言いかけて止まる――声も体も思考も。

 一台のSUVが停まり、俺を迎えるように人影が降りる。

 そこにいたのは二人組。迷彩服にボディーアーマー、そしてこちらに銃口を向けたライフル。

「ッ!!?」

 反射的に両手を上へ。

 間違いではなかった。彼らは射殺より拘束を選んだ。

 ――殺されずに済んだことを間違いではなかったと判断する辺り、結局俺は死にたくなかった。


 手が後ろに回り、手錠の冷たい感触が手首に触れる。

 そのままSUVの後部座席に押し込まれると、首筋にチクリと痛みが走る。




「あ……」

「気が付かれましたね」

 次に目を開けた時、俺にはそこまでの諸々が全て夢だったように思えた。

 多分藤波コーポを訪れた時、滑って頭でも打ったのだろう。知らない建物の中の、知らないベッドに寝かされていて、知らない若い女性が俺をのぞき込んでいる。


「あの……」

 そうだ、あんなもの夢に決まっている。

 生死の境をさまよった人間は時折よく分からない夢を見るという話を聞いたことがあるが、あれはもしかしたらその類なのかもしれない。

「すぐに状況を理解するというのは難しいと思います。ですので、一つずつ落ち着いて確認していきます」

 覗き込んでいた女性は穏やかな笑みを浮かべて俺に語り掛ける。

 二十歳そこそこだろうか、あどけなさの残る顔立ち。白磁のような肌という言葉の見本のような透明感のある白い肌。シャンパンゴールドの癖のないロングヘアー。ライトグリーンの瞳。


 思わず見とれてしまいそうになる俺の意識を、しかし彼女の言葉は無理矢理に現実へと引き戻した。

「貴方の身分を証明できるものが確認できず、またDNA情報を始めとするあらゆるデータベースにも該当する人物が確認できませんでした。近傍をパトロールしていたコロニーレンジャーがあのような対応をしたのは、万が一の可能性を考えてのことだと思います。どうぞご容赦ください」

 日本人とは思えない容姿だが、その言葉は間違いなく俺に通じている。

 いや、問題はそこではない。身分証になるものは間違いなく携帯していた。確かにDNA情報などどこかに登録した覚えはないが、そもそも日本国内でそれが必要になる事態などほとんどないだろう。

 つまり、彼女の言葉は理解できても、その意味するところは分からない。


 だが、そんな思いが顔に出ていたのだろう俺に対して、彼女の対応は慣れているそれだった。

「以上の点から、恐らくあなたはコロニー以外で育った方、更に言えば、別の世界からこちらにやってきた方だと思われます」

 これまた意味の分からない話だ。

 コロニーというのは、文脈から考えて恐らくこの世界だろう。コロニーレンジャーと呼ばれる兵士たちが巡回しているのは、そうした外部からやってくる何者かに対処するためだろうか。

 そして別の世界からこちらにやってきた――思い当たる点は一つしかない。


「あのエレベーター……」

 そうだ。廃墟の屋上に向かっていたはずの人間がどうして知らない海辺の施設にいたのだ。

 考えられない話ではあるが、それ以外にこの状況を説明するものはない――異世界に来てしまったという、ただその説を除いては。


(つづく)

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