ままごとライフ1
翌日、俺たちは朝から喪服で家を出る。
昨日と同じ車が迎えに来て、そのまま葬祭場まで。
この辺も日本の葬儀と同じ。一晩ぶりに棺の中の新川さんに再会し、沢山の花でその棺を満たしていく。
「あと、これも」
「おっ、そうだった」
彼の同好の士たちが楽譜と、真新しいCDを一枚。
「俺たちもそっちに行ったら……またやろうな」
一人が鼻声でそう言って、棺のそばから離れた。
無地のCDの真っ白な面にサインペンで書かれた日付は、あの夜のもの。
そしてこの瞬間BGMとして流れている、ゆったりとしたペースのジャズも、それの収録曲なのだという事が、彼らの話で分かった。
そして、棺が閉まる。火葬の習慣まで残っているとは驚きだ。
流石に燃やすことの出来なかったサックスが、骨壺と一緒に運ばれていく。
この斎場の裏手が墓地になっていて、各自の宗教によって火葬の区画と土葬の区画に分けられている。
そのうちの火葬区画の片隅、規則的に並んだ均質な墓石――よく見るとコンクリート製のそれのすぐ下に、遺品と小さな骨壺が埋葬される。
土がかぶせられ、最初と同じように他の墓地と見分けがつかない状態になると、改めて終わったのだと知った――この葬儀も、新川さんという人の人生も。
昼過ぎ、俺たちは家に戻った。
宅食サービスの昼食を摂り、それからヒルトップに行ってみようかと一瞬考え、それから何となくそんな気分ではないと思いなおして、ごろりとベッドに横になり、気怠いような気持ちの中で少しだけまどろんだ。
そうして一日を過ごし、そして翌日。
俺は朝早く起き出して、朝食もそこそこに、しばらく振りな気がするヒップバッグを引っ張り出した。
今日は幾重にも折りたたんで何とか収納したレインコートが収まったそれを、その名の通り腰に回して尻の少し上に巻き付ける。
「あっ、おはようございます」
玄関を出ると、ちょうど洗濯物を干していたカンナさんと目が合った。
「おはようございます」
カンナさんはいつも通りだ。あの夜も、通夜の夜も、そして今日も。
「お出かけですか?」
「ええ。少しサイクリングにでも」
玄関前に停めておいた自転車のキーが軽やかな音を立て、回るようになった後輪を軽く足で蹴って回す。
「いいお天気ですからね。お気をつけて」
「ありがとうございます。行ってきます」
真っ白なシーツを広げた彼女に見送られて、俺はサドルにまたがると、緩やかな下りのスロープに向かって地面を蹴った。
新川さんはもういない。
彼は死んで、主を失った彼の家だけが残されている。
そしてそれすらも、そのうち沢山の遺品を派遣されてきたバイオドールたちが片づけて、彼の痕跡など一切存在しないようになるだろう――まるで、彼という人間が初めから存在しなかったかのように。
だが、そこに何か文句をつけようという気はない。だって、それが彼らの仕事であって、そうすることでこの世界は回っているのだろうから。
それに、それは彼がぞんざいに扱われたという事を意味しないだろう。
だって、カンナさんはあれ程新川さんに優しく献身的に協力していたのだから。
賢明で慈悲深い管理者――このコロニーを守り、運営している彼らの庇護の下で、俺たちは自立しているかのような生活を送っている。
コロニーを管理運営するAIと、そのAIの方針によって生み出された、俺たち人間の面倒を見るバイオドールたち。
かつての人間が何を思ってこうしたのかは不明だが、古いSFにあるような、高圧的で無機質な支配者としての存在ではなく、優しくて献身的で、支配していることを悟らせない管理。
その賢明で慈悲深い管理者の下で、彼らの管理を受け入れるのは、ある意味ではペットに近いのかもしれない。それも十分な広さの飼育スペースを与えられ、かつそのスペースの隅々まで管理が行き届いていて、安全で快適に暮らしていかれる、至れり尽くせりなペット。
ここでの暮らしが、ままごとのように思えてね――見舞いに行った時、新川さんが漏らしたその言葉は、まさしく言いえて妙だった。
俺たちはままごとをしている。優しい管理者の目が行き届く場所で、何不自由なくおもちゃの自由を与えられて。
人によっては、この世界はディストピアに映るかもしれない。
全てを機械に管理され、それを受け入れた人間の姿は、確かにそう呼ぶのが相応しいのかもしれない。
「……っと」
海沿いの道を滑るように自転車は進み、丘の町との分岐、あのどこにも行かれない橋の残骸が見えてくる。
このコロニーから出ることは出来ない。それはつまり、AIとバイオドールの管理から抜け出す方法はないという事を意味している。あの橋はその象徴のようだ。
そういう要素だけを抜き出せば、本当にこの世界はディストピアなのかもしれない。
だが、俺にはそれが悪い事には思えなかった。
この世界に本当の意味で人間の自由になるものなどないのかもしれない。
そうだ。この世界は人間の本当の自由はない。
どこまで遠くに行こうとしても、結局はここから離れられやしない――あの老人が言っていた通り、俺たちはこのコロニーから、機械が人間を支配している世界から逃げ出せない。
「……」
道なりに進んだ先、俺がこちらにやって来た、今や波の中の廃墟が見えてくる。
その廃墟の向こう、もしかしたらまだ繋がっているかもしれない世界=俺が生まれ育った時代の日本。
そこで俺が味わったものを思えば、自由な人間の社会より、優しくて完璧な機械の管理の方がましだ。
あの世界に、優しさなんてない。
あの世界に、楽しみなんてない。
人間は好きになれない。人間はカンナさんではない。
「……!」
唐突に俺は、己の内心をはっきりと言語化出来た気がした。
優しくて、親切で、機械であって、機械ではない。
E-500型包括的生活支援用バイオドールであって、五百旗頭カンナである。
この矛盾が矛盾したまま存在しうる、その機械の管理なら、自由な人間なんかより余程ましだ。
カンナさんがいて、望むままにさせてくれるこの世界は、人間が人間だけで自由にやっている世界なんかより、余程自由で幸福だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




