出発と見送り9
死亡確認はカンナさんが行った。
包括的生活支援用バイオドールの名は伊達ではない。その生活の最期まで、しっかりとカバーできる。
「おやすみなさい」
そっと、新川さんの頭を彼女の柔らかい手が撫でる。
バイオドールは人間ではない。
だがだからとて、死者をただの数十キロの肉の塊とは扱わない――或いは俺という生きている人間が目の前にいるからかもしれないが、それで十分だ。
「どうか安らかに」
それからほどなくして、丘の町から車がやって来て、乗っていたバイオドールたちが新川さんの遺体を回収した。
その時も、決して物体を扱う雰囲気はない。少しも揺らさないように、どこかにぶつけたり、ましてや落としたりしないように、まるでまだ生きているかのように丁重にストレッチャーに移すと、そのままワンボックスに載せる。
この後病院に運ばれて24時間かけて、蘇生する可能性がない事の確認が行われる。医師型バイオドールが正式に死亡認定した後で。
彼が引き取られた2日後には通夜があった。
参列したのは俺と、同好の士の集まり。
普段は丘の町にいるらしい彼らは皆、あの集まりの日の衣装に身を包んだ棺の中の新川さんをのぞき込んで、涙ながらに笑っていた。
この世界に日本の仏教式の葬儀が残っているとは思わなかった。一緒に参列したカンナさんによれば、所謂懐古趣味というものは祝祭の時代には存在していたそうで、どこで知ったのか、その頃既に「遥か昔に滅んだ国」として知られていた日本の文化や習慣を研究する好きものや、その過程で復元された仏教や神道に傾倒する者もいたそうだ。
丘の町の片隅にある市民ホール――その名を冠することが出来るほどの数の住民などもうどこにもいないだろうか――で日本式の通夜が行われるのもそのためだろう。
勿論、全てが同じという訳でもない。だが、葬儀屋でもなければ正式なやり方など誰も知らないだろうし、必要なのはそういう事ではないのだというのは、集まって涙を流している人々や、その姿を見ながら静かに涙を流すカンナさんの姿で分かる。
流石に通夜振舞いまでは再現されていないか、故人との別れを偲び、それから各自の家へ車で送迎。
同じ方向のため、俺とカンナさんが同じ車で市民ホールを後にする。
その車内でふと、カンナさんが呟いた。
「新川さん、きれいになっていましたね」
「そうですね」
今にも起き出してきそうなその安らかな死に顔。
「……集まりから帰ってきた夜も、あんな風でしたよね」
「そうでしたか?」
「ええ。楽しそうで、満足げで……本当に楽しかったんだろうなって、私も思いましたから」
そう言って、坂の下に見えてきた、主を失った家の方に目を向けるカンナさん。
「どうも」
「ありがとうございました」
俺と彼女がそれぞれ降りると、車はくるりと向きを変えて丘の町へと引き換えしていく。
残されたのは、俺とカンナさん。
二人とも喪服姿で、少し離れただけで夜の闇に溶けてしまいそうだ。
「新川さん、幸せな最期でしたね」
「えっ」
主を失った家を見ながら、カンナさんがしみじみと、噛みしめるようにそう言った。
「最後にあんまり苦しまなかったですし、あれだけお友達に見送られて……」
そう言ってから、不意にあの夜と同じ降ってきそうな満天の星空を見上げる。
「……いい人生だったなって、私には思えました」
少しだけ寂しそうな声で笑ってそう言う彼女の目から、一筋こぼれた涙が、ぼんやりとした月明かりに光った。
「……そうですね」
倣うように天然のプラネタリウムを見上げて、俺も彼女に同意する。
だが、頭の中にあったのは別の考え。遥か昔、この夜空=宇宙に浮かんでいた、そして今はコロニーの片隅で朽ちるに任せている、あの人工衛星の残骸について。
「……新川さんは、こっちで死んだか」
「はい?」
今度は先程とは反対。俺の呟きにカンナさんが反応する。
――といっても、これ以降の事を口に出すのには、まだ少し編集時間が必要だったが。
「……元の世界に戻らず、こっちで人生を終えた。それは……」
それは幸せなことだったのだろうか。
どこまで遠くに行こうとしても、結局はここから離れられやしない――あの日出会った老人は、例の残骸を見てそう言っていた。
「いや……」
新川さんは最後まで仲間と楽しんでいた。
新川さんは最期の時を――救急搬送されたり入院したりはしたものの――それ程苦しますに過ごしていた。
そして、温かく介抱してくれる人の腕の中で死んだ。
彼が日本でどういう人生を送っていたのかは知らない。本人の言葉によれば刑務官をしていたそうだが、俺が知っているのはそこまでだ。
だが、こちらに来てからの彼の姿は、少なくとも俺には、つまり、人との接触自体を好まない人間にとっては、とても幸せな姿に思えた。
彼は好きなことをして好きに生きた。そして最期の時を温かく抱きしめてくれる誰かの腕の中で迎えた。それはきっと、幸せなことだ――たとえその腕が作り物であったとしても。
「きっと、新川さんは幸せだった。俺にはそう思えます」
そう結論付けて、それから俺は、カンナさん=その温かく抱きしめた作り物の腕の持ち主へと向き直る。
彼女もまた、俺の気配を悟ったか、こちらに向き直っていた。
「カンナさん」
「はい」
だから、俺もしっかりと正面から彼女に正対する。
いや、彼女に、ではない。E-500型包括的生活支援用バイオドールに。
「新川さんがいなくなっても、これまでのようにいてくれますか?」
それは、一つの確認だ。今後も彼女がその任務を続けてくれるのかという。
「……はい」
くすりと笑って、彼女は首を縦に振った。
「前に約束した通り、何かお困りでしたら遠慮なくお声がけください。勿論、今まで通りお隣さんとしてのお付き合いも、お友達としても」
友達なんかいらない。
仲間なんか要らない。
そう考えて生きてきた。その考えは今も変わらない。
だがそれは、相手が人間の場合だ。
人間と機械のいいとこどりな彼女なら、その限りではない。
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません。
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